遅れてきた男②
「どうして車を止めた?」
「ドローンが撃墜された」
「折角追い詰める所だったのに、これで振り出しに戻っちゃったのね」
「ここから先は分岐が沢山あるから、直勘って言う訳にもいかないだろうな」
「マズイはね、折角罠に掛かってくれたのに……」
その時、俺の携帯が鳴った。
ポケットから取り出すと、非通知の電話。
ハンスとエマが覗き込む。
黒覆面の男、あの偽ミヤンからか?
「アロ……」
「ナトちゃん、お久し振りね」
声の主は、サオリだ!
「どうして?今どこ?近くに居るの??」
「まあまあ、ナトちゃんたら子供みたいね」
電話の向こうでサオリの微笑む顔が見えるのがハッキリ分かる声だった。
「それより、今、黒覆面の男を追っているでしょ」
「どうしてそれを?」
「ナトちゃんの事なら、離れていても何でもお見通しなのよ。――それでね、今いる所を800m進むと、十字路があるからそこを左に曲がる。曲がった所から300mの所の左側に壊れた白のライトバンが放置されていて、その奥に細い道が隠されているから、そこに入る。入って200mの所の分岐を右に、そしてそこから300mの分岐を左に曲がると200m行った所に廃棄物処理場があるわ。そこが敵のアジトよ。森の中だから近付く時は注意してね。敵は黒のスポーツカーとベンツの2台だけではないわよ」
「P子に調べさせたのね」
「そう。よく分かったわね」
「さっき飛んでいるのを見た」
「相変わらず、目が良いのね。P子もナトちゃんに会いたがっているから、くれぐれも無茶はしないで。相手は甘くはないわよ」
そこで通話が切れた。
「よし行こう!」
ハンスが車を出した。
「いようトーニ、お散歩か?」
トーニのベスパをフランソワたちのハーレーが追い越して行く。
「トーニさん、今日は良い天気ですな」
今度はモンタナの運転するピックアップバン。
助手席のニルスと荷台に乗っているハバロフとメントスが手を振りながら「トーニさん、乗って行きますか?」と申し訳なさそうに声を掛けた。
「あんがとよ!作戦を考えながら走っているから一人にしてくれ、司令部ってえのは早々に前線には出ないものだからな」
「はい」
「頼りにしています」
ハバロフとメントスの素直な返事に気を良くしていると、スピードを上げて離れて行く車から「司令部と来たもんだ」とモンタナの品のない笑い声が聞こえた。
「おぼえていやがれ!モンタナの野郎。もしもお前が地雷を踏んだとしても、解除してやらねーぞ!!」
起こって大声で叫んだが、車はもう声も届かないくらい遥か向こうに走り去っていた。
作戦なんか考えちゃいねえ。
考えるのは、いつもナトーの事。
あいつはいつも、人に迷惑を掛けないようにと、気にし過ぎている。
なんでも、自分一人で解決しようとする。
そして、より良い結果が出るように頑張る。
それに比べて俺ときたら直ぐに人を頼ってしまうし、合格点まで行かなくてもまあまあ問題って奴が済んでしまえばそれでいいと考えてしまう。
特に自分が頑張らなくたって、なんとかなるって考えが根本にある。
言ってみれば“なまけもの”だ。
頑張り屋のナトーとは正反対。
これまでに付き合った女も、全て俺と似ていて“その日が楽しければそれでいい”って言う遊び好きの女ばかりだった。
人生に悩みながら頑張って前に進んでいる様な、真っ当な女とは一切接点が無かったし、接点を持とうともしなかった。
まあ俺がそう言う女に興味を持ったとしても、向こうが嫌がるのは目に見えているからお互いに会わないタイプだと言う事は分かっている。
ナトーが部隊の入隊テストを受けに来た日、2800メートルを12分以内に走るいつもの体力テストに、まるで学校の体育のテストか競技会と勘違いでもしているみたいに一所懸命走るナトーの姿に馬鹿な女が来たものだと思って見ていた。
通常行われることのない格闘技のテストでも、自分よりはるかにデカいモンタナやブラームを相手にしても、怯むことなく戦い2人を負かしてしまった。
最後に部隊内で最も強いハンス隊長と闘ったときは、レフリーを務めながら、なんとか勝たせてやりたいとさえ思った。
実技試験が全て終わった後、軽い気持ちで部隊内を案内してやろうと宿直室を訪ねると、隊長がナトーを連れて食事に行ったと聞いて正直焦った。
何故焦ったのかはその時は分からなかったけど、隊長に新しい服を買ってもらい見間違うほど綺麗になったナトーを見て、隊長に嫉妬していたことを知った。
そう。
嫉妬。
俺は、初めて会った日から、ナトーの事が好きで好きで堪らなくなってしまったのだ。
あの日からもう2年が経つ。
急に人を好きになる事は今まで何度も有ったが、こんなにいつまでもメラメラと心を焦がし続ける炎が消えなかった事なんて一度もない。
フラれなくても、3日もすれば他の女に目移りしてしまうのが常だった。
いまもこうして、待っていりゃあモンタナの車に乗せてもらえる事くらい分かっていたのに、キースに負けまいとポンコツのベスパで走り出してしまった。
“どうしたトーニ、いいかげんがお前の身上じゃなかったのか?”
と、自分自身に問いたくなってしまう。
まったく、どうかしてるぜ……。




