敵のアジト③
「Cブロック15番の集音機に反応があります」
警備室から報告があり、向かう。
「コピーは?」
「取りました」
「再生しろ」
偽ミヤンがヘッドフォンを取り耳に当てる。
聞こえるのは草を掻き分ける音と、枯れ枝が折れる音だけで、人の話し声や息づかいはない。
「動物でしょうか?」
オペレーターが聞く。
「だとしたら、大型の熊か鹿……全ブロックで大型動物の確認記録を調べろ。2号車からまだ連絡はないか?」
「ありません。依然消息不明です」
もし、2号車の待ち伏せを突破したなら、もうこの辺りをうろついていてもいい時間。
だが俺たちを追跡していたドローンは落としたから、この場所は分からないはず。
「廃車の監視カメラは?」
「通行する車や人は映っていません」
「その他には?」
「はい。午前中、オフロードバイクが3台通っただけです」
「またか」
廃棄物処理場の入り口の前を通る林道には殆ど交通量はないが、その先に行くと荒れた道が10㎞程続き土砂を取るために削られた山に続く。
これを目当てに休日にはたまに走り屋のオフロードバイクが通る。
「大型の動物らしき音は。2週間前と1ヶ月前にEブロックとGブロックで2回感知しただけです」
調べていたオペレーターが答えた。
“たまたま通るには、タイミングが良すぎる……。これは、ヤザがあの時言ったように、偵察を出すべきだな”
ザリバンの司令部に黒覆面の男として諜報活動と司令部の防衛を任されていた時に自らの仕掛けたトラップは一般兵には解除不能と考え、再三ザリバンの首領アサムの腹心の部下ヤザが偵察を出すように言っていたが、偵察を出す事により司令部が見つかるリスクの方が高いと思って偵察を出さなかった。
結局その事が裏目と出て、トラップを仕掛けておいた主要拠点であるトーチカを敵の手に取られ、その事が最後まで尾を引いて撤退することになった。
「6人……いや、自動小銃を持たせた15人をB・C・Dブロックの見張りエリアに向かわせろ。残るメンバーも全員フル装備で待機! いいか生け捕りにするんだぞ!」
「ねえ、メントス君、脱いで」
「えっ!??」
エマの言葉には、メントスだけではなく、その場にいた全員が驚いた。
「おいおい、こんな所で一体何を……」
「なによ。変な想像しないで頂戴。私は服を替えたいだけなの」
「だからって、メントスの服を取る事は無いだろう。彼だって戦力なんだから」
「そう、貴重な戦力よ。衛生兵としてのねっ。エマージョンシーキットは持って来ているの?」
「勿論です」
「よし、合格。じゃあ服脱いで」
「だから、なんで、ですか?!」
「衛生兵の貴方に、戦う意味がないからよ」
「いくらエマさんでも失礼じゃないですか。軍曹の為なら僕だって戦います!衛生兵と言ったって、ちゃんとコルシカで空挺訓練は受けていますし、サバイバル訓練や山岳訓練なども、特殊部隊の隊員として恥ずかしくない成績は出しています!」
メントスがムキになるのも当然で彼の身体能力は非常に高く、射撃や格闘技など実戦を想定した訓練時間は衛生兵なので医学課程に替わっているが柔道の有段者でもある。
「わかっているわ。でも、もしナトー軍曹が怪我をしたとして、貴方がその時に敵と戦っている真最中、もしくは戦いで怪我をしていたら誰がナトー軍曹の治療をするの?」
「――ちげえねえ。分隊はたったの9人だ。そこにメントスが加わってくれても戦力は10にはならねえ。何故なら衛生兵は戦闘に参加しないからだ。戦闘に参加しない代り衛生兵は、傷ついた兵士の治療をしてくれる。おかげで、かすり傷くらいじゃ戦力は下がらねえ」
「メントス、服を脱いでエマに貸してやれ」
感心したモンタナの後に、ニルスがメントスの肩を叩いて促した。
諦めたメントスが渋々、服のボタンを外しながら「でもエマさんの服は着ませんよ」と言って周囲を笑わせた。
下着姿になったメントスから、エマは更にブーツまで取り上げた。
メントスから服を受け取るとエマは車に乗り着替え始め、ズボンに足を通すとき窓越しから見えたそのスーッと延びたシルエットに皆一瞬目が釘付けになっていた。
しばらく車で着替えていたエマが、車のドアを開けた。
メントスが来ていたのはユーロ迷彩服ではないモスグリーンの上下。
「どう?」
ズボンの裾が見えるはずなのに、ドアの隙間からニョキっと現れたのは黒のコンバットブーツを履いただけの艶のある素足。
“ズボンを履き忘れているのか?”
思わず皆がゴクリと生唾を呑む。
「じゃじゃ~ん♪」
「あっ、なんてことを!」
メントスが声を上げたのも無理はない。
なんと着替え終わったエマの姿ときたら、カーゴパンツは股ギリギリのラインで無残に千切られ、服の裾も短く切り落とされて更にボディーラインを強調するように胸の下で括られたヘソ出しルック。
「おいおい、スーツにハイヒールの次は、年甲斐もなくイカレタ姉ちゃんLookかよ」
思わず正直に口に出して言ってしまったモンタナが、エマに蹴りを食らったのは言うまでもない。




