軍法会議②
軍事法廷の証人喚問が始まった。
証人台に立っているのは、ユリア。
「はい。ナトー軍曹はオートバイに乗って敵基地に向かおうとしていたので止めました」
「それは軍曹本人から聞いたのですか?」
「いいえ。私がそう感じただけです」
「マリーチカ中尉。法廷で推測は無しです。事実のみを述べてください」
「はい。失礼しました」
「では、もう一度。ナトー軍曹はキース1等兵が乗って来たバイクを奪い、それに乗りどこかに行こうとしたので貴女が止めた。間違いないですか?」
「……間違いありません」
軍法会議で、ナトーに掛けられた罪は敵前逃亡罪と国家反逆罪。
その疑いを晴らすために、ウクライナからユリアも駆けつけてくれた。
「マリーチカ中尉、貴方が止めて。軍曹はバイクで行くことを止めましたか?」
「いいえ」
「では、軍曹はどう言って出て行きましたか?」
「敵の基地外周の偵察をすると言って出ました」
「貴女はそれをただ見送ったのですか?」
「いいえ。ブラーム兵長とキース1等兵、ハバロフ1等兵をMi-24に乗せて、空から援護しました」
「それは、空から追跡したと解釈して構いませんか」
「私の言っている意味は違います」
「ま、まあ空から追いかけた訳ですから、行動的には“追跡”でも同じでしょう」
ユリアが、口をはさんできた俺の弁護人をきつく睨んだ。
「それから、何がありました?」
「軍曹はバイクで走り出し、基地の南東側に着くとバイクを下り、敵の抜け穴を見つけました」
「それは時間にして、どのくらいでしたか?」
「15分から20分くらいだと思います」
「秘密基地の抜け穴がそんなに簡単に見つかるなんて、まるで予め知っているようだとは思いませんでしたか?」
「少しもそう思いません」
「それは何故?」
「ナトー1等軍曹の実力を知っているからです」
「軍曹が土の中のトリュフを見つける所でも見たのですか?具体的な例があるなら、それを発表して能力を立証してください」
「キエフでテロ組織の爆弾を解除してくれました」
「LéMATは特殊部隊ですし、その分隊長を務める軍曹ともあれば、爆弾解除くらいは出来るでしょう。ハンス大尉、部隊内でその様な教育課程はありますか?」
「はい。教育はしていますが、それは基本構造だけで一般的にテロ組織が使う――」
「はい、宜しい。教育課程があるかだけ答えればそれで宜しい」
「しかし」
「証人は質問に対する答え以外の発言を慎みたまえ」
中央の裁判官に注意されハンスは渋々黙って席に着いた。
「それからどうしたのかねマリーチカ中尉」
「ブラームたち3人を降ろすと、私はそのことをハンス大尉に伝える様に言われました」
「誰から?」
「ナトー1等軍曹からです」
「無線を使いましたか?」
「いえ」
「どうしてですか?」
「無線を使うと敵に傍受される恐れがあるから……」
「それはナトー軍曹の指示ですね」
「はい。……でも、確かに私も無線は危険だと思いました」
「その他に軍曹は何か言っていませんでしたか?」
「そ、それは……」
「証言をする前に誓いましたよね。包み隠さず証言してください」
「俺は、これから中に入ると……」
「はい。マリーチカ中尉ありがとう」
次にブラームたちが呼ばれた。
「抜け穴を見つけたナトー軍曹から、貴方たち3人は、どう指示を受けましたか?」
「抜け穴から中に入る様に言われました」
「ナトー軍曹も一緒に入りましたか?」
「いえ……軍曹は、大尉に報告しに行くと……」
「つまり、入らなかったのですね」
「はい」
「裁判長。ナトー軍曹はマリーチカ中尉に対しては洞窟の中に入ると言い、部下たちには報告しに行くからと言って彼等だけを中に入れました。おまけに残ったマリーチカ中尉には至急部隊長に報告しに行く様に仕向け、明らかに脱走の機会を狙っていたとしか思え前ません」
「弁護側、異議・並びに反論は?」
「異議反論はありません」
「ハンス大尉、貴方はナトー軍曹の脱走に、いち早く気が付いたわけですが、それは何故ですか?」
「脱走に気が付いたわけではありません。私が現場に着いた時に草が倒れていることに気が付いて、ナトー軍曹が敵を追ったのだと思いました」
「草が倒れていると言うのは、貴方の経験から何人ぐらいそこを歩いたと思いました?」
「約10名から20数名」
「それほどの人数と知りながら、誰にも応援を頼まずにナトー軍曹は1人で追うのですか?」
「彼なら、十分にあり得ます」
「仲間に嘘までついて、ワザワザ1人になって迄ですか?」
「それは……」
「マリーチカ中尉、貴方が最初に現場に着いた時、草が倒れているのに気が付きましたか?」
「いいえ、それが注意不足で……」
「では、ハバロフ君、キース君は?」
「すみません気が付きませんでした」
「ブラーム君は兵長としてだけではなく、分隊行動の時はその注意深さと視力の良さを理由に、分隊の先頭に立ち、偵察を兼ねて先導しているそうですが気が付きましたか?」
「軍曹から、抜け穴の方に来るように言われたので、その時は気が付きませんでした」
「つまりMi-24が着陸した時点では、まだアサムたち敵が基地から抜け出しては居なかったとも考えられます。つまりナトー軍曹は邪魔者を全て排除した後に、何らかの連絡手段を使いアサムを安全な場所まで避難させたと考えられます」
「異議あり」
珍しく弁護側から異議の申し立てがあった。
「最初からアサムを逃がす目的なら、わざわざマリーチカ中尉達を連れて行く必要はなかったのではないでしょうか?」
「いいですか、マリーチカ中尉は連れられて行ったのではなく、着いて行ったのです。つまりナトー軍曹は着いてきた邪魔者を排除したと言っているでしょう?」
「異議を却下します」
「ちょっと待ってください!」
ハンスが席を立って発言を求めた。
「ハンス大尉の発言を許可します」
「ありがとうございます。私は、そのあとナトー軍曹の後を追いましたが、その追った先には敵兵の死体がありました。銃弾痕は彼らの使うAK-47の7.62 mm弾ではなく、HK-416の5.56mm弾のものでした。これは明らかにナトー軍曹がアサムたちを追って戦った痕跡の証拠となるのではないでしょうか?」
「仲間同士の裏切りは良くある話ですし、仮にナトー軍曹が撃ったとしても、それは単なる偽装工作とも考えられますよね」
「ナトーは、そんなことはしない!!」
「では丁度いい。ハンス大尉は指揮権を一旦ニルス少尉に預け、脱走したスパイであるナトー軍曹を追いましたよね」
「脱走したスパイを追ったのではなく、俺はナトーを探すために追ったのだ」
「指揮権を捨ててまで、何のためにですか? 指揮官として、それはナトー軍曹の命が、戦場に残った他の命より重大な意味を持つと言う事でしょう?つまりナトー軍曹が国家機密を漏らしているスパイだと薄々気が付いていたからこそ、追ったのではないですか?」
「スパイなんか知らん!」
「ではなぜ?」
「話をずらすな」
「わかりました。ではお伺いしますが、橋の落とされた渓谷を渡り、ナトー軍曹を追った貴方は敵の待ち伏せに合った。間違いありませんか?」
「間違いない」
「貴方は、その刺客と格闘戦の末に敗れた」
「そうだ」
「貴方は捕まって、どうされました?」
「手を後ろで縛られ、目隠しと猿ぐつわをされた」
「それは、特別な事ですか?」
「まさか、敵から捕虜が受ける極当然の処置だ」
「捕虜として、縛られた貴方は先ずどこに連れていかれましたか?」
「アサムの隠れている洞窟だ」
「そこに居たのは誰ですか?」
「首領のアサム、それに隊長のヤザ、それとナトーに俺を縛って連れて来たターニャという女」
「ナトー軍曹も、当然縛られていたのですね」
「……いや」
「ナトー軍曹は、縛られていなかったのですか?」
「ああ。だが彼は俺を倒したターニャと闘った」
「闘った。と言う事は闘える状態にあったと言うことで間違いありませんか?」
「……間違いない」
「裁判長。つまりナトー軍曹は、アサムとヤザと2対1で居ながら、拘束されずに自由で居られたと言う事です。ちなみに手元にある資料によると、ナトー軍曹の格闘技成績は最上位であり、教官のハンス大尉とも互角に闘えるほどの腕の持ち主です」




