軍法会議①
輸送機は、途中ウクライナのオデッセイ空軍基地で補給を受けた後、夕方16時にようやくパリ郊外のヴィラクブレー空軍基地に到着した。
民間飛行場の様にボーディング・ブリッジはないから、タラップを降り作業用の車を避けながら基地施設の方に歩いて移動する。
「こんだけ車がいるんだから、1台位気を利かして乗せて行ってくれてもいいのにな」
「馬鹿、俺たち歩兵を送迎してくれる車なんてあるかよ」
不平を言うトーニに、モンタナが返し、皆が苦笑した。
行き交う作業車の間から、1台の黒塗りのシトロエンC4がこっちに向かって走ってくるのが見えた。
車は俺たちの行方を遮る様に止まると、中から背広姿の3人の男が降りて来た。
「ほーら、お迎えが来たぜ」
トーニが自慢そうに言う。
「ナトー1等軍曹は居るか?!」
「俺だが」
「乗れ」
少し乱暴な言葉遣い。
「俺も乗せてもらっていいか?」
「貴様、何者だ」
「ナトーと同じLéMAT第4分隊分隊のトーニ上等兵だ。お前らこそ何者だ?」
「DGGN(国家憲兵隊)」
「ひょ~さすがにナトーは英雄だけあってDGGNの護衛付きの送迎か?」
呑気な事を言っているトーニの横からハンスがスッと出てきて「証明書と命令書を見せろ」と強い態度で言うと、ハンスの階級章に気が付いた3人が態度を変えて敬礼した。
車の中から、もう一人降りて来た。
「ハンス大尉、この度はご苦労だった。私はDGGNのイラー大佐だ。そしてこれが私の証明書とナトー軍曹を連行する命令書だ」
“連行!?”
送迎ではないとは分かっていたが、連行とは穏やかでない。
ハンスが命令書を確認しているが、その内容は教えてくれず、イラー大佐に敬礼だけ返した。
ハンスの顔を見ると、かなり厳しそうな表情。
これはただ事ではない。
「乗れ!」
降りて来た4人のうち一人は3列シートの3列目に座り、その隣にももう1人いた。
俺は両脇を挟まれる様に2列目の中央に乗せられ、イラー大佐は厚い透明アクリル板で仕切られた最前列の助手席に収まった。
ゆっくりと車が出る。
空軍基地の出口からは、前後にもう2台の同じ車に挟まれ、その先頭には更にバイクが2台先導した。
まるで要人の護衛並み。
しかし、イラー大佐やハンスの強張った表情から、俺が歓迎されていない事は直ぐに分かった。
「隊長。あいつら一体ナトーに何の用だったんですか?」
モンタナが心配して聞いてきた。
「用ではない。逮捕だ」
「逮捕!?」
部隊一同の、帰国して緩んだ気持ちがピーンと張り詰めた。
「逮捕って、なんの容疑ですか? ナトーは何にもしちゃいないでしょう?奴は輸送機の負傷者を救ったし、敵の罠を見破り敵の基地も見つけた英雄だ。そうでしょう?!」
「逮捕される理由なんて、これっぽっちもありゃしねえ!」
「ああ。俺たちがあのトーチカで生き残ったのもナトーのおかげだ!」
「敵の罠にかかって全滅するはずの前線基地の部隊を救ったのもナトーだ!」
「そして罠にかかった様に見せかけて、逆襲を指示したのもナトー!」
「感謝こそされて尽きねえって言うのに、何故逮捕なんですか?!」
皆が口々に言う中、ブラームがポツリと言った「敵前逃亡。ですか?」
ブラームの言った言葉の意味が分からないまま、皆が静まり返る。
「ああ、脱走罪だ。しかもスパイ容疑もな……」
「スパイ容疑?!」
「ナトーが?!」
「あり得ない!なんかの間違いでは?」
敵前逃亡の脱走罪を心配して言ったブラームさえも、スパイ容疑については慌てていた。
それは俺も同じ。
DGGNの差し出した逮捕状によると、ナトーはアサムと共に戦線を脱出したと書かれてあった。
ナトーは誰にも話さず勝手に部隊を離れ、敵の首領であるアサムを追った。
決してアサムと合流したのではなく、ナトーはアサムを追ったのだ。
しかし、それを証明できるものは誰1人としていない。
俺を含めた誰も、アサムを追うナトーを見ていないから。




