地下に潜む敵①
「やっとこれで壕を占領できた訳ですな。ところで、遠隔での爆破はないのですか?」
いつのまにかモンタナが崖を降りて来ていた。
「最初に調べている」
「さすが軍曹」
「爆弾の仕組みが分かったのは、トーニに教わったおかげ。そして全て除去できたのは、皆のおかげだ」
丘の頂上に立って下を見る。
「入ってみるか?」
「喜んで!」
モンタナが笑って応える。
あらためて中に入ってみると、急ごしらえの塹壕と言うには堅牢過ぎる。
頭の高さには太い木の幹が覆われていて崖の上からの射撃に耐えられるようになっていた。
トーチカの中からは驚くほど崖の様子がよく分かり、これが崖側からの侵入を阻止する目的で作られた陣地であることは明白だった。
そして足元には空薬莢の他に煙草の吸殻やコーラの空き缶が散乱し、おそらく崖を降りようとしたアメリカ兵をここから狙い撃ち身動きを取れなくして、ヤザ達の部隊が到着するまで時間稼ぎのために、なぶりものにしていたのだろうと言う事は容易に想像できた。
「なぜ敵は、この場所に見張りを置かずに放棄したんだろう?」
フランソワがボソリと言った。
「アメリカ軍を蹴散らしたから、もう用済みで何処かに行っちまったんじゃねえか?」
モンタナが、その言葉に応えた。
確かにモンタナの言う通り、用のなくなった陣地に人を残して置く必要はない。
見張りが居ないと言う事は、既に用が無くなった事を示すはず。
だが、引っかかる。
アメリカ軍の降下地点が分かったとしても、それからこの陣地を造るほどの時間は無かったはず。
それに、下から攻め込まれないように背の高い草木が全て排除されていて、まるで予め何かの目的のために造られていた気がしてならない。
日本の戦国時代に、作戦のポイントになる場所に造られていた“出城”に似ている。
その出城に兵を残しておかなかったのは、戦闘を圧倒的な勝利で終えた油断かも知れないし、あるいは無人偵察機による赤外線探査により発見されるのを恐れたのかも知れない。
しかもこの出城のおかげで勇猛果敢なアメリカ軍を全滅せしめたのだから、そうとう効果の高い。
まるで日本の歴史上もっとも強いと言われた戦国武将『真田幸村』が大阪夏の陣で建てた“真田丸”だ。
もしも、これが真田丸だったとしたら、きっと敵にとって鍵になる場所に違いない。
しかし俺たちは敵に察知されることなく、この出城を確保した。
少し浅めのこのトーチカを、俺たちの背丈に合う様にもう少し掘り下げておいた。
これからこの有利点をどこまで伸ばすことが出来るかが、逆襲への鍵となる事だけは確かだろう。
<06時30分、ザリバン地下壕本部>
「ヤザ、どこへ行くつもりだ」
地下壕の本部らしき場所で、黒い覆面をしてパソコンを見ていた男が武器を持って部屋を出て行こうとするヤザを止めた。
「そろそろアメリカ軍救援部隊が着く頃だから、落としに行く」
「待て」
「なぜ、待たなければいけない? 恰好のチャンスじゃないか」
「アメリカ軍の救援だと言っても、いいところ10人くらいだろう」
「どうして、そう言い切れる?」
「麓にある本部には、もう出せる戦闘部隊は、そんなに残っていない。それは俺が居たから分かる事で、シリアからも応援を出せる余裕はない。外人部隊が本国に応援を出したみたいだが、落下傘降下に不向きな山岳地帯だから、それが到着するのはまだ先だ。その頃には俺たちはもうここには居ない。たかが10人のことで、目の前の100人と前線基地を壊滅させる目的が狂わされるのは困る」
「もう狂っているとしたら?」
「それはない」
「なぜそう言い切れる。崖の上にはナトーの居る部隊が居るんだぞ」
「ナトー? あの手こずらせやがった狙撃兵か……」
「ああ、あいつは頭がいいから、ここに俺たちの本部がある事に気が付いているかも知れない。なぜトーチカを放棄した」
「偉くそのナトーと言う狙撃兵に御熱心なようだが、トーチカも取られていないから、ここに本部がある事も気が付いちゃいないだろうよ」
「どうして、それが分かる」
「トーチカには二重三重の罠を仕掛けておいた。1つはありふれた自爆装置だから罠に詳しい奴なら簡単に見つけられるかもしれない。だがあとの2つは専門の知識がないと解除できないばかりか、解除しようと手を出した途端泥沼に陥る。そのナトーと言う奴が賢かったとしても、たかが狙撃兵の知識で解除するのは不可能なばかりじゃなく、専門の知識があったとしてもそれを補助する奴が必ずミスをする仕組みだ。だからトーチカから爆発音が聞こえない以上、奴らはトーチカも、ここも発見できてはいない」
「偉い自信だな、この裏切り者め」
「おいおい、味方を裏切り者呼ばわりするのはよしてくれよ」
「ヤザ。言葉が過ぎるぞ」
今迄洞窟の奥2人の会話を聞いていたザリバンの創始者、アサムがゆっくりと歩み出てヤザを窘めた。
「ヤザも頑張ってくれたが、情報を漏らして、この作戦を立案してくれたのはこの者のおかげだ。思わぬ抵抗に遭い多数の犠牲者を出したものの、作戦は順調に進んでいる」
「ですがアサム様……」
「焦る気持ちも分かるが、この作戦が終わるまで残すところ数時間。それまでここに残って待て」
ヤザはアサムの言うことに従った。
<崖の上>
暁と共にアメリカ軍のヘリの音が聞こえてきた。
「周囲の警戒を怠るな!」
崖の上、そして崖の下からRPGの射程範囲に兵を散会させて厳重に警戒に当たらせた。
ヤザなら、この好機は逃さないはず。
しかし、敵は出てこなかった。
予定通りの着陸地点に降りてきたのは旧式のチヌーク。
その大型の機体に反して降りてきた兵士は、たったの12人のSEALs(アメリカ海軍特殊部隊)と、依頼しておいたオフロードバイクが1台。
「これだけか?」
「ああ、すまない。今回はやられ過ぎて、あと基地に居るのは後方支援の兵士と負傷兵だけだ」
「仕方ないな」
「挨拶が遅れたが、SEALsのスタンレー中尉だ」
「LéMATのナトー1等軍曹だ。応援感謝する」
「ナトー軍曹、会えて光栄だ。基地じゃ今、君の噂で持ち切りだ。なにせ1人の死者も出さず落ちた輸送機を守り抜いたんだからな」
「ありがとう。ただ、俺だけではそれは出来なかった。皆のおかげだ」
「さすがだぜ」
そう言ってスタンレー中尉は俺の手を握って驚いた。
「意外に柔らかいな」
「昔から華奢なもので……」
作戦名簿にも性別の記載ないし、自ら女だとは言いたくはなかった。
俺が女であることは、間接的に作戦自体に影響するから。
「ところで、依頼しておいた内容は進んでいるか?」
「ああ、きっちりあと30分後には始まる。でも、それだけで本当にいいのか?」
「ああ、それさえあれば、状況は極端に変わるはずだ」
俺が依頼した内容は2つ。
ひとつは、イリジュウムの通信回線を切ること。
ふたつ目は――。




