特殊部隊リマット誕生!
1週目の試験をクリアした俺は、結局2週目の筆記試験も全てパスした。
なんでも、事務側は最終的に士官用の問題まで投入してきたらしい。
そして、それが採用に当たりまた問題になった。
つまり入隊時の階級。
士官用の問題をクリアした場合、通常は准尉と言う士官候補生から始まるが、素性の確かでないしかも女性隊員をいきなり士官として雇うのは問題があった。
だからと言って、士官試験をクリアしたものを一般兵として入隊させるのも問題があり、なによりも一般兵の場合は風紀上の問題も複雑になる。
結果的に、俺に与えられた階級は三等軍曹。
それから半年間、コルシカ島の基地で空挺部隊の過酷な訓練が行われた。
訓練中、多くの落後者が出た。
落後した者達は、基本的に前所属部隊に戻る。
つまり、この訓練と言うものは新兵用の訓練ではなく、特殊部隊選抜用の試験。
当然、俺にとって戻る部隊はないから、落後することイコール除隊となる。
屈強な男の兵士に混じって、重い荷物を背負ったまま山岳地帯を走り回る訓練や延々と泳ぐ訓練、それに超低空からの落下傘降下訓練。
山と海での訓練では大量の落後者が出たが、落下傘降下訓練では事故で1人死んだ。
超低空からの落下傘降下訓練では、メインの落下傘に何らかの不具合が発生した場合に補助落下傘を開くのがコンマ5秒も遅れると、ブレーキが殆ど効かない状態で地面に叩きつけられる。
訓練中の事故とは言え、仲間の死は辛い。
教育隊の上官からは、いつも嫌になったら除隊しても良いと言われていたが、俺は振り落とされない限り除隊するつもりはなかった。
そして訓練の全工程を全てクリアしてパリに戻ってきた。
配属は、新設される独立特殊部隊。
この部隊員は全て俺が経験してきたコルシカの訓練をパスした者達の中でも、特に優秀な成績を収めた隊員と、何らかのスペシャリストたちが集められた、傭兵最強部隊。
今日は、その部隊配属を前に部隊長と面談するため、半年前に来た部屋で待たされていた。
俺の前には事務長のテシューブ。
相変わらず落伍しなかった俺に対して、あからさまに不機嫌な表情で部隊配属の手続きをしていた。
ドアをノックする音が聞こえ、一瞬ハンスかと思って振り向くと、そこには面接時に居た将軍が「遅れてすまない」と言って入って来た。
そして将軍から部隊の概要を説明され、それから別室で控えている部隊長が待つ部屋に案内された。
部屋のドアの前で、将軍は「ここからは君一人で入りたまえ」と言うと、ニッコリ笑って廊下の向こうにゆっくりと歩いて行った。
中にどんな奴が俺を待っているのだろう?
ドアをノックする前に、深呼吸をしながらそう思う。
ノックをしようとする自分の手が、若干手震えていることに気付く。
コルシカでの半年に及ぶ訓練よりも、ハンス達と過ごした2週間を思い出していた。
”会えるものなら、また会いたい……”
コンコン”と部屋のドアを2回ノックする。
部屋の中から「入れ」と声がしたが、その声はハンスの声ではなく、もっと野太い声だった。
仕方ない、自分で選んだ道だ。
そう言い聞かせて、ゆっくりとドアを開けた。
“パンパン”と、いきなり爆発音に驚く。
目の前に広がるのは色とりどりの紙のリボン。
クリスマスの時に使うクラッカーだ。
瞬く間に、まるで頭のてっぺんから、紙のリボンをブッ掛けられたようになる。
歓迎してくれるのは好いが、少し馴れ馴れし過ぎて馬鹿にされた気がしてリボンを退けると、目の前に居たのはお調子者のトーニ。
そして、その向こうにはブラームとモンタナ、それから初めてここに来た時俺を襲ってきたフランソワ、ジェイソン、ボッシュ。
それにニルスに……それから……それから……。
急に目の前が涙で霞む。
だけど、一番奥で俺を優しい目で見てくれているその顔だけは霞まない。
ハンスだ!
「LéMATへ、ようこそ!」
(※Légion étrangère Mer Air Terreの略、架空の部隊)
そう言って握手を求めて来たブラームに飛びつくと、トーニが「おいおいブラーム、良いとこ取りは許さんぞ」と怒っていた。
将軍から部隊長との面談と聞かされていたが、どうやら事前に面談テストはパスしていたらしい。
テーブルに並べられた御馳走やドリンクを見る限り、どうみてもこれはパーティー。
「どうでぇ兄弟。このままパーティーを楽しむかい? それとも堅苦しい面談テストを受けるかい?」
モンタナが俺の肩を抱いて言ってきた。
「もちろんパーティーは楽しむ、だがその前に部隊長に挨拶だけはしておきたい」
そう言うと、野郎どもが女子みたいにキャーキャーと言った。
それを放って置いて、つかつかとハンスの前で立ち止まり敬礼する。
「ナトー二等軍曹、只今からリマットへ着任します!」
ハンスは立ち上がって「よく来た」と言ってハグしてくれ、そこでまた野郎どもがキャーキャー言った。
「三等軍曹で採用されたと思ったら、もう二等軍曹かい?こりゃたまげた」
「という事は、ナトーおまえ、空挺特殊部隊用の訓練を、トップの成績で卒業したのか!?」
トーニとモンタナが目を丸くして言った。
そう、トップ成績で、しかも想定成績よりも優れていると認められた者だけが、一階級昇進のご褒美を貰える。
「なにも驚くことは無いだろう、俺たちに勝った戦士なんだからな!」
ブラームが、そう言ってグラスを俺に渡してくれた。
グラスを高く持ち上げたトーニが、声高らかに言う。
「新しい戦士のために!」
それを皆が俺の方にグラスを向けて復唱する。
「乾杯!!」
特殊部隊として新たに設立されたリマットは、当面小隊規模の運用となり初代小隊長にはハンス中尉が就任し、補佐官として普通科連隊からマーベリック少尉と技術士官としてニルス少尉が着任した。
その他に衛生兵としてメントス上等兵が付き部隊は総勢40名。
隊員は4分隊に別れ、俺は小隊直属の第4分隊分隊長として配属された。
補佐役にモンタナ伍長とブラーム兵長。
その下にトーニ、フランシス、ジェイソン、ボッシュの各上等兵にハバロフ、ミヤンの一等兵が付く9人編成。
そして出動要請が入るまで、訓練に明け暮れる日々。
ランニングや格闘技は勿論だが、新たなこのリマットで最も重要視されるのが射撃訓練。
狙撃用ライフルから自動小銃に拳銃、それに対戦車ライフルやグレネード弾の精度をとことん追求する。
「いや~射撃訓練は良いねぇ~」
「なにが“良いねぇ~”だよ。外しまくりやがって」
呑気に言うトーニの言葉に、モンタナはもうカンカン。
「でも、一応的には当たっているからいいだろ」
「オメーの射撃精度だったら、もし相手が人質を取っていたら任せられやしねえ!」
話を聞いていて、ふと思う。
トーニは何故このリマットのメンバーに選ばれたのだろうと。
ランニングもスイミングも山岳訓練も格闘も、全て全隊員のうちで最下位。
だけど前身の特殊部隊にも居た。
一応、コルシカ島での空挺訓練も受けては居ると聞いたが、この状況では合格したかも怪しい。
「不思議だろう」
トーニとモンタナのやり取りを見ている俺に気が付いたブラームが隣に来て言った。
「ああ」
「やっこさんは、ああ見えても俺たちじゃ出来ない能力がある」
「能力?」
「ああ、奴は爆発物のプロだからな。作る事から解除に至るまでビビらずに正確に短時間でやってしまう」
なるほど、確かにそういうプロが部隊に一人いるだけで任務の幅は広がる。
「ニルスの肩書が技術士官となっているが、彼は?」
「あの人はメカオタクだ。エンジンから通信機、パソコンまで何でも直すし、プログラムも出来る。それに意外と射撃や体力系もこなす」
「つまり、小規模ながら爆弾処理班や後方支援部隊の機能も持つって事か」
「そのようだな」
「つまり、他の特殊部隊と違って、長く戦地に滞在する事を目的としているのかも知れないな」
ポンと肩を叩かれて振り向くと、ハンス中尉が後ろに居てそう言った。
そして、それから1年して俺たちの赴く先が決まった。
その場所は、北アフリカのリビア。
“もしかしたらヤザが居るかも知れない”




