スカウト②
ロシア人は余程接近戦に自信があるらしく、執拗に前に出て来る。
身長差も30㎝程あるから、俺が奴の顔面をパンチで狙っても左程効果なないだろうし、蹴りで顔面を捕らえるには奴の思惑通り接近する必要がある。
こういう背の高い相手に対してはローキックで動きを封じるのが基本だが、それをさせないように東洋人がヌンチャクで攻撃してくる。
ふと視界の端に、偽ミヤンが立ち去るのが目に入った。
つまり、この2人は奴を逃がすための時間稼ぎ。
もっとも本人たちに、そのつもりはないだろうが……。
ロシア人のコンビネーションパンチが終わった所で、俺は奴の袖を掴んで懐に入った。
頭を低くして、頭突きを振り上げる体制をとる。
俺の掴んだ袖をヤツのもう片方の手が掴む。
やはり、こいつの得意分野は投げ技と寝技の柔道系なのだろう、さっきまでのパンチやキックと比べて明らかに動きが早い。
俺の体は瞬く間に、この大き過ぎる背中に担がれ、奴が大きな体を窮屈に屈めケツを突き出すと同時に掴んだ腕を下に引く。
跳ね上げられた俺の体が、大きな弧を描き宙に舞う。
空中で出来ることは限られているが、この投げは実は俺が仕掛けた。
つまり”投げを打たせた”ってこと。
だから投げられる直前に、足で地面を横に蹴って体の向きを変えられるようにしていた。
俯きの姿勢を取っている奴は、その事を知らないから“意外に、こいつ軽いな”なんて思っているに違いなく、既に勝利を確信しているに違いない。
奴が腕を引き一本背負いのフィニッシュに体勢に入る。
普通なら、投げられた方は背中から強烈に地面に叩きつけられるタイミングだが、今の俺の向きは180度正反対。
つまり裏が表になった状態なので、当然体の曲がり具合も全然違う。
俺は背中を折る様に丸めると、奴が作った縦の回転運動を利用して、その懐に潜り込む。
懐に入り込んだ俺を見て、奴の目がビックリしたように真ん丸と見開かれるのが見えた。
懐に潜り込んだ後その勢いのまま腹部を思いっきり蹴り上げると、奴の120㎏程もある体がまるでボールのように、軽く宙に舞い上がる。
投げられたロシア人は、何がどうなったのか分からないという風に、目を大きく見開き答えを求める子供の様な目で俺を見ていた。
ドスン!!
強烈な投げ技で俺を地面に叩きつけるはずだったのに、その力を逆に利用された奴自身が技に込めたパワーに120㎏の体重が加えられ衝撃として自身の体を襲うのだから、たまったものではないだろう。
ロシア人が目の前で倒されて、俄然東洋人の攻撃が激しさを増してきた。
カンフー独特のトリッキーでキレのある蹴りを、更にヌンチャクが惑わす。
しかも蹴った後の防御のためにもヌンチャクは繰り出されて、相手に反撃の機会を与えない、攻め一本やりの激しい攻撃。
とりあえず鉄製のヌンチャクには触りたくないし、奴の足の匂いも嗅ぎたくはないので当たらないように防御に徹するが、こうしている間にも偽ミヤンが逃げてしまう。
激しい攻撃はリズムが肝心で、そのリズムが少しでも狂ってしまうと全体のコンビネーションがバラバラになる。
とりあえず相手のペースを乱すために、地面に尻餅をつくような態勢から回転して足払いを放ち、屈んだついでに地面に転がっていた鉄パイプを拾った。
これでもう俺の勝は決まった。
鉄パイプの中心を持ち、その端を交互に使いながら蹴りとヌンチャクの攻撃を避ける。
チェーンの付いたヌンチャクは、鉄パイプに当たる事で軌道が乱れる。
軌道が乱れると、セットするまでの時間が伸びる。
その僅かな時間の乱れを補うために、東洋人は奇声を発してパンチを放つ。
パンチを放つことで、上半身を支えるために足に力が入り、キックが遅れる。
少しずつリズムが狂い、リズムが狂う事で威力も落ちて来て、一本調子になって来る。
ヌンチャクを鉄パイプでさばき、奴がセットし直す迄の時間稼ぎに左正拳突きを放つ、そしてそのあとは右キック。
右のキックはハイからロー、正面から回し蹴りと多彩だが左手からの攻撃は、右手でヌンチャクをセットする間の攻撃手段の為なのか殆どバリエーションがない。
ヌンチャクを鉄パイプで弾いた瞬間に、持っていた鉄パイプを離す。
鉄パイプを持っていない俺の右手側から、東洋人の左正拳が入って来る。
今度は奴の左拳を右手の平で受け止め、左手で相手の肘を掴み時計回りに回してやる。
受け止められた左拳を引こうとする力と右足の蹴りの動作のために、奴の体は既に左周りに回転する準備が整っていたから俺の攻撃は、それを補助して少しだけベクトルの向きを変えたに過ぎない。
ほんの少しの力を加えただけで奴は俺が支えている腕を軸にして、まるで扇風機の羽根のように早く大きく回ると、そのまま地面に叩きつけられるように落ちた。
一見派手だが腕を取っていたので上半身のダメージはない。
だから腕を持っていた手で頭を掴み、その頭を引き寄せるようにして側頭部に向けて膝を振り上げた。
ゴツンと言う音と共に、奴の体から一気に力が抜け、まるでコンニャクのように地面に倒れた。
次は偽ミヤン。
だが奴は、もう倉庫から出て行った後だった。




