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フルメタル  作者: 湖灯
グリムリーパー

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軍法会議⑤

「俺の名はナトー・E・ブラッドショー。だがこれが本名なのかどうかは知らない。それは俺がまだ赤ん坊だった頃、両親が爆弾テロに合って死んだからだ。数百名の犠牲者が出た大きな爆弾テロ。そして瓦礫の中に埋もれていた俺を助けてくれたのはヤザの妻ハイファ」

 ヤザの名前を出した時、法廷が騒めいた。

「ヤザと言うのはこの場の皆が承知の通り、あのザリバンでアサムの右腕と称されるヤザ隊長だが、この時はまだ普通に平和な暮らしをする大工だった。ハイファの弟はリビアで亡くなったバラク司令官。これも当時は普通にどこにでもいる大学生で、俺は子供の居なかったヤザとハイファに大切に育てられた」

 バラクの名前を聞いて、アンドレ大佐とミラー少佐の驚く声がハッキリと聞こえた。

「俺の人生が最初に変わったのは、爆弾テロで両親を亡くした時。でも、俺は覚えてはいない。何もなければ、このままイラクで平穏な少女として暮らせるはずだった。しかし5歳の時に俺の人生は二度目の大きな転機を迎える。それは多国籍軍による空爆の巻き添えを喰らいハイファが死んでしまった事。悲しみと絶望、それに復讐の怨念に着かれたヤザとバラクはザリバンに入り、まだ5歳だった俺も部隊と一緒に行動することになった」

 法廷内の空気が重く沈黙し、まるでこの今の時を遡っているようにさえ感じられた。

「当然5歳の子供、しかも女の子が戦場で役に立てるはずはない。単なる足手まといだ。そこでヤザは俺を男の子として少年兵として厳しく育て上げた。玩具と言えば小銃や拳銃。最初の頃はこれらの火器を分解して掃除するメンテナンスから始まり、ナイフの使い方を覚え、直に拳銃・小銃の使い方を叩きこまれた。10歳頃からは小銃の使い方に慣れ、狙撃手としての訓練を受けた。俺が狙撃手として援護するのは決まってヤザだった。ヤザが無謀にも思えるほど敵中に深く入り込むのを俺は常に援護していた。その頃はもうヤザは優しくもないし、俺に暴力も振るっていたから嫌いだったが、俺はヤザが撃たれないように確実に敵を倒した。殺した敵兵の金品を盗む事は日常で、その他にも薬の売人を襲い生計を立てていて、そのために格闘技も叩き込まれた。親子2人が戦場で生きて行くためには戦闘報酬だけだけでは足なかった。そのために敵と呼ばれる人を殺し、いつしか敵側から『グリムリーパー』と呼ばれていることも知った。何人殺したかは数えていない。俺にとっての狙撃はスポーツや栄誉のためじゃなく、全ては生きて行くために必要な事だったから」

 手元に置かれた水に手を伸ばし、それを口に含み、呑み込む。

“ごくっ”っと喉が鳴る音が響く。

「やがて『グリムリーパー』に懸賞金が掛けられたが、ヤザが俺の正体を隠していてくれたため仲間の裏切りにも合わなかった。最もまだ十幾つの少年が『グリムリーパー』だとは敵も味方も思っちゃいない。多国籍軍から狙われ出したのも知っていた。包囲網の中で脅威となる狙撃手や部隊を優先的に抹消する術も、そこで覚えた。そして最後の狙撃が終わった後、敵の通信士の射殺に失敗した俺は、その通信士が後方の砲兵に伝えた正確な座標により隠れていた建物ごと砲弾の直撃を受け瓦礫の下に埋もれた。――これが『グリムリーパー』としての最後となるはずだった」

 ハンスはもう薄々気が付いていた。

 だけど、それを有耶無耶には出来ない。

 正直に自分の犯した罪を、自分の口で言わなければと思い、伝えた。

 これからも付き合って欲しい。

 別れたくはない。

 けれども、それはお兄さんを亡くしたハンスが決めることで、俺が決めることではない。

「瓦礫に埋もれて死んだと思った。だが俺は国際赤十字に助けられ、そのキャンプ地で治療を受け育てられた。俺にとって3度目の転機。ここでサオリと言う女性医師と出会い彼女やスタッフに勉強と言うものを教えてもらった。世の中の様々な事も色々教えてもらい、女の子として大切に育ててもらった。17の時街へ買い物に出た。そこで久し振りにヤザに出会ってしまった。ヤザはその時すでにザリバンの幹部となっていて、本部に行くと俺を誘った。だが俺は断って別れ、その直後にサオリの乗った車が彼女ごと爆破されてしまった。ヤザに合った時、彼はサオリの事を知っていたから、俺はヤザがサオリを殺したのだと思った。その後、俺はフランス外人部隊に入った。世界各地の最も厳しい戦闘地域に配属されるこの軍隊なら、屹度戦場でヤザと対峙する機会もあるだろうと思って」

「それは、復讐のためですか?」

 裁判官に聞かれた。

 俺が「そうだ」と答えると、法廷がざわついた。

「そして、あの時、ついにその格好の機会を見つけたのです」

「それは、貴方が故意に仲間と逸れることになった、あの場面ですか?」

「そうです」

「何故、仲間の協力を得ようとしなかったのですか?」

「戦争ではないからです」

「戦争ではない。とは? 逃げる敵とも貴女は交戦していますから、戦争の続きと言って良いのではないですか?」

「戦場で戦っている最中にヤザを倒すのは戦争です。ヤザの部下たちは彼を守るために撃ってきたから殺した。確かにここまでは戦争と言っていいでしょう。だが俺の目的はヤザの命のみ。これは明らかに殺意のある殺人です。その殺人という犯罪に仲間を巻き込むわけにはいきません。罪から逃れようとするわけではありませんが、俺は決して敵前逃亡など犯しては居ません。俺が犯そうとしたのは殺人です。問われるなら殺人罪で起訴して欲しい」

「しかしナトーさん。貴女はヤザを殺していないし、一緒にアサムのアジトに捕らわれたハンス大尉の調書でも、ヤザが怪我を負っていないのは明らかです。そして貴女が本当にヤザを殺そうとしたことに対する証人もいませんから、殺人罪はおろか殺人未遂罪も適用はされません」

「裁判長」

 検察官が発言を求めて許可された。

「確かにヤザに個人的恨みがあったのなら敵前逃亡罪から逃れたれるかも知れませんが、実際にはヤザは死んではいないし、お涙頂戴の様な生い立ちに関しても何の証拠もありません。しかも彼の話した内容が事実だとした場合、彼は予めザリバンが外人部隊に潜入させたスパイだと言う容疑さえ色濃くなります」

「それは見当違いじゃな」

 聞き覚えのある声が響く。

“この声はアサム!! しかし何故?!”

「エマ少佐、頼むぞ」

「はい」

 声は聞こえてもアサムの姿は見えない。

 これは電話の声だ。

 アサムに頼まれたエマが、つかつかと前に出てくると、後ろから着いてきた部下たちが映像を映す用意を始めた。

「こ、っこら、君たち何をしている。ここは法廷だぞ!許可もなしに何を……」

「すみません。許可書の発行が遅れましたが、チャンと頂いておりますのでご確認を」

 エマが裁判長に許可書を見せる。

「なっ、なに?フランス大統領だけではなくアメリカ、NATO連合国の首相までサインされているのか!?」

「そう。それに途中からは、もっと重大な事もあるのよ」

 そう言ってエマが笑った。

 準備のできたスクリーンにはアサムの姿が映し出されていた。

「よう。ナトー久し振りじゃな、英雄になったと思えば、次は軍法会議か。相変わらず破天荒な奴よのう」

 いきなり軍法会議に登場したザリバンの首領、アサム・シン・レウエルの姿に一同が大きく騒めく。

「そう騒めくでない。ワシが出て来たからと言って、その法廷が爆破されるわけではない」

「いったい何の用だ」

 怒りも親しみもなく、ただ普通の老人として映像を送ってきた理由を聞いた。

「いやなに。意図は別として、結果的にワシを追い詰めて、ある決断をさせた娘の危機を聞いてなっ。老婆心ながら登場したわけだ」

「ある決断とは?」

「それは、あとのお楽しみじゃ。さて、裁判長。証人として宣誓させてもらっても宜しいかな?」

「か、構いません」

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