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フルメタル  作者: 湖灯
グリムリーパー
228/700

ブルカの女、ターニャ②

 ヤザが火をおこすと、洞窟全体に橙色の灯りが溢れた。

 今まで薄暗い中で見ていたアサムの顔がハッキリと写し出される。

 中東に良く居る、普通の老人の顔。

 身体つきは骨太だが手足が細く、ヤザが吊り橋を落としたとき本当に俺はこの男に救われたのかと思えるほどゲッソリと痩せた体格。

 ただし手だけは普通の男より大きくて、指も長い。

「ヤザほどではないが、こう見えても昔は逞しかったんじゃぞ。まあいくら貧乏なテロ組織と言えど、今と昔とでは栄養が違うからな」

 アサムがハッハッハっと高く笑う。

 こいつ、さっきから俺の心が読めるのか……。

 それにいつ追手が来てもおかしくない状況で、洞窟に薪を焚かせ、高笑いとは不用心にもほどがある。

「ヤザ。外の様子はどうじゃった?」

「はい、追手が1名――」

「1名。男か?」

「そうです」

“ハンスだ!”

 しかし、どうしてヤザは平気な顔をして戻ってきたのだろう?

 いくら相手がハンスと分かって敵わないまでも、アサムを守るために戦って逃げる時間を稼ぐか、ここから逃げ出すべきだろう。

 呑気に薪に火をおこし、問われるまで報告を怠るなんてあり得ない。 

「しかし、ターニャが遅いのう。着替えと食料を持ってくるはずなのだが、どこで道草を食っているのやら」

 アサムの方も、それ以上は何も聞かず、話を変えた。

 一体こいつらの危機管理能力はどうなっているのか疑いたくなる。

「ターニャ様なら、今頃タカと遊ばれておられるかと」

「会ったのか」

「はい。私に追手の存在を教えてくれたのがターニャ様ですから」

「そうか、ターニャなら心配ないじゃろうて」

“おかしい……何か変だ”

 ヤザがハンスを見つけたのなら、その容姿を遠くから見ただけでただならぬ人物だと言うことは見抜けるはず。

 ターニャが何者なのか分からないが、まさかユリアが俺を探しに来て、それを男と勘違いしているのか?

 いや、違う。

 だいいち、渓谷のこちら側にはヘリが着陸できそうな平坦な場所はないからユリアは下りられない。

 では追手とは一体誰……。

「ターニャは1人ではないのか?」

「ああ」

「仲間は何人いるの?」

「1羽の鷹と一緒だ」

 ターニャが手下を連れて来ているものと思い、ヤザに聞いてみたが、どうやらペットの鷹を連れているだけで一人の様だ。

「どんな人?」

「知らん」

「知らないって、顔も?」

「いつもブルカを着ているからな」

「じゃあ、どうしてその人物がターニャだと分かった?」

「ターニャ様だからさ」

 ヤザは俺の質問を面倒くさがるわけでもなく、顔を緩めたまま水煙草を吹かしながら答える。

「素顔は見たことは無いのか?」

「ない」

「ブルカで顔や外見は分からなくても、ターニャ様はターニャ様。まあそれにターニャ様はいつもオオタカを連れているから」

「オオタカ……鷹匠なのか?」

「鷹匠?」

 ヤザは鷹匠と言う言葉を知らなかったらしく、この時だけ一瞬不思議な顔で俺の顔を見た。

「ハッハッハ」

 急にアサムが笑う。

「ナトー、もうよかろう。もう直ぐターニャが、追手とやらを捕えて、てここに連れて来る」

「“追手に連れられて来る”の間違いではないのか?」

「こっこらナトー。立場をわきまえろ!」

 本来なら俺が気を失っている間に、手足を縛っているはず。

 だがヤザもアサムも、それをしなかった。

 迂闊と言えば迂闊。

 だけど俺も、あえてその事を利用して彼らを攻撃していない。

 ヤザとの親子関係から縛り上げられていないのか、他に理由があるのかは分からない。

 ただ一つ言えるのは、2人とも俺に対して警戒心を持っていないし、俺も2人に対して警戒はしていない。

 いうなれば、ここには一つの信頼関係が成り立っている。

 しかしハンスが現れることによって、それは崩れるだろう。

 ターニャと言う女は、おそらくアサムの妾だろう。

 たとえ待ち伏せを喰らったとしても、ハンスはそんな女に負けるはずがない。

 彼らの思惑とは異なり、ここに来るのは腕を縛り上げられたターニャを連れたハンス。

 彼らが抵抗を試みれば容赦なく撃たれるだろう。

 その時のために俺が守るべき者は、ヤザかアサムか――。

 ヤザは義父とはいえ、父には変わりない。

 しかしアサムはザリバンの首領。

 折角そのザリバンの首領を見つけたというのに、殺されては堪らない。

 何故なら彼が殺されていなくなれば、また新たな首領がどこかで生まれるに違いないから。

 ここは是が非でも彼を無理やりではなく生きたまま捕獲して、話し合いのテーブルに着かせる必要がある。

 それこそが平和への道。

「ヤザ、悪いが武器を隠しておいてくれないか」

「どうして?」

「ヤザはアサムの家の中に入るとき、肩から自動小銃を掛け、腰にナイフと拳銃をぶら下げたまま入るのか?」

「まさか、そんなことはしない」

「だったら、そうしてくれ。ヤザが武器を持っていると、まるで俺が危険な人物だと思われるじゃないか」

 確かに危険な人物ではあるが、ヤザはアサムの顔を見て確認したのち、俺の言う通り洞窟の奥に銃やナイフを置きに行った。

 これでヤザは大丈夫。

 抵抗の仕方次第では骨折させられるかも知れないが武器を持たない以上ハンスは殺しはしないし、もしもそうなりそうな場合は屹度俺が止める様に言えばハンスは止めてくれる。

 あとはアサムの動きだけに気を遣えばいい。

“さあ、ハンス。いつでもいいぞ”

挿絵(By みてみん)

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