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フルメタル  作者: 湖灯
コードネームは「ダークエンジェル」

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299/700

さようなら名前も言わなかった彼②

 振り向くと、そこにはこの男の脱出を助けに来たはずの、あのヘリがいた。

 さほど遠くないとは言え、ヘリからこの距離で当てて来るとは……。

 ヘリは、用を追えたと言うように、急に向きを変えた。

 まだ開けっ放しの扉には、やはりあのミランに似た男が銃を持ち、そして俺を見ていた。

“ミラン? まさか……”

 前に見たときと同じ。

 赤十字の医師がこんな所に来るわけが無いし、難民キャンプに居た時だってミランが銃を撃つ所なんか見た事も無い。

 だいいちミランは銃も持っていなかったし、何よりも暴力的な事が人一倍嫌いだった。

 一度目は旋回するヘリで、二度目は500mほどの距離。

 正確に人の顔など識別できるはずもない。


「おいっ大丈夫か!」

 一瞬ミランの事が脳裏をよぎったが、今一番大切なのはミランに似た人物の事ではなく、目の前で撃たれた偽ミヤン。

「どこをやられた!?」

 触った手に生暖かい血がべっとりと付いた。

「メントス!!」

 思わずここに居ないはずの、衛生兵のメントスの名前を大声で叫ぶ。

 するとどう言う訳か、閉められていた防火シャッターの開く音がしたかと思うと「軍曹!」と叫ぶメントスの声がした。

 トーニがまたテルミット反応で防火シャッターを壊して開けたのかと思ったら、どうやらハンス、ブラーム、モンタナ、フランソワたちの怪力と知恵を合わせて鍵を壊して明けたらしい。

 メントスは血相を変えて俺に大丈夫か聞いて来た。

「俺じゃあない。撃たれたのはこの男だ」

「ミヤン!?」

 男の顔を見た皆が驚いて、足を止める。

「似ているが別人だ、さあ早く手当てを!」

「あっ、はいっ!」

 肩に掛けた鞄から、治療用具を慌てて広げるメントス。

「誰に撃たれた!?」

「向こうのヘリ!」

 指さした方向に、まださっきのヘリがそのまま居た。

「ヘリを狙え!!」

 ハンスの声と共に、幾つもの銃声が響く。

「逆方向からですが、ミヤンと同じ個所ですね……」

 傷を見たメントスの言葉が、絶望的な響きに聞こえた。

 内臓を貫通した傷は、両側から止めどなく違溢れ、傷口を押さえても止まることは無い。


「すまねえな……まさか、助けに来たはずの仲間に撃ち殺されるとは思っていなかった」

 偽ミヤンが苦しい息の中で喋る。

「なあ君は一体誰なんだ?もちろんナトーと言う名前は知っているが、それは本当の名前ではない。だから俺たちはダーク・エンジェルと言うコードネームで君のことを呼んでいた。名付け親はこの俺。ナカナカ良いセンスだろ」

“ナトーが本当の名前ではない!?”

 傷口を押さえていた手の力が一瞬緩んでしまった事に気が付き、慌てて強く押さえなおした。

「もう、喋るな。痛むか? 今は治療に専念しろ」

 偽ミヤンが、少し苦しそうに目をつむる。

 治療に当たっていたメントスが俺の方を向いて、首を横に振り鞄からモルヒネを取り出し、それを男の腕に注射した。

「俺の名はナトー。それしか知らない。君の名前を教えてくれ」

 恐らく捕虜にした組織の連中に聞いても、彼の名は分からないだろうと思った。

 だからモルヒネで朦朧となっている今、この男から情報を得ておかなければならない。

「俺の名か……君は俺の事をなんて呼んでいた?」

 俺の質問の意図を知り、男がはぐらかして笑う。

 死に行く者から情報を得ようとするのは酷だと思い諦めた。

「Fake Miyan(偽ミヤン)」


「Fake Miyan? 酷いな。軽く死にたくなってしまった」

 男がチョット驚いた顔を見せて愉快そうに笑った。

「すまない。俺には君みたいなセンスが無い」

「いいよ。俺が君の部下だったミヤンに瓜二つだと言う事は知っていた。でもせめて“Revived Miyan(復活のミヤン)”くらい付けて欲しかったな」

「Dark Angelはセンスが良いと思ったが、それはダサいな」

「ああ、俺もそう思う……」

「……寒くないか?」

「ああ、少し……」

「キース!上着を」

「ああ、いい。他の奴の温もりなど欲しくはない」

「じゃあ……」

「もし君が構わなければ、抱いてくれないか?」

「構わない」

 俺はコンゴでミヤンにそうしてやったように、彼の体を抱いた。

「知っていたんだ」

「知っていた?」

「俺がミヤンに似ている事。 だからザリバン高原から逃げ帰った俺が君のスカウト担当になった」

「君たちの組織は、一体……」

 どこまで俺たちの事を調べているのかと思ったが、もう彼には時間が無い。

 だから無駄な質問はしないで、好きにさせたかった。


「ミヤンの事も調べたし、ザリバン高原からの帰り道にミヤンの故郷ベラルーシのレオンポリにも立ち寄った。勿論ミヤンの両親をこれ以上悲しませてはいけないから会ってはいない」

「なぜ、それを付け加えた?」

「ミヤンの両親に会ったと言ったら、君に殺されるだろ?」

 偽ミヤンは“してやったり”と言う表情で悪戯っ子の様な笑顔を向けた。

「君のミヤンは、良い奴だったらしい」

「ああ、良い奴だった」

「似ていると分かってから、意識するようになってしまう」

「なにを?」

「ミヤンの事。もしも本物のミヤンだったら、どういう風に君にコンタクトを取るのか」

「たしかに、あのシチュエーションは絶妙だったな。本物かと思ったぞ」

 ノートルダム大聖堂のあるシテ島に架かる橋の上から、俺たちの方に一眼レフカメラを向ける背の高い若い男性。

 それが、この偽ミヤンとの初めての直接的な出会い。

 俺は、まんまと釣られて、彼を追いかけ逆に松伏の罠に掛かりスカウトの話をされた。


「実はな、知っていたんだぜ」

「何を」

「何をしても駄目な事」

 フフフと可愛らしく偽ミヤンが笑う。

「君を、どう説得した所で俺たちの仲間にはならないし。捕獲には成功したあとも、ここまでが精一杯だってこと」

「どうして? ナカナカ良かったぞ、赤外線センサーに注意を払っているところに、音を使うなんて思ってもいなかった」

「お世辞を言うなよ。それだって1回きりで、その他の企みは全部君と君の仲間に打ち破られたじゃないか」

 偽ミヤンがまた笑ったが、途中から肺に溜まった血が出て咳き込んだ。

「大丈夫か。もうそろそろ静かにした方が……」

「なあに、もう暫くしたら、騒ごうにも騒げなくなる。だから最後に一つだけ君の質問に答えてあげるから何でも聞いてくれ」


 抱いているからよく分かる。

 傷口を押さえているから、よく分かる。

 もう、流す血も少なくなり、体温も下がり、死が急速に訪れている事。

「またいつの日か会えるとしたら、今度は俺を助けて平和のために尽くしてくれるか?」

 本当は組織の事や、ミランの事を聞きたかったが、そんな話を最後にしてお別れするのも辛いから止めた。

「ああ。俺で良ければ、従士のひとりに、つけ・く・・わ・・・え     」

 最後まで言葉にする事は出来なかったが、たしかに口の動きは“て、くれ”と動いた。

 そしてそのあとに“ありがとう”とも。


 偽ミヤンは最後まで本当の名前を明かさないまま、深く溜息をついて人生を終えた。

 抱いていた彼の体から全ての力が抜けて、一瞬重くなった後で少し軽くなった。

 軽くなった分は、体から魂が離れた分。

 魂は、体を離れると、神様の世界へ行ってしまう。

「Goodbye, he didn't say his name. Be happy in heaven.」

 真っ赤な夕焼けの染まる空を見上げて、そう呟いた。



「やべえ!崩れるぞ!!早く逃げろ!!!」

 建物の下からトーニの大声が聞こえた。

「なんで崩れるんだ!?」

「2回目の水蒸気爆発で、正面側側のコンクリートが吹き飛ばされ、剥き出しの鉄筋がまともに熱を受けているんだよ!」

「でも鉄筋だろ!しかも、それが溶けるほど熱くはねえし」

 フランソワとモンタナがトーニに文句を返す。

「歪で接合部に無理が掛かっている。つまり接合部のボルトが力に耐えられなくて千切れているんだ」

 皆が黙って耳を澄ますと、時々不気味なカンッという音が聞こえる。

「これが?」

「千切れて飛んだボルトの音だ」

「全員退避―!!気絶している敵は担いで降ろせ!」

 ハンスの声が響き、ブラーム、モンタナ、フランソワとハンスが屋上に倒れていた4人を担いだ。

 俺も偽ミヤンを担いで、慌てて階段の方へと向かう。

「ちょっとー!忘れてない?!」

 そう言えばエマが居た。

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