ポーカー大統領との晩餐会①
司令部の前に車を着け、検査を受けて扉の中に入ると、ロビー中央の階段にラフな格好で寄り掛かっていたハンスが俺たちを睨んでいた。
「キッチリ30分の遅刻だぞ」
「30分時間を稼いでくれる約束で、その時間内に到着したのだから遅刻と言われる筋合いはない」
ハンスに言われ、平然と言ってのけるとハンスがまた俺を睨む。
相変わらず睨みを利かせた顔は野性的で恰好良い。
俺の瞳から何かを読み取ったのか、直ぐに目を逸らし「勝手にしろ」と呟いて背中を向けて階段を上って行く。
「相変わらず、そっけないのね、お宅の大尉さん」
肩を窄めてユリアが言った。
一見そっけない仕草だが、ハンスの背中は確実に俺たちに行き先を伝えて“着いて来い”と言っている。
会議室のドアをノックするハンス。
「フランス外人部隊ハンス・シュナイザー大尉、遅れていたウクライナ軍ユリア・マリーチカ中尉と外人部隊ナトー・E・ブラッドショー1等軍曹を連れて参りました」
こういう風に、キチンとした場ではチャンと優等生で居られるハンスも好きだと思った。
「おい、何をボーっとしている。早く中に入れ!」
中に入って俺たちは驚いた。
そこに居たのは基地司令のハリス少将だけではなく、アメリカのミッキー・ポーカー大統領までいた。
アメリカの大統領は大きな政治的影響力を持っていて、歴代の大統領もその権威を踏まえた行動をとる。
ある大統領は強硬な政策をとり、そしてまたある大統領は調和協調政策を取り、その政策路線が交代することで世界はバランスを保っているとも言えなくはない。
このポーカー大統領は歴代の大統領の中でも強硬派で有名なのだが、時として周囲を欺くように突然調和路線に移行することもあり周囲だけではなく世界を驚かす。
突然国を出て敵対する国の元首と会談を行ったり、こうして紛争地域の基地に乗り込んできたりと、その思考と行動力は予想もつかない。
まさにその名の通り、トランプのポーカー。
身長2メートル近い大男。
しかもガタイも良い。
歴代大統領最悪と揶揄されることもある男だが、アメリカ大統領としての度胸の据わり方は歴代でもおそらくトップクラスだろう。
ハンスが敬礼をするために手を振り上げる。
ポーカー大統領の事を考えていた俺だったが、その音に直ぐに反応し遅れることなく敬礼をした。
「やあ、英雄のお出ましだ」
ポーカー大統領が笑顔で近づき、握手を求めてくる。
上げた腕を降ろし、差し出されたその大きな手を受け取る。
あくまでも控えめに、粗相のないように……。
「よく我が国の兵士たちを守ってくれた。感謝する」
次の瞬間、大統領は俺が予想もしていなかった行動をとる。
“ハグ”
女性として176センチの身長は少し高い方だと思うが、2メートルの大男しかも一国の大統領に面と向かってハグされると、自分の小ささを感じずにはいられない。
同じ大統領でもウクライナのチェルノワは俺にただ真心を見せてくれたのに対して、ポーカー大統領は英雄だと褒めておきながら自分の大きさを俺に見せつけて来た。
さすが超大国の大統領と言うべきなのであろうか、それとも女と男の違いなのだろうか……。
「君が守った3号機のメンバーとは、もう会って来たのかね」
「はい」
俺が“はい”と答えた時、ハンスの口が小さく“馬鹿”と動いたことに気付く。
「おい、さっき着いたばかりと聞いていたのに、随分と早いじゃないか。それはハリス少将に歓迎されるよりも守った仲間を優先させたと言う事かい?」
「申し訳ありませんが、その通りです。仲間の中には時間を争う状態の重傷者も居ましたから、それに……」
「それに?」
「大統領閣下に対して誠に恐れ入りますが、先ほどから“私が守った”と仰っていただいておりますが、彼らは私が守ったのでありません。私も彼らに守られたからこそ生きてここにいます。ですから守ったのではなく“共に戦った”仲間です」
ポーカー大統領は御機嫌だった笑顔を止め、真面目な表情を作る。
そうなると、もともと温和な顔の造りではないので不機嫌そうに見え、場の雰囲気が張り詰めた。
「少し聞いていいか? 軍曹は何故、あれだけの人数で墜落した輸送機に立てこもった?あの場合、無傷の兵と共に本来の目的地である架設基地に向かう選択肢も有っただろう」
「その選択肢はありません。共に戦ってくれた仲間と、戦えないまでも輸送機に残した重傷者も丸1日は生きていられる状態だったので敵中に見捨てるわけにはいきませんでした」
「丸1日は生きていられる状態? そこの所を詳しく聞かせてくれないか。じゃあ1日持つかどうかの怪我人はどうした?」
「見捨てました」
「見捨てた?!何故?」
明らかにポーカー大統領の表情に、厳しさを増して行くのが分かった。
「無駄だからです」
「無駄? それは無駄な命と言う事かね?」
「いいえ。言葉が適切でなくても仕分けありません。敵であろうが味方であろうが、無駄な命なんてありません。この場合の“無駄”と言うのは、こっちの都合です。つまり処置を施しても救援が到着する前に、または基地に戻れたとしても消えてしまう命のことです」
「医者でもない君に、何故そのようなことが分かる?」
「勿論私は医者でも衛生兵でもありません。全ては私の判断です」
「生き残った仲間と手分けして、慎重にやったのだろうね」
ポーカー大統領が身を乗り出して厳しくにらむ。
「いいえ。命の仕分けは私1人でやりました」
「君1人で?!じゃああとの6人には何をさせた。遊ばせていたのか」
「2人は周辺の偵察に出し、1人は見晴らしのいい場所で遠くからの敵の接近に備えさせ、もう1人は墜落した輸送機の周りの見張り。通信兵には壊れた通信機の修理をさせ、最後の1人には俺の助手として応急処置の準備と医療用機材の確保を頼みました」
「なるほど」
今度の表情には何の感情も表さず、そして大統領は最後の質問をした。
「もしも君の仲間が多国籍軍ではなく、ザリバンだったなら君は戦っていただろうか?」
「仲間を守る為なら、仮に敵が大統領の国の兵士たちであっても、私は戦ったでしょう」
「ナトー君、大統領に対して――」
俺の言葉に慌てたハリス少将が止めに入った。
「いや、かまわんよ」
ポーカー大統領は、そう言うと愉快そうに笑った。




