絶体絶命④
手に持ったHK-416を、降伏する意思のない証として、空に向けて撃つ。
本来ならMi-24ハインドに向けて撃てば良いのかもしれないが、この期に及んで無駄な事はしたくない。
防弾ガラスに分厚い装甲板に覆われたMi-24に、たかが5.56㎜の小銃弾など通用するはずもないことは既に知っている。
だから俺は精一杯、お前たちの仲間を殺しまくった糞ったれの代表として、この上もなく誇りを持ち偉そうに胸を張ってやった。
味方から見れば英雄。
敵から見れば、腸が煮えくりかえるほど頭にくるような態度だろう。
そう。
怒れ!
俺が貴様等の仲間を、まるで虫けらのように殺戮したグリムリーパーだ。
怒りにまかせて、その30㎜機関砲で撃て!
俺の体から肉や骨、内臓までも、まるで跡形もなく霧のように飛び散って仕舞うまで。
そうすれば、屍は残らない。
いくら死んだ後だとは言えハンスに、実のお兄さんを殺したグリムリーパーが俺だと分かった後で、睨まれるのだけは御免だ。
ハンスから、その様な目で見られたくはない。
だから一層の事、形など消してしまいたかった。
目の前にMi-24が迫って来て、その銃口を真正面に見せるためか、少しだけ前傾姿勢になる。
“さあ、撃て!”
Mi-24の先端にある太い銃口に火が灯る。
この世で最後に見る物が機関砲の弾だとは、お笑い草だ。
それは俺がかつてグリムリーパーと呼ばれていた時、俺が殺してきた沢山の敵が最後に目にしたもの。
そう。
ハンスのお兄さんも、これを見たに違いない。
誰だって自分の脳天に弾丸が突き刺さる所なんて見たくはない。
しかし俺はそれを敵に強いて来て、とうとう自分の番が回って来た。
ゆっくりと目を閉じる。
弾丸が巻き起こす風が気持ちいい。
航空機用の30㎜機関砲の威力は、コンゴでユリアの操るMi-24が橋を撃った時に見たので知っている。
木で作られた橋が、あっと言う間に粉々に砕け、跡形もなくなった。
この風は、もしかしたら砕け散った脳の一部が感じているのかも知れない。
“いや、違う――”
機銃音が止まるのを感じた。
俺の背中の向こうからギャーと騒ぎアラビア語で神の名を叫ぶ声が聞こえて来た。
後ろを振り向くと、トーチカの背面下約50mの所を駆け下りて逃げる敵兵の姿が見える。
“何!?”
ゆっくりとMi-24が旋回してその横腹を見せると、ローター下側の側面には赤色に白の縁取りで“202”と書かれた見覚えのある数字。
操縦席の横のボディーに見えたのは、半分が青色で下半分が黄色に塗られたウクライナの国旗。
そして、操縦席の防弾ガラスを跳ね上げて敬礼している透明感あふれる青い目の美人パイロットは、ウクライナ陸軍第14独立ヘリコプター部隊のユリア・マリーチカ中尉。
「ユリア!」
激しいエンジン音で俺の声など届くはずもない。
でもユリアは答えてくれた。
“助けに行くと、約束したでしょ”と。
無論声は届かないが、ユリアの口が、そう動いていた。
コンゴで戦死したミヤンの家族のもとへ行った帰りにウクライナの首都キエフに行ったとき、偶然爆弾テロを未然に防いで怪物屋敷で思いがけずナタリア・チェルノワ大統領主催の晩さん会に呼ばれた夜に交わした約束。
お互いの身に危険が及んだ時、必ず助けに行くと交わした約束通り、ユリアが助けに来てくれたのだ。
ユリアは防弾ガラスで出来たコクピットの窓を閉じ、ゆっくりとトーチカを守るように上空で向きを正面に変えると、また30㎜機関砲を連射した。
丘の下にあった木々が、まるで史上最大の嵐でも来たようになぎ倒され、森があっと言う間に裸になる。
30㎜の後は、ロケット弾。
あまりの激しさに、一体何が起きているのかさえ分からなくなる。
Mi-24は、更に向きを変え抜け道でSEALsたちを苦しめていた敵に向け、また30㎜機関砲やロケット弾を撃ちこんだ。
もうこうなれば、数の問題ではない。
第一次世界大戦下の1916年9月15日、フランス北部ソンムの戦いでイギリス軍が初めて実戦に投入した戦車を目の間に、ドイツ軍はなすすべもなく逃げ惑うことになった。
我々を苦しめた敵兵は、今やその時のドイツ兵と同様。
小銃しか装備していない歩兵を相手に、戦車や攻撃ヘリを持つと言う事は、パワープレイを楽しんでいるのと同じで戦闘の局面は圧倒的に有利になった。
Mi-24が丘の中程に着陸した。
貨物室の扉が開き、8名の地上部隊が降りて来た。
“歩兵……?”
俺が驚いて見ていると、その中の背の高い男が俺の方に歩いて来る。
「レーシ中佐!」
「やあ、またお会いできて光栄です。ナトー1等軍曹。ユリアと交わした約束を聞いて急いで参りましたが、間に合って良かった」
「じゃあ、レーシ中佐の許可で?」
「まさか。国境を超える様な軍事行動など、私の判断では……」
“チェルノワだ”
屹度、俺たちの無線を傍受したユリアが部隊長に掛け合い、それがチェルノワ大統領まで届いたと言う事か……それにしても、何というチェルノワの決断力。
まさか個人的な約束が、大統領迄届いて、許可されるなんて。
「とりあえず我々オデッサは、SEALsと協力することにします。激戦地を守り抜いたLÉMATは暫く休んでいて下さい」
「いや、そう言う訳にはいかない」
「貴女は、そうでしょうが、お仲間はどうでしょう?」
「そうよ、ナトちゃん。ここは素直にレーシの言う事を聞きなさい」
「じゃあ、ユリア。ナトーさんたちを頼む!」
「オーケー!」
いやにユリアとレーシ中佐の仲が良い。
“恋人同士なのか?”と、そう思った俺の顔を見て「従兄なの」とユリアは笑って教えてくれた。
「ありがとうユリア」
泥だらけで汚れた手袋を外して手を差し伸べると、ユリアも手袋を外して握手をしてくれた。
俺は堪らなくなり、衝動的にその手を引き寄せて抱こうとして留めたが、逆にユリアの方が俺の胸に飛び込んできて言った。
「間に合って良かった。不吉な夢を見たの……」
「不吉な夢?」
「そう。ナトちゃんが死ぬつもりで戦っている夢」
ユリアは、そのまま俺の胸の中で泣いていた。




