バグラム空軍基地②
「ありがとうユリア。ところで病院の場所は分かるか?」
「やっぱりパーティーより、一緒に戦った仲間の事が気になるのね」
「駄目?」
「いいえ、当然だと思うわ。ますます貴女の事が好きになっちゃう」
そう言うとユリアが冗談半分で抱き着いてきて、直ぐに離れて携帯電話を操作し始めた。
“やめて……その、思わせぶりな言葉と態度”
俺はユリアに反応しかけて空中に広げた腕を高く上げ、深呼吸をしていると「モー何やってんのよナトちゃんたら」と笑われた。
「もしもしレーシ――うん、分かった。それでね、ここへ怪我人の搬送したでしょっ――病院の場所分かる?――分かっているって、ありがとう。じゃあね」
電話を切った携帯が再び着信を伝えたが、ユリアは画面だけを開いて見ていた。
どうやら病院がある場所の画像データーが送られてきたらしい。
「ところで怪我人の搬送って、ユリアが居ないのに、どうやって搬送したんだ?」
「もーっ。当然サブのパイロットだっているわよ」
「あと“分かった”と言うのは?」
「どうやら私たちウクライナ兵も、そのパーティーに呼ばれたらしいわ」
「じゃあ、ユリアも早く戻って着替えないと……」
「嫌よ!一緒に行く」
「でも」
「駄目よ。場所は私が知っているんだから、送ってあげる。パーティーなんて遅れても誰も怒らないわよ。それで怒られるようなら、こっちから願い下げよ!」
確かにユリアの言う通り。
俺たちは誰もパーティーに呼ばれたいとは思ってもいない。
戦の功を労ってくれるつもりなら、少々遅れても誰も何も言わないはず。
それで文句を言われるのであれば、ユリアの言う通り、こっちから願い下げだ。
もっとも無視するつもりはない。
あくまでも用事を済ませてから行くだけの事。
「窓から出よう。他のものに見つかるとマズイ」
そう。
特にハンスは俺の事を良く知っているはずだから、逃げ出さないように出入り口に見張りを立てているはず。
コッソリとシャワー室のある2階の窓から下に飛び降りた。
そのまま道に出ると入り口に居る見張りに見つかるから、塀をよじ登って隣のエリアから抜け出すことにして、先にユリアを行かせた。
ユリアの方が、万一隣の住人に見つかった時に都合がいい。
俺だと咄嗟に殴り倒してしまい、あとで問題になる可能性があるから。
「大丈夫か?」
小声でユリアに状況確認をする。
「……」
返事がないので、もう一度「大丈夫なのか?」と声をかけると「大丈夫」と返事があったので、俺も塀を超えて隣のエリアに飛び降りた。
だが、そこで俺を待っていたのはユリアだけではなかった。
「ハンス!?出入口を見張っていたんじゃなかったの?」
「勿論、出入り口にメントスを立たせて置いたさ。だがお前ならワザワザそんな所を通るはずもないだろ」
「ユリア!」
どうして“大丈夫”と言ったのか、少し責める気持ちもあって名前を呼んだ。
「ごめんね。だって塀の向こうと、こっちで離れ離れというのも変でしょう……」
確かにバレてしまっては仕方がないが、ユリアの言っている意味に隠されているのは“ロミオとジュリエット救出作戦”と言うエマがつけたヘンテコな作戦名に由来していることは分かる。
“もう、エマったら……”
「どうするつもりだ?止めないぞ」
たとえハンスと闘っても、ここを通ってみせる。
「止めやしない」
「えっ!?」
「だがパーティーには余り遅れるな。30分だけ時間を稼いでやる。それ以上はやらん」
「ハンス!」
「ユリア中尉の服も女子更衣室に置いておくから、遅れるなよ」
「ありがとうございます」
ユリアが敬礼したが、ハンスはそれをチラッと見ただけで、再び俺を睨み「まったく、なんで女扱いしないはずなのに、こんなじゃじゃ馬に女子更衣室を宛がう」
「それは風紀が乱れるからでしょ。いくら男扱いしてもこんな極上の女性、そう居ないですもの」
恥ずかしいことをユリアが堂々と言うと、踵を返して後ろ向きになったハンスが「まったく……」と言った。
“全くその通りだ”と言ったのか、ただ単に困ったやつだという表現で“まったく”と呟いたのかは、その表情が見えない以上計り知ることは出来ない。
「いいな30分だけだぞ!」
後ろ向きのハンスは向こうに歩きながら、そう言って一度も振り向かないで角を曲がって行った。
「行きましょう!」
ハンスが角を曲がると同時に、ユリアが俺の手を引いて走り出す。
俺たちはハンスと逆に角を曲がった。
何度も後ろを振り返ろうとしたが、ユリアに手を引かれていて、それは出来なかった。




