トーニとランチ②
ハンバーガーショップで空いた席を探すトーニにTake-outすることを伝え、俺はハンバーガー1個とフライドポテトにコーラを頼んだ。
「寮で喰うのか?」
お店を出て直ぐトーニが言った。
表情を表に出すまいと思って笑っているが、その寂しそうな笑顔からガッカリしているのはまる分かり。
「飛行場の端に行こう。あそこなら人も居ない」
俺の回答にトーニの表情がパアッと明るくなる。
「そう来なくっちゃ!車があって良かったろ?」
「ああ」
手玉に取って遊んでいるわけではないけれど、トーニのこういう単純な所が可愛い。
車を飛ばして滑走路の端にある公園に着いた。
公園と言っても軍の施設内なので遊具はなく、木陰にベンチが置いてあるだけ。
「ここに座ろう」
「ちょっと待って」
俺が腰かけようとすると、トーニはサッと座面にハンカチを広げて置いてくれた。
「あっ、ありがとう」
顔に似合わず、こういうキザな事が普通にできる所が彼の好い所。
大切にされているようで、気持ちがいい。
「青い空が似合うよなっ」
「なにに?」
「いや、ナトーには誰よりも今日のこの空の様に、澄みきった青い空が似合うなと思って……自分でも、そう思うだろ?」
「そ、そんな……」
心臓がピクンと1オクターブ高く鳴った。
ハンスなら屹度、戦場の話から始めただろう。
「前に、俺を慰めるためにグリムリーパーの話をしてくれただろ」
「そうだったな」
「あれから俺、考えたんだ。運命について」
「運命について?」
「そう。例えば道を歩いていて、十字路に差し掛かったとする。そこを左に曲がった時に偶然車と出くわして事故にあった男が居たとする。じゃあ左に曲がらずに真直ぐ行っていたら?いや右に曲がっていたらどうだったろう?事故に合わないと思うか?」
「そりゃあ、会わんだろう。左に行ったから事故に合ったのだから」
「はい。不正解」
「不正解?」
「そう。男は事故に合うんだ」
「何故?」
「男には真直ぐ行くとか、右に曲がる未来はなかったから」
「違う未来がないと言うのか?」
「そう。もしもあの時って言う過去に戻って考えられる未来なんて存在しない。だからあのときミヤンは子供たちを撃てなかったし、俺もサポートが遅れた。そして錯乱した俺は子供たちを撃ち殺した。それが唯一無二の現実。オメ―の気持ちも分かる。なんたって世界1の射撃の名手だ。ナトーに狙われたら確実に死ぬ。まさに『グリムリーパー』だ。だがな撃たれて死ぬ奴にとっても、それは変えられない未来だったんだ。彼らは交差点を左に曲がり、知らず知らずのうちに死を選んでいたんだ。そうだろう?物事をよく考えれば俺にだって分かるぜ。戦場に行くと言うことは死にに行くのも同然なんだ。だからナトー、オメーは『グリムリーパー』じゃねえ。ただの銃の名手だ」
“おー……”
まさかトーニの口からこんな真面目な話が飛び出すとは思っても居なくて、つい聞き入ってしまったが、アサムのアジトで虜になっていた時にハンスにも似たようなことを言われたのを思い出す。
”戦場に出るものには、いつか死の順番が訪れて当然だろ”
これはハンスの言った言葉。
それにしても意外過ぎて、尊敬してしまいそうになる。
もっとも、複雑怪奇な仕掛け爆弾をいとも簡単に解除してしまう能力があるのだから、知能指数は高いはず。
感心して聞いている俺の肩に、トーニの手が触れる。
肩に置かれた手を見ていると、その手が俺の体を引く。
反対方向に顔を向けると、やけに真剣そうなトーニの顔。
その顔に俺は体ごと引き寄せられている。
“どうする!??”
このままトーニの気持ちを受け入れてやるか、それとも拒否するのか。
受け入れてやる理由はなんだ?
いつも俺の事を心配してくれている御褒美?
拒否する理由は?
……キス迄拒否する様な、断固とした理由は見当たらない。
近づいてくる顔。
焦げ茶色の瞳が俺の瞳を捉えている。
右手が俺の顎に添えられる。
俺の方が背が高いのに、持ち上げる必要はないだろう。
肩に乗せられた手が少し震えていて、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
“ビビっているのか?”
固く強張っていた俺の筋肉が緩む。
それと同時に俺はスッと立ち上がった。
「確かにトーニの言う通り。意識的な行動にしろ無意識にしろ一つの時間の中に居るのは一人の自分。戦場に於いて必ず誰かが死ぬ。それは戦場が持つ定めなんだな」
「あっ、ああ、その通りだぜっ」
「なあトーニ、戦場で大切なことは何だ?」
「戦場で?……さあ、分からねえ」
「では爆弾処理で肝心なことは何だ?」
「そりゃあ、平常心で居ることだ。ビビッていたら失敗――ナッ、ナトー。オメ―……」
「アハハ、その通り!」
俺はそのまま公園を駆けだした。
珍しくトーニが俺を追いかける。
だけどその差は縮まらない。
だから俺は揶揄う様に樹の幹に隠れる様にしたり、ベンチの裏でワザと止まったりして待ってやった。
でもトーニは俺を捕まえることが出来ずに、疲れて芝生の上に寝転んでしまった。
「力では辿り着けないか?」
「ああ、力では辿り着けねえし、ただ力だけで辿り着いても意味がねえ」
「そうか」
俺もトーニの隣に寝転んだ。
2人の大人が、芝生の上で大の字になり空を見上げた。
「やっぱナトーにはこの青い空が良く似合う」
「トーニには何が似合うの?」
「俺か?俺には屹度、青い海だな」
「故郷の海か?」
「まあな」
どちらからともなく広げた手を取り合い、いつまでも空を見ていた。




