前哨戦①
7時30分、森の奥からキースのバイクの音が聞こえてきた。
さすがに元プロのライダーだけあって、思ったより早い。
「只今帰りました」
「ご苦労! 無電は確認したが本当のところ、状況はどうだったか」
「はい。カナダ軍は、現地の地理に詳しいゴードン上等兵とジム1等兵の指示に従い、北の崖と森の斜面沿いに配置して、出て来ようとする敵のみに対応しているので銃弾には余裕があるそうです。逆に敵の方がもうそろそろ弾が尽きてきたのではないかと、カナダ軍の中尉が言っていました」
ゴードンとジムの張り切っている姿が目に浮かぶようだった。
そして、たとえ僅かな時間だとしても、その経験を生かしてくれているカナダ軍の指揮官にも頭が下がる。
「キース。たしかオートバイで早く走るには“道を読む”のがコツだと言っていたな」
「はい。道に出来た轍は勿論、石や路面の濡れ具合、斜面の角度を読みながらベストのラインを選んで走ります」
「ここを見て、どう思う?」
俺は崖を指さした。
「たしかに、目の前が開けていて周囲の地形から見ると下に降りるのはベストのように見えますが……」
「が……とは?」
「いえ、他のルートを探してみたわけではないので何とも言えませんが、明らかに見晴らしが良過ぎます。こんな所を通るのはヤギくらいなものです」
「ヤギか」
キースの例えが可笑しくて笑った。
「もしも君がオオカミだったら?」
「こんな所は通りません。もっと暗いところを探します」
「だろうね――キース、敵はオオカミだ。きっとその暗い道を知っている。敵がその道を通って上がって来る前に、俺たちはその道を知らなければならない」
崖で遣られていたアメリカ兵たちを思い出すと、たとえ下に強力なトーチカがあったにしても、どう見ても一方的にやられ過ぎている。
これは挟み撃ちではない。
3方向から囲まれた可能性がる。
もしもそれを俺たちが見過ごしていたとしたら、俺たちは全滅したアメリカ部隊と同じ運命を辿ることになるだろう。
そうならないためにも、戦闘が始まる前に、その道を確保しておく必要がある。
「キース、探してくれ」
「了解しました!」
08時00分。
晴天の青い空をA-10が悠々と飛来して、森の2カ所に機銃掃射と爆弾を投下して去って行った。
屹度、敵の通信基地を破壊しに来てくれたに違いない。
それから数分後、アメリカ兵たちが向かった崖の方から、盛大な爆発音が轟いた。
止まっていた穏やかな時の流れが、まるで濁流のように流れだしたのだ。
「軍曹、抜け道を見つけました」
ついにキースが、敵の抜け道を見つけた。
「よくやった」
キースを褒めたあと、崖の下に居るブラームに2名上に上げさせて、キースと3人で抜け道の見張りをするように命令する。
「さて、そろそろ始まるぞ」
その頃になると、高原の前線基地の方から単発的に銃声も聞こえだす。
おそらく、敵の見張り員を見つけたに違いない。
次に来るのは、敵の本体による前線基地への攻撃。
ヤザが出てくる。
だけど、その方向は、今俺たちが居る方向とは逆。
計画通りに進んでいれば、敵は罠にかかるはず。
「ハバロフ。無線!」
「ハイ。どこへ?」
「前線基地に、今日の天気を聞け」
「天気。ですか??」
「そうだ」
空は抜けるように青く高い雲一つない晴天。
不承不承な表情でハバロフが無線機を取る。
「LÉMATより前線基地、LÉMATより前線基地、そちらの天気はどうですか? 繰り返す。LÉMATより前線基地、そちらの天気はどうですか?」
『前線基地よりLÉMATへ、今日の天気は晴れ。所によっては昼前から雷を伴う雷雨となる。繰り返す。今日の天気は晴れ。所によっては昼前から雷を伴う雷雨となる』
「隊長、昼前から雨になるそうです……」
何が書いてあったのかは知らないが、どうやらハンスが渡してくれた封筒の効果は絶大で、前線基地は俺の指示に従ってくれている。
「そうか――」
そう言って俺は遠くに見える前線基地を眺めていた。
<ザリバン地下壕本部>
「北出口見張り員より報告! 東西を結ぶ道路付近で大きな爆発音確認」
「よし掛った!!」
その報告に覆面の男が身を乗り出して喜んだ。
「それから、敵の爆撃機が飛来して観測所付近2カ所に爆弾を投下したようです」
「馬鹿が、言わんこっちゃない。無駄に通信してしまうから場所を見つけられて潰されるんだ。ちょろちょろと出歩けば偵察機の赤外線に引っ掛かり、不用意に通信すれば場所を特定される。それが近代戦だ」
覆面の男が珈琲を飲む。
「敵の通信傍受。LÉMATが前線基地に天気を聞いています」
「天気?……で、前線基地の回答は」
「所により、昼前から雷雨になる見込みだそうです」
「可哀そうにな、応援に来るはずの味方は崖崩れで壊滅した上に、土砂降りの雨に見舞われる予定とは。おっと、こっちにもその雨の中を戦う可哀そうな奴がいたっけ」
そう言って覆面の男がクククと笑う。
「情報を、西出口で待機しているヤザ指令に伝えますか?」
「かまわん。奴に伝えたところで、何かと心配するだけだ。ここは安心して敵と戦ってもらおうじゃないか」




