絶体絶命③
「なあ……みんな、外人部隊を辞めた後は何をするつもりだった?」
トーチカの壁に背中を付けて座り、みんなに聞いた。
「モンタナは?」
「ああ、俺は金を溜めてジムでも開こうかと思っていた」
「アメフトのか?」
「それもあるけれど折角一流と呼ばれるくらいになったのに筋肉増強剤なんかに手を出しちまって生活を棒に振ることになってしまったから、そう言う過ちを犯さないで一流の選手になるための手助けが出来れば良いんじゃねえかと思って……でも、酒ばっかかっ喰らって金なんか貯まりそうにも無いでさあ」
「まだまだ先は長いんだ。これから頑張ればモンタナなら良いジムのオーナーになれるさ。ボッシュは?」
「俺は特にする事もねえから、あと何年か経ってLÉMATで働けなくなったら、実家の農場でも手伝うさ」
「ボッシュの実家は、農家なのか?」
「ホップ農家だぜ。農家直営の旨いビールでもご馳走するぜ。そんときゃあ、ちゃんとしたレディーの格好で飲みに来て下さいよ」
「ああ、楽しみしているぞ。ジェイソンは?」
「うちもボッシュと似たようなもんで、こっちはスペインだからワイン農家だけどな。皆に旨い赤ワイン御馳走するから遊びに来てくれ」
「フランソワ、お前は?」
「俺はまた酒場の用心棒に逆戻りだろぜ。まあ特に何をしたいと言う事もねえし……」
「実家は何をやっているんだ?」
「親父もお袋も、普通の工場勤務さ。まあ爺ちゃんは神父だけど……そうだ、ナトー……」
「……どうした」
「いや、もしも……もしもナトーが隊長と結婚するときは、爺ちゃんの教会で式を挙げてくれ。小さくてボロだけど、周りの景色はいいし。爺ちゃんの教会で式を挙げると必ず幸せになれるって地元じゃ有名なんだぜ」
「……そうか、そうなるようなことがあった時は、俺はフランソワに神父を頼みたい。屹度お前の爺ちゃんに神父を頼むより幸せになれそうだな……」
ハンスとは別れることはあっても、結婚することなどない。
けれども、もしもフランソワが本当に勉強して神父になった時には、俺の望みも叶うかも知れないと思った。
「ブラームは?」
「俺は一生LÉMATに居たい。なにせ孤児だからな」
「キックボクシングは、もうやらないのか?」
「ああ、観客の見ている前で相手を殴ったり蹴ったりするのはもう御免だ。俺たちの事より軍曹こそどうするつもりなんです? もう最後だから言わせてもらいますが、まだ二十歳だし、頭もいいし顔やスタイルもいいのにこんな外人部隊で泥まみれになるなんて似合わない。ハンス隊長だって軍曹の事を特別気に掛けているのは皆も知っている。あの完璧なポーカーフェイスの隊長が取り乱したり笑ったりするのは、軍曹が来てからです。だから」
ブラームは、そこで一旦話を切った。
「だから……?」
「軍曹が外人部隊に入隊しに来る前に何があったか知りませんが、過去は過去として切り捨てて考えて、いま目の前にある幸せを見つめて下さい。軍曹は俺たちと違って幸せになる必要がある」
「そうだぜナトー。オメーが結婚するんなら、俺は爺ちゃんの後を継いで神父になるぜ!」
「俺も結婚式用の上等なワインを作るぜ」
「俺も結婚式用の上等なビールを作る!」
「おいおい、ワインは分かるが“結婚式用の上等なビール”って何だよ?そんなの聞いた事も無いぜ」
モンタナが笑うと、みんなも一斉に笑った。
「まあ、誰と結婚することになっても、アンタはスーパー母ちゃんにだけはなれる!」
モンタナが俺の背中を掴んで嬉しそうに言った。
「馬鹿言うな。俺だってブラームと同じ孤児なんだぞ」
「死んだ父ちゃんと母ちゃんは知っているのか?」
ジェイソンに聞かれたので、正直に顔も名前も知らないと答えた。
「屹度、優しい両親だったんだぜ」
ボッシュが、そう言って両親を褒めてくれた。
「ったりめえだろうが!器量も頭も良いから、生きていりゃあ俺たちなど手の届かねえ“お嬢さん”に違いねえんだよバカヤロー……チキショー戦争って奴は、戦争って奴はなんて非情なんだ……」
そう言うとフランソワが泣き出した。
確かに戦争は非常だ。
殺したくもない相手を殺さなければならない。
個人的には何の恨みも無いのに、国が違うと言うだけで怨み合う。
挙句の果ては俺のように、好きな相手のお兄さんを殺してしまい、戦争が終わったときに、どうしようも無いほどのバカさ加減をさらけ出す。
どうして戦争などするのだろう。
どうして数ある生き物の中で、人は人を殺すのだろう……。
Mi-21のローター音が近づいて来る。
とうとう俺たちの命の火が消える時が来たのだ。
ハンスとはもう会わないと心に決めていたはずなのに、もう一度会いたくてここまで戦ってきた。
しかし、それもここでThe End ハンスが来る前に俺の願い通り幕は下りる。
願いが叶うなら、俺の正体を永遠に知ることなく、その心の片隅に思い出に仕舞ってくれたら嬉しい。
最後に、この大切なメンバーと共に過ごすことを許して下さった神様に感謝します。
でも最後に一つだけ願いをかなえてくれるなら、死ぬのは俺1人にして下さい。
そして彼らの願いを叶えて下さい。
そのためなら、私はどの様に死のうが構いません。
そして俺はトーチカを飛び出し、迫って来るMi-24の目の前にでてHK-416を持つ手を広げた。
「っ軍曹!!」
「ナッ、ナトー!!」
トーチカの中から皆の驚く声が聞こえた。
「お前らは、じっとしていろ! もしも、生き残る事が出来たなら隊長に伝えてくれ……俺の死に様を」
本当は、好きだったと伝えて欲しかった。
しかし、ハンスが来て、この戦場に無数に散らばる敵兵の死体を見れば彼は必ず気が付くはず。
“俺がハンスのお兄さんを殺した、グリムリーパーだったと言う事を”




