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フルメタル  作者: 湖灯
グリムリーパー

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222/700

ヤザとの対決⑤

 渓谷の方で銃声が聞こえた。

 と、言うことは、ナトーが生きているということ。

 最初に聞こえた1発の銃声は、ナトーを待ち伏せしていた敵の狙撃兵が、逆にナトーに始末された音だったのだ。

 絶望の淵から、まるで夏の日の入道雲のように胸の奥からムクムクと熱く嬉しい塊が膨らんで来る。

 ナトーなら、たかが20人ほどの兵など問題なく片付けてしまうだろう。

 問題は敵が渓谷を渡ってしまっていた時。

 おそらく敵がこの道を選んだからには、渓谷には橋が架かっているに違いない。

 そしてナトーがその橋を渡ろうとしたときに、落とされたら……。

 かつてグリムリーパーと呼ばれた伝説の狙撃手であろうとも神ではない。

 橋が落とされれば、その橋を渡っていたものは必ず落ちる。

 羽根のない人間は、地球の重力に対して抗う事は出来ない。

 どんなに素晴らしい戦士であろうとも、簡単に落とせるような橋を渡るには必ず援護が必要だ。

 俺はスロットルレバーをグッと搾り上げる。

 レバーに呼応するようにエンジンの音はより高く響き、後輪が巻き上げる砂埃が増し、スピードが上がる。

 上半身をハンドルに覆いかぶせ、暴れるマシンをコントロールしながら道を急いだ。

 渓谷は、もう直ぐそこ。





 ヘリの操縦席から、オートバイが巻き上げる砂塵が確認できた。

 ハンスに付けさせた救難信号発信機の位置が速くなったことで、ハンスがオートバイに乗っていることが分かる。

 ひょっとしたら、2人乗り?

 目視で確認できるところまで追いつくと、バイクにまたがっているのはハンス1人。

 ……と言うことは、ナトちゃんはどこに行ったのだろう?

 一抹の不安を覚えながら砂塵を追い越すと、その先に見えたのは渓谷の両側に横たわるザリバン兵士たちの死体。

 ここで戦闘があったことは、ナトーが無事だったことを物語る。

「軍曹は?」

 ブラームたちが窓の外を覗き込み、ナトーを探す。

 敵兵たちの死体の状況から見ると、ナトーがこちら側から発砲したと思えるし、第一この渓谷に橋などかかってはいないから向こう側に行くのは無理だ。

「兎に角、着陸ポイントを探しましょう」

 渓谷のこちら側に安全に着陸できるポイントを探す。

 まさかとは思うが残存兵が隠れている可能性だってあるから、少し離れていても安全な場所を探して、少し手前の崖の上に着陸することにした。


「なにもこんなに離れなくても……」

 キースに文句を言われてムッとする。

 誰も好き好んで離れたところに着陸したわけではない。

「キース、お前はここで見張りをしろ」

「えーっ!いっいや、了解しました!!」

 ブラームに言われたキースが一瞬不服そうな声を上げたが、思い直してキチンと敬礼して指示に従う。

 軍隊では、上官や先輩の命令は絶対だ”ブラーム君ナイス!”

「フフフ、残念ね。しっかりお留守番するのよ」

 

 ブラームを先頭に、ユリアとハバロフが続いて崖を下りだした頃、下ではハンスのバイクが止まる音がしていた。

「やっぱりヘリは早いでしょ」

 得意そうにユリアがそう言った時、ナトーの名前を叫ぶハンスの声がして和んでいた空気が一変して慌てて崖を駆け下りた。


 渓谷に到着すると、既に戦闘が終わった後だった。

 バイクを止め、用心深く周囲を見渡すが、そこにナトーの姿はない。

 渓谷のこちら側の敵兵は、守りの布陣のまま倒れていて、向こう側は逃げるような態勢で倒れているから、屹度ナトーはこちら側から撃ったに違いない。

“しかし肝心のナトーは何所へ行ったんだ……”

 周辺を探ると、吊り橋を支えるための棒がこちら側と向こう側に二本ずつ立てられていたが、肝心の橋がないことに気付く。

“橋を落とされたのか?”

 恐る恐る渓谷に近づくと、そこには向こう側から切られて落ちた吊り橋が崖の下に垂れ下がっている。

“もしや……いや、まさか……”

 嫌な予感がした。

 そして、それは当たった。

 渓谷の向こう側の斜面の枝にHK-416が引っ掛かっていた。

“ナトー……”

 疑う余地もなく、それはアサムを追っていたナトーの物に間違いない。

“まさか!”

 下をのぞき込むと、深い谷底の岩の上に、外人部隊のヘルメットが一つ。

 それを見た瞬間、息が詰まり、胸が苦しくなる。

 崖に引っかかったHK-416と、谷底のヘルメットが何を物語っているかは、誰にでもわかる。

 しかし、それは決して考えてはならない事。

 あろうはずがない事なのだ。

 何度も何度もそう自分に言い聞かすが、押し上げてくる嗚咽と共に、それを否定することは出来なかった。

 俺はナトーの姿を探すために狂ったように叫び、その姿を追った。

「ナトー!ナトー!」と、何度も叫びながら。

挿絵(By みてみん)

 ナトーの名を大声で叫びながら崖の直ぐ傍を走るハンスの姿は、今まで見たこともない。

 どの戦場でもクールで的確な判断力を持っていたというのに、その欠片も感じさせないほど今は狼狽している。

 見ているとそのまま崖に飛び降りるか足を踏み外して落ちてしまうかしそうだったので、ブラームとハバロフが2人がかりで抱えるが、それさえも振る解こうとして暴れる。

 見かねたユリアが、ハンスの前に仁王立ちになる。

“パチーン!”

 渓谷に平手打ちの高い音が響く。

「いい加減にしなさい!」

 頬を打たれて、ようやくハンスが止まった。

 何が起きたのか分かっていないのか、呆然としてユリアを見つめている。

「所詮寄せ集めの外人部隊の将校ね!アンタの今の態度は、とても行方不明になった隊員を探す態度じゃないわ!」

「ふざけるな……俺は、俺は真剣にナトーを……」

 ハンスのユリアを見る目の色が、まるで凶暴なオオカミのように変わるが、それでもユリアは少しも怯まずに続けた。

「あんたの態度は、だれがどう見ても“恋人に逃げられた、未練がましい哀れな役立たずの男”そのものね」

「なんだと、コノヤロー!」

 傍観していたブラームとハバロフが慌ててハンスを止めようとしたが一瞬遅かった。

 まさかハンス隊長が、他国の味方の兵士――しかも、女性の航空兵に喧嘩腰で飛び掛かるなんて思いもよらなかった。

 フランス外人部隊随一の格闘技の達人に飛び掛かられたら、身長170㎝もない華奢な体格のユリアがどうなるか、想像しただけでも恐ろしい。

 運が悪ければナトーの後を追う様に谷底に真っ逆さま、そして運が良くてもどこかの骨は折れてしまう。

“バキッ! ドスン!”

 一瞬目を瞑ってしまいそうになったブラームとハバロフは、信じられない光景を目の当たりにした。

 それは突進したハンスをユリアが軽く避け、その腹部に膝蹴りを当てたのだ。

 膝蹴りを喰らったハンスは、そのまま一回転して砂の上に仰向けに転び微動だにしない。

「隊長!」

「ハンス隊長!」

「ハンス!」

 3人が取り囲んで名前を呼ぶと、しばらくしてハンスは片手を差し出した。

 起こせと言っているポーズ。

 自力では起きられなくなったハンス。

 だがしかし、彼は起きようとしている。

 いや、起きなければならない。

 ……ナトーが居なくなってからも、仲間のために戦わなければならない。

 それが将校の務め。





 バラクの言葉にロープを切ることを諦め掛けたヤザ。

 しかし、その一瞬後に思い直した。

 確かにバラクの言う通りかも知れない。

 だが、それは本当にバラクの声だったのか?

 久し振りに間近で見るナトーの姿に、心が迷っているだけなのではないだろうか。

 確かにナトーは間違いなく俺の可愛い娘。

 しかしそのナトーを生かしたまま橋を渡らせるということは、当然俺の命だけではなくアサム様の命も奪われるという事。

 今、アサム様を失えば、俺たちは確実に負ける。

 少し待てば、アサム様の代わりは必ず現れるだろうが、その前に俺たちの守ろうとしたものは欧米によって取り戻すことができないくらい叩き壊されるだろう。

 俺たちの守ろうとするもの、それはイスラムの誇りと精神。

 このために多くの戦友が死んでいった。

“個人主義!”

 ナトーを助けるのは、俺の個人主義“エゴ”だ。

 ナトーを助けることによって失われるものの大きさを誤魔化そうとしているだけ。

 かつてソビエトに侵略されたこの地をアサム様は守った。

 その時はアメリカが戦うための武器や弾薬を横流ししてくれた。

 そしてソビエトを撃退した後、今まで支援してくれていたアメリカが政治に干渉してきて、それに反発した我々ザリバンを攻撃してきた。

 追い詰められそうになったザリバンを救ったのは、今度はソビエト。

 彼らは所詮俺たちを代理戦争の道具としてしか見ていない。

 だがここはイスラムの国。

 ここで我々が敗れることになれば、次は混とんとした状況の続く俺の故郷イラクも奴らの思うままになるだろう。

 その次はリビア。

 そしてシリアも……。

 近づいてくるナトーの足音に背を向ける。

 最後にもう一度だけその姿を見たい。

 だけど、見た瞬間、俺はこのロープを切ることは出来なくなる。

 気が狂いそうだが、やらなければならないし、やれるのは俺だけ。

“うわあぁぁぁ――――!”

 悲鳴を上げながら力を振り絞りナイフに力を入れると、儚いほど簡単にロープは切れ、吊り橋が崩れる音が俺の心臓に氷の刃のように突き刺さった。

“ナトー馬鹿な父親を、許してくれ。俺も直ぐに後を追う!”

 そのままナイフを自分の胸に向けた。

挿絵(By みてみん)

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