地下に潜む敵②
ヘリのパイロットに前線基地に寄って、作戦のタイムスケジュールを書いたメモを渡すように言った。
「駄目です。前線基地に寄る飛行計画ではないので、命令書がないと寄れません!」
命令書……。
そう言えば、パリを出発するときにハンスから渡された命令書があった。
ハンスからは“前線基地に着いたら、基地司令に渡せ”と言われたきり、俺は中身を見ていなかった。
ポケットから取り出して「これが命令書だ!」と言って渡すと、訝しそうにその紙きれを広げて眺めていたパイロットの表情が変わり「承知しました!」と敬礼までされた。
どんな内容が書かれた命令書か知らないが、効果はあったようだ。
あとは前線基地が、時間通り行動してくれることを望むのみ。
「スタンレー中尉、頼みがある」
地図を広げてスタンレー中尉を呼んだ。
「ここから8キロ離れた所に崖がある。崖の下には前線基地から東の村まで通じる道があり、敵はここに大量の爆弾を仕掛けているはず。1時間で行けるか?」
「ああ、敵さえ居なければ行ける」
「おそらく、崖の上にいる敵は数人程度だ」
作戦の内容を細かく中尉に説明する。
「やってくれるか?」
「OK! それが終わったら、どっちに行けば良い?」
「ここに戻って来て、仲間の仇をうってくれるか」
「喜んで!」
そう言ってスタンレー中尉は俺の肩を叩いて、部隊を連れて行った。
「キース。このバイクでカナダ軍に伝令を頼めるか?」
バイクはヤマハの450㏄のモトクロッサー。
「このバイクなら20分で行けます」
「では、これを頼む」
キースにメモを渡した。
彼は元モトクロスのプロ選手。
俺たちにとっては無理かもしれないが、彼が20分で行けると言うのなら、必ずその時間で行ける。
その実力は、既にコンゴの時に実証済み。
「ハバロフ。トーニ将軍に無線で、ここを撤収する旨伝えろ」
「トーニ将軍?? 撤収するんですか?」
<ザリバン地下壕本部>
「通信傍受! 崖の上です。LéMAT撤収します」
「それみろ。結局彼らは崖の上から何も発見できずに撤収だとさ。ヤザ、お前のお気に入りのナトーも、こんなものだ。残念だったな」
「ナトーがここを発見できない? まさか……罠かも知れない。見てくる」
「おいおい、止めてくれよ。上空には無人偵察機が赤外線で見張っているんだぜ。勝手な行動をされて計画を台無しにしないでくれよ」
「しかし」
「駄目だ、お前にはまだ、やらなければならない仕事がある。最後の大仕事がな」
「前線基地の見張り員からイリジウムで報告。敵部隊は何やら出撃する模様です」
「そら、おいでなすった。ヤザ、準備をさせろ1時間半後に出発だ」
「しかし、こんな穴の中に居るだけで、都合よく作戦が遂行できるとは思えない。アサム様、是非私に偵察を!」
「ヤザ、気持ちは分かるが、ここはこの者に従え。これまで奴らのハイテク兵器に何度も泣かされて来たではないか」
「それは、そうですが……」
「大戦果はもう直ぐ。そうだな」
「間違いありません。ヤザさえ従えば」
「では、ヤザ。この者に従え」
「分かりました」
<地上>
「よーし、トーチカに機関銃2丁を据えろ!」
救援ヘリから弾薬を補給してもらったおかげで、久し振りに軽機関銃が使える。
「誰入れますか?」
モンタナは声を殺して言っているようだが、明らかに声が大きかったので注意してから「フランソワ、ジェイソン、ボッシュ、それに普通科から3名。指揮はお前が取れ」
「俺ですか?」
「嫌か?」
「いえ、身に余る光栄と言うか……」
「撃ちまくるのは得意だろ」
「了解しました」
「後衛に普通科の10人をブラームに任せる。俺とハバロフは崖の上で全体の指揮を執る」
「戦闘はいつ頃始まりますか?」
ハバロフが不安そうに聞いて来た。
「早くても8時以降だと思っていいだろう。それまで各員準備を怠るな」
そして腕時計を見た。
時刻は7時。
丁度、イリジウムの通信回線が遮断される時間だ。
計画通り、高原の前線基地から部隊は出発したのだろうか?
そしてキースは無事にカナダ軍に伝言を渡してくれただろうか?
<ザリバン地下壕本部>
地下壕の通信員が叫ぶ。
「イリジウム通信入りました。高原の敵基地部隊出撃、戦車2台を先頭に兵、約50名!」
「いよいよフィナーレが近くなってきたな。ヤザ、出撃は爆破班からの連絡が入ってからだ」
「筋書き通り……って訳か。しかし、こんな地下壕の中に籠っていて、そう上手くいくのか」
「地下壕に籠っているから上手くいくんだよ。今までみたいにノコノコで歩いていちゃあ、今まで通り遣られるだけだ」
「……」
しばらくして、また通信員が叫ぶ。
「カナダ軍の通信傍受。しきりに弾薬の補給を依頼しています」
もう1人の通信員が、それに付け加える。
「通信班から無電。カナダ軍の位置は依然森の端のままです」
「なんで無電なんだ!? 無電を使うと位置がバレるじゃないか。直ぐにイリジウムを使えと連絡しろ!」
「はい……。イリジウム、交信できません!」
「ちきしょう! 通信を遮断されたか」
ヤザがイヤミっぽく言う「敵の反撃が始まったか?」と。
「なぁに、今更イリジウムを切られたところで、時計の針は止まらない」
「だといいがな」
そう言ってヤザは指令室を出て行った。




