ギャラリー・ラファイエットの駐車場で②
やがて、その時は来た。
2人の攻撃が揃い、俺は無理のない体制でその攻撃を避けることが出来た。
そして1人の放ったキックを掻い潜り、も1一人のパンチを引くタイミングを狙いその胸に飛び込み大外刈りを掛ける。
慌てた男がパンチを引いたタイミングから突進を避けようとして更に重心を後ろに下げ、俺は踵過重になった足を思いっきり自分の方に向けて払うと面白いように仰向けに宙に浮いた。
驚くその男の額に手を添えてやり、受け身が取れないように足元に向けて回すとゴンと言う鈍い音と共に男の後頭部がコンクリートに打ち付けられた。
相手の動作を利用したので殆ど力を使っていない。
だから体制も崩れていない。
目の前で相棒を倒されたのを見て、残った男が慌てて至近距離から右回し蹴りを繰り出す。
俺は膝をたたんだ状態から、同じように右回し蹴りを撃つ。
1対1なら、たいしたことはない。
相手の回し蹴りを、頭を下げてかわした後、たたんでいた膝を伸ばしピンポイントで耳の後ろに当てる。
左程体重は乗せられないキックだが、同じ右回転から放ったものなので、相手の回転運動も利用できる。
ボクシングで言うなればクロスカウンター。
まともに食らった男は、自分の回転運動も止められないまま半回転して床に倒れた。
「さすがねっ!」
両手に荷物を抱えたエマが俺に近づいてくるが、俺は目の前に駐車してあるスモークガラスのスポーツカーを捉えていた。
中に人が乗って居るのか居ないのか、濃いスモークガラスのせいで中は覗けない。
しかし、こいつは奴らの仲間だ。
もしも乗っているのなら、出てくるだろう。
姿を見せない敵には最大限の注意が必要だ。
「荷物を車に置いて来るね」
「待て!」
俺たちの居ない間に待ち伏せを仕掛けていたのなら、車に爆弾を仕掛けている可能性も考えられるのでエマを止めた。
「大丈夫よ。ほら」
エマが車のドアを開けてしまう。
一瞬身を低くするが、何も起こらない。
「車に爆弾を仕掛けているのなら、彼らがワザワザ戦う意味が無いでしょう。しかも銃を使わずに素手で」
確かにエマの言う通りなのかも知れない。
爆弾を仕掛けたのなら放っておいても俺たちは爆発で死んでしまうから、ここで奴らが戦う意味もないしボスの車であろうこのスポーツカーがここに留まっているはずがない。何故なら巻き添えを喰うから。
エマが車内に荷物をしまう。
「拳銃居る?」
「いや、いい」
本気で俺たちの命を狙っていたとしたら、爆弾か今倒した8人に銃を使わせればよかったのだ。
この目の前の男も……。
スモークガラス越しに俺を撃つことだってできる。
スポーツカーのエンジンが掛かる。
ゆっくりと静かに倒れた男たちを避けながら、目の前を横切って行く。
“お前は誰だ!”
だが車はそのままゆっくりと、何事もなかったように去って行った。
「さあ、帰りましょう!」
「駄目だ。帰るのは後片付けが終わったあとだ」
「もうっ!」
車に戻りかけたエマが膨れっ面を見せる。
「気を失っているうちに縛り上げたいから、お店の人に太目の紐を貰ってきてくれ」
「OK!」
何人か、気を取り戻しかけて動き始めた奴がいたが、そいつらには再び蹴りを入れて寝ていてもらい1カ所に集めた。
「あら、上手に片付けたわね」
太い荷造り用の紐を持ったエマが帰って来た。
「すまないが、こいつらを縛ってくれ。俺は警察に連絡する」
「いいよ。でも起きないでしょうね」
「当分起きないと思うけど、起きそうになったらまた眠らせてやってくれ」
「まあ!乱暴ね。でも乱暴してきたのはこの方達だから、仕方ないわね」
エマがフフフと楽しそうに笑う。
こうしていることで、エマは自分の車に近づけない。
俺が昔ザリバンのテロ組織に居た頃は、よく時限爆弾や携帯電話を利用した遠隔操作式の爆弾を作った。
だから、あのスポーツカーの男が敵だとしたら、同じ手を使うことも十分に考えられる。
自分が安全な所に離れてから起爆装置を押せば、車に乗った俺たちは吹っ飛ぶ。
だが、奴は今の所、それをしていない。
パリ警察に8人の引き取りと、爆弾処理班の出動を頼むと、直ぐにパトカーが来た。
8区を担当する警察署から、ここまでの距離はたったの1キロ。
それにしても早い。
「ようっ!ナトーにエマじゃねえか。またテロか?」
現場の指揮を執るのは、パリのテロ事件で一緒に組んだ刑事部長のミューレ。
早いはずだ。
「ところで爆弾処理班は何をすればいい?」
「エマの車を見てくれ。ひょっとしたら遠隔操作式の爆弾が仕掛けられているかも知れない」
「遠隔操作か……そりゃあ厄介だな」
「それなら、任せろ!」
苦い顔をして腕を組むミューレの肩を叩いたのはRAID(フランス国家警察特別介入部隊)のベル。
オリンピックのライフル射撃競技で、3度も金メダルを取ったフランスの英雄的スナイパー。肩から監視用の双眼鏡と狙撃用のライフルを、ぶら下げている。
「俺が警戒に当たるよりも、ナトー、君の方が確かだろう」
ベルが肩に掛けていたブレイザーR93を俺の目の前に差し出して笑う。
「いや、今日は休みだからいい。それに何も引っかからない気がする」
「そうか。じゃあまた今度、リベンジさせてくれ」
「ああ」
リベンジと言うのは射撃対決の事。
俺は過去に1度ベルに勝っている。
対戦成績は俺の1勝1分け。
「ちょっとぉ~っ。私の車なんだから、勝手に内装外さないでくれる?! あっ、防護服のままボディーに寄り掛からないで、あーっヘルメット当てないで。昨日洗車したばかりなんだから」
不機嫌そうなエマの声が聞こえてきた。
振り向くと、防護服に身を固めた爆弾処理の隊員に文句を言っている。
確かに、ピカピカの車をヘルメットに防護服の男に触られるのは嫌だろう。
だけど爆弾が仕掛けられているかも知れないと言うのに、その格好で車に近付くのは危険なので注意した。
「エマ、普通の格好で車に近付くな!」
「まぁ。ナトちゃんまで失礼しちゃうわ。普通の格好じゃないわよ。チャンとお洒落な格好しているんだから!」
後ろ座席に置いていた買い物袋を両手に抱え、膨れっ面で俺を睨むエマ。
確かにお洒落な恰好ではあるが、それで爆弾の衝撃が防げるのか?
ミューレがエマに下がる様に求めるが、まるで聞く耳を持たないどころか、作業をする隊員にあれこれと注文を付けている。
「まあまあ大変ねエマ。気持ちは分かるけれど、今は車から離れていて頂戴」
声の主は遅れてやって来たDGSI(フランス国内治安相局)のリズ。
「まったく貴方たちの行く手には必ず事件が起こる仕組みでもあるの?とりあえずエマの車は、爆弾の有無にかかわらずDGSIとパリ警察で数日間預かるから面倒掛けて悪いけれどタクシーかバスででも帰って」
「嫌よ!なんで休日に暴漢に襲われた上に車まで取り上げられて、その上タクシー代まで払わなきゃならないの?理不尽でしょ!」
エマは、こうなると手に負えない。
このままでは現場検証が全て終わるまで、俺たちはこのままここに留まるしかない。
いや、ひょっとすると車を追って警察の倉庫まで……。
考えるだけで、背筋に悪寒が走る。
エマがリズとミューレに食って掛かっている向こうから、警察の指示で駐車場の車が次々と外に出される。
ところが、その流れに逆らって黄色のシトロエンCv2が入って来た。
“これで、助かった……”
Cv2は俺の直ぐ傍に止まり、ゆっくりとドアが開く。
開いたドアの隙間からベージュのストッキングを纏ったスッとしまった脚がのぞき、その先にさり気なく履きこなすマルーン色のレペットFARAH BALLERINA V1943Vが、おとなしくも気高い音を鳴らしコンクリートに着地する。
車から出て来たのはアイボリーのロングコートを着た背の高いペルシャ美人。
「レイラ!」
「まあ。ナトちゃん、お久しぶり。相変わらず至る所で忙しそうね」
軽い言葉とは反対に、その顔は気の毒そうな表情を浮かべ、心配してくれているのが分かる。
「またザリバン絡み?」
「分からないけれど、違うと思う」
「そう……」
レイラは、エマと同じDGSE(対外治安総局)の部員。
イギリスの名門校インペリアル・カレッジを卒業している才女。
だが彼女は家族とフィアンセを多国籍軍の誤爆により失っていて、その恨みからザリバンに入隊し、リビア方面軍副司令官を務めていた過去を持つ。
「さあボス。送って差し上げますよ。
「ああ、レイラ。よくここが分かったわね」
「リズから、少佐の車に爆弾が仕掛けられたって連絡をいただきまして、どうせ私が説得しても車の回収を拒むだろうからって出動依頼がありましたので参りました」
「あらまあ失礼ね。それじゃ駄々をこねる子供みたいじゃない。私ってそう見えるの?」
「いいえ少佐は、いたって物分かりが良いですから、私のこのような車にでも直ぐに乗って帰られると思います」
「そうよね。ナトちゃん、いつまでも見物していると捜査の邪魔になるよ。帰りましょ!」
“まったく、どの口からその言葉が出るんだよ……”




