ミヤン!?①
朝食を終えて街に出た。
モンテベロ通りの脇を通る川沿いの道には、今日も沢山のカップルが肩を並べて座っている。
一体何を話しているのだろう。
銃のこと?
作戦のこと?
訓練のこと?
いや、彼らは一般の市民だから、そんな話をするはずがない。
「彼等は一体どんな話をしているのだろう?」
エマに聞いてみた。
「普通の話よ」
「普通の話って?」
「そうねー。例えば景色が綺麗だとか、この前見たテレビが面白かったとか、学校や職場で何があったとか」
「職場の話?みんな同じ職場で働いているのか」
「まさか。中には同じ職場のカップルも居るでしょうけれど、違う人も多いのではないかしら」
「それって、守秘義務を守っていないってこと?」
「そんな重要な話はしないわ。そんな話をされても、ちっとも楽しくはないし、寧ろウンザリするだけよ」
楽しくないと言われて、少し落ち込んだ。
もし俺がハンスとデートしたとすれば、銃の話や作戦の話しか出てきそうにない。
屹度ハンスをウンザリさせることだろう。
「練習してみようか」
「練習?」
「そう。私がナトちゃんの彼氏役よ。いい?」
「あー……まあ」
セーヌ川を観光遊覧船が通り抜けていく。
「今日も観光客が多いね」
「そ、そうだな」
「どこからこんなにたくさん集まるんだろうねナトちゃん」
「勿論フランス人も居るだろうが、他の国から来た人も多いだろうな」
「前にね、仕事でノートルダム大聖堂を見に行ったことがあるの。観光客が沢山いてね。東洋人も沢山いて、白人の女性が珍しいのか写真を撮られたよ」
「それは君、が綺麗だからだろう?」
「ありがとう。でも写真を撮る東洋人の多くは、何の断りもなしにカメラを向けて勝手に撮るの。中にはニヤニヤ笑っている人もいたわ」
「感じ悪いな」
「でも、その中に、何故かモジモジしながら近づいて来る3人組がいたの」
「危ない奴?」
「それがね。近づいて来て、片言の英語で“写真を撮らせてもらっていいですか?”って聞いて来るの」
「ああ、あの時の日本人だな。日本人の殆ど外国語が話せないけれど、実際には英語を知らないわけではないんだ。彼等日本人文化の根底には“恥”と言うものが有り、彼等は片言の英語を使う事と、それを聞くこちらの気持ちも考えてナカナカ話せないだけなんだ。でも、そうやって声を掛けられて写真を撮ってもらった後、1カ月も経たないうちに、部隊の俺宛にその写真が送られてきたよ。しかも、フランス語で書かれた手紙まで添えられてね」
「ナカナカ会話になっているじゃない!でもナトちゃんって日本や日本人大好きよね。屹度サオリさんの影響かしら」
「まあな」
でも彼氏役のエマが女言葉で、彼女役の俺が男言葉と言うのが、何とも変な感じだった。
イラクで爆弾テロに合い死んだと思っていたサオリが、ザリバンとの決戦のあと首領のアサムの下でターニャと偽名を名乗って行動していてホッとした。
俺はサオリと再会する前に、義父のヤザがテロの実行犯だと思い、復讐のため殺そうとした。
でも、それを死んだ義母のハイファが俺の心に呼び掛けて止めてくれた。
過ちを犯す前に止めてもらえてよかった。
一度死んだ命は二度と戻っては来ない。
遊覧船の船着き場に差し掛かったとき、ノートルダム大聖堂のあるシテ島に架かる橋の上から、俺たちの方に一眼レフカメラを向ける背の高い若い男性に目が止まる。
坊主頭に、特徴のある撫肩。
体格は良さそうなのに、スラッと痩せたように見えるルックス。
“ミヤン!?”
ミヤンは元俺の分隊にいた兵士で、コンゴに派遣されたとき建物の中に隠れていた少年兵たちを撃つことを躊躇っていて、逆にその少年兵に撃たれて死んだ。
フランスに戻った後、ミヤンの部屋を片付けて遺品の中から彼が一番好きだった一眼レフカメラを、彼の故郷であるベラルーシの家族のもとを訪ねて渡した。
だからミヤンがこんなところに居るはずがない。
屹度人違い。カメラを降ろせば、違う別の顔が現れるはず。
橋の上の男が、今撮影した写真を確認するためにカメラを降ろした。
だが、そこに現れた顔は、間違いなくミヤンの顔だった。
“ミヤン……”
戸惑う俺を他所に、ミヤンは橋の向こうに歩き出したので、俺は慌てて追いかけた。
「チョット、ナトちゃん。どうしたの!!」
後から慌てたエマの声が追って来る。
何故戦死したはずのミヤンがここに居るのだ。
他に兄弟も居ないのは、実際にベラルーシのミヤンの家に行ったので知っている。
堤の階段を駆け上がりモンテベロ通りに出ると、歩道は観光客で溢れていた。
「すみません、急いでいます」
「すみません、通してください」
「すみません、失礼します」
何度も何度も“すみません”を繰り返しながら前に進み、やっとシテ通りに架かる橋を渡るとミヤンは通りを真っすぐ進み、コルス通りの1本手前の道に入って行った。




