ナトーの奇行①
「畜生!なんで今更、ロシアが参入してくるんだ!」
飛来したMi-24を見てヤザが叫び、周囲の者達に洞窟に撤退することを命令する。
上空に現れたのが実際にはウクライナ軍のMi-24なのをロシア軍の物と勘違いしたのだが、ロシア軍が影ながら援助をしてくれることはあっても、堂々と自国のヘリや戦車を出す事などないことはヤザも知っている。
多国籍軍を敵に回し堂々とテロ組織に加担して戦争に参加する行為は、ワザワザ火中の栗を拾いに行くのと同じ。
銃口を開くのなら、それは我々ザリバンの兵士に向けられるのは明らか。
ヤザの予想通りMi-24は、その銃口をザリバン兵に向けて開いた。
木々に覆われた森の緑色の葉が落とされ、一瞬にして茶色に交じりのスカスカの林に変えられてゆく。
敵の戦車を血祭りにあげ、折角失いかけた戦意を取り戻したと言うのに、もうこうなってはどうしようもない。
洞窟に入り、兵士たちに入り口を死守するように伝えるとヤザ自身は足早に奥の司令部に進んでゆく。
その間にロケット弾の攻撃であろうドスンと言う鈍い音と振動が走り、洞窟内に砂ぼこりが舞う。
「ヤザ、一体何があった」
ザリバンの首領アサム・シン・レウエルが声を掛けた。
「ヘリの攻撃を受け外の者達は既に戦意を失い散り散りになっております。もはやこの洞窟も時間の問題かと。アサム様、直ぐに逃げる準備を――」
「黒覆面。お前はどうする。我々と共に逃げるか?それとも……」
今回多国籍軍の作戦情報を漏らし、この戦いの実質的な指揮を執った黒覆面の男は、時間稼ぎのためにここに残って戦うと言った。
そして色々と不備があったと指揮官らしく謝った。
「すべてが計算道理に旨く行かないのが戦場だ。しかも敵にあのグリムリーパーが居たのだから尚更。今回最大の障害は、あの不時着した輸送機の指揮権をヤツが持っていたと言う事だろう。そのヤツを育てた俺でさえ、あそこを落とせなかった」
敵対していたかに見えたヤザが黒覆面の男と握手を交わした。
「グリムリーパーか……たしかに、噂通り凄すぎるぜ」
「息子よ、あとは頼むぞ。今回の戦いは決して失敗ではない。それは同志たちに語り継がれるだろう」
確かに我々は本部を失うが、大型輸送機を2機も撃墜し、たった2日間の間に敵に何百人もの犠牲者を出した戦いは他の地域部隊の戦意向上に繋がるだろう。
ただし、これには条件が一つだけある。
それはザリバンの首領、アサム・シン・レウエルを無事に避難させること。
20名ほどの部下を連れ、今は使われていない南西の出入り口を使って脱出を試みる。
他の出入り口と違い狭くて高さも無い窮屈なこの通路は、こういう時のために他の隊員達にも知らせていない。
だから出入り付近も草がぼうぼうと生え、分からないはず。
そして北側にある抜け道が発見されたとしても、こっちには谷沿いに見つかりにくいもう一つの抜け道が用意されている。
いわば北の抜け道は攻撃用の囮で、こっちは非常用の抜け道と言う事になる。
丁度南西の出口を抜けた頃に、1機の軍用機から兵士たちが落下傘降下する景色が見えた。
どこの国の部隊かは分からないが、敵の本格的地上支援部隊のお出ましだ。
俺たちはアサム様を連れ出し、そいつらが到着する前に基地を抜け出すことに成功した。あとは黒覆面の男がどれだけ時間を稼いでくれるか……。
「隊長!」
SEALsと共に戦っていたハバロフ、メントスが、崖の上から降りて、やって来た。
キースは器用にオートバイのフロントタイヤを持ち上げたまま一緒に丘を登って来た。
「上は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。普通科の連中とSEALsが見張っています」
「メントス。モンタナ達を診てやってくれ」
「はい」
「それよりも朗報です。ハンス大尉がもう直ぐここに来ます」
「ハンスが?」
事務的な事で忙しいはずのハンスだから、マーベリック少尉か他の将校を寄こせばいいのに、まさか本当にハンス自らが来るとは……。
まあ、俺の願いが叶ったと言う事だろう。
ハンスは、決して仲間を見捨てない。
どんな時も。
特に俺が居る限り。
自惚れではない。
俺自身ハンスの事を好きなように、初めて会った時からハンスも俺に好意を持って接してくれていた事は、最近特に思うようになってきた。
そして、ここに来て皆の話を聞き、敵兵の死体を確認すれば、勘のいいハンスは直ぐに俺の本当の正体に気が付くはず。
ユリアの夢は本当だ。
俺はこの戦場に死に場所を求めて、やって来た。
だけど、無駄に死ぬ気は毛頭ない。
俺を守ってくれる仲間がいる以上、俺はその仲間を守り抜かねばならないし、守るべき者が居る限り死ねない。
そしてまた生き残ってしまった。
ハバロフの言う通り、青い空の向こうから悠々と輸送機がやって来て、空にパラシュートの白い花を咲かせた。
「もう、この戦いも終わりですね」
ブラームが言った。
しかし、まだ終わったわけではない。
今、また各部隊がそれぞれの出入り口から敵の地下基地への突入を始めた。
俺も再び装備を整えて、最後の戦いに挑む。
「ナトちゃん。もう戦わなくてもいいじゃない。あとは応援部隊に任せておけば……」
ユリアが俺を止めようとする。
「まだ戦いは終わっていない」
「もう充分よ。一体何時間戦うつもりなの?ヤメテ!」
ユリアが俺の腕を掴む。
この小さな体のどこにそんな力が隠されていたのだろうと思う程の強い力。
「洞窟基地に入る事は許しません!」
振り向くと、いつもの明るい顔立ちのユリアではなく、怒った顔をしていた。
「分かった。じゃあオートバイを借りて外周の偵察をしてくる」
「絶対、中には入らない?」
「ああ、約束する」
「じゃあいいわ。ブラーム、キース、ハバロフ。Mi-24に乗って」
「俺たちが??」
「そう。これよりウクライナ軍第14独立ヘリコプター部隊第二小隊本部付2号機ユリア・マリーチカ中尉とLÉMATの3名は、これよりナトー・ブラッドショー1等軍曹のバイクを上空より支援します! いいですね」
3人が「了解しました!」と元気のいい声を上げると、ユリアがニッコリ笑顔を見せる。
「じゃあ頼む」




