敵の中枢へ①
無事ジェリー伍長とトムを救助して、森の端にあるタコツボに到着したが、いよいよ戦闘は輸送機にまで及んでいた。
「何をやっているんだあの少尉は、このままじゃ逃げてくる敵に呑み込まれてしまうぞ」
ゴードンの言う通り、このままじゃ危ない。
そこで俺たちは、一旦陣地を森と輸送機の中間点まで移動して、輸送機の救助に向かうことにした。
「ゴードンはここに残って見張りと援護。ジムは俺に付いて来い!」
ジムの怪力なら担架の必要はないから、もしも負傷者が増えていたとしても何とかなるだろう。
俺たちが輸送機まであと50mほどまで近づいた時に、輸送機から脱出して来る影が見えた。
「ようやく逃げて来てくれましたね」
垂直に立つ影は6つ。
そのうち4つの影は担架を担いでいるはずで、合計8人が脱出に成功したかたち。
と、なると1人足りない。
「ジム。俺に命を預けろ!」
「言われなくたって、ズット軍曹に預けてますぜ!」
逃げてくる一団に陣地の位置を教え、誰が残っているのか聞く。
「少尉が残って援護してくれています!」
「軍曹、少尉を助けてやってください!」
「承知した!」
”あの馬鹿!”
思わず口から出そうになった言葉を飲み込んで、全力で走る。
輸送機の入り口まで辿り着き、ジムにここから後部ハッチの方から来る敵を撃つように指示して、俺1人で中に突入した。
「少尉!」
敵と間違われて撃たれないように、中に入った途端大声を上げると、向こう側の入り口にもたれ掛かるようにして銃を撃つ少尉の姿が見えた。
「少尉! 早く脱出しろ!」
「俺はもう逃げない。仲間が安全な場所に着くまでは、ここで敵を止める。軍曹、お前こそ早く逃げろ!」
少尉は既に腕の2カ所に傷を負っていた。
後部ハッチから3名の敵の影。
そのうち2名はジムが倒し、1名は俺が倒した。
「ジェリーたちは!?」
「ああ、無事救出した」
後方の入り口から登って来る敵を倒す。
「あの時、俺は咄嗟に逃げてしまった。俺のミスだ。だからここだけは強い意志を持って逃げないと誓った」
直ぐ真下に来た敵が銃を構えたので、それを倒す。
「馬鹿野郎! 頭や感情に任せるな!逃げるタイミングは全て経験だ。お前はまだ経験が浅い。だから部隊には経験の豊富な軍曹が必ず付いている」
「軍曹に習えと?士官の俺が?」
「経験を積むまでは仕方が無いだろう。意地を張っている場合じゃない。部隊全員の命が掛かっている」
また後ろの入り口から1人と後部ハッチから2人が中に入って来た。
「軍曹! もう、ここは危ない。回り込んで来る奴らも居る!」
ジムが珍しく緊迫した叫び声を上げた。
「さあ、行くぞ!」
「それは命令か!?」
「そうだ。新米士官に対する軍曹からの命令だ。従うかどうかは君の勝手だがな」
「分かった。素直に従うよ」
「リモコンは?」
「右のポケット」
「その手では、難しいだろう」
「その手?」
少尉は、そのとき初めて自分が負傷していることに気が付いた。
俺はポケットからリモコンを取り出して、自分のポケットに突っ込んだ。
「ジム! 今から出る!」
「OK!」
少尉を肩に担いで、入って来た入り口からジャンプして外に出るとき、背中越しに多数の敵が後部ハッチから機内へなだれこんでくるのが見えた。
もう一瞬遅ければ、あの渦に呑み込まれていただろう。
少尉をジムに預け、俺は後ろの様子を見ながら走った。
そして大方の敵が輸送機に乗り込んだのを確認して、リモコンのスイッチを押した。
これを押すと、天井に吊るした砲弾のワイヤーが切れるだけの簡単な仕掛け。
吊ってあったワイヤーが切れた砲弾の落ちる先には、まだ充分燃料の残っているヤクトシェリダンがいて、そこに落ちて炸裂した砲弾が火のついたガソリンを機内の隅々へとばら撒く。
“ドンッ”
一瞬の爆発音。
殆どの敵は爆風で死ぬ。
そして残ったものは火に呑まれる。
何名かの敵が、火だるまになって、輸送機から零れ落ちるように地面に落下していた。
暗くなった世界に、燃えながら助けを求めて彷徨う炎が幾つかあり、俺はその全ての苦しみを排除するために銃を撃った。
彼らにこの苦しみを与えた張本人なのに。
外装の大部分が防弾の樹脂で覆われたC237は一旦火が付くと、その樹脂素材自体が可燃物となり、よく燃えた。
日の落ちた高原が赤々と照らされ、まるで直ぐそこに夕日が沈んでいくような神秘的な感覚に陥る。
その夕日の影からヘルメットを被った影が、ひとつ、そしてもうひとつと現れてくる。
救援部隊の兵士達だ。
俺はライトを点滅させて、その影に味方であることを知らせると、20人ほどの影がゆっくりと近づいて来た。
ジムのように横幅があり体格の良い影。
背の高いスマートな影。
背が高くガッチリした影。
“モンタナ、ブラーム、フランソワ!?”
「よう! 墜落した輸送機で大勢のザリバン兵を蹴散らしている奴がいると聞いて、凄いヤツだと思って来てみたら、やっぱり軍曹だぜ」
燃え盛る輸送機を背にしている彼等からは俺たちのことが良く見えるけれど、俺からは黒いシルエットしか見えない。
でも、その声は確かにモンタナの声。
「モンタナ!」
「軍曹、怪我はなかったですか?」
「ブラーム!」
「また勲章ものだな」
「フランソワ!」
「いつも、やることが派手すぎるぜ」
到着した救援部隊はLéMAT第4分隊に普通科の2個分隊。
その後からもジェイソンやボッシュ、衛生兵のメントスたちが続いてきたけれど、待ち焦がれていたひとつの影が見当たらない。
「隊長はパリに居る。来ないのか、それとも遅れてくるのか分からないが、事務的な事で今手が離せないらしい」
ブラームが教えてくれた。
「そうガッカリするなよ。何なら呼んでやろうか? 無線でナトーが死にそうだって言ったら、紙っきれなんてフッとばして飛んで来ますぜ」
「やめろ。縁起でもない」
そう言って、揶揄ってきたモンタナを注意した。
「LéMATか!」
そう言って、今度はこちらからゴードンが話し掛けてきた。
「ああ、俺の仲間たちだ」
「こんなところでLéMATに会えるなんて光栄です。アメリカ軍山岳師団のゴードンです。こっちは機動部隊のジム」
モンタナはジムを見て「いい体格をしているな」と、少しライバル心を燃やすように言った。
「いいえ元NFLの名フォワードだったモンタナ選手には敵いませんよ」と謙遜して言った。
「その他のメンバーも墜落組か?」
「いや、俺たちは救助に救難ヘリで真っ先にここに到着した部隊だ」
負傷している少尉と、その向こうに居る負傷兵たちを見て「派手にやられたもんですな」と言うと衛生兵のメントスに目で手当ての合図をした。
「ところで安心してくれるのは嬉しいが、状況はそうでもないです。敵の激しい抵抗に遭い、こちらも多くの負傷兵を出してしまいましたし、それに武器は持っているが、もう弾薬が左程ありません」
モンタナが済まなそうに状況を説明した。
「弾薬の心配は要らない」
「でも、輸送機があれじゃあ……」
「チャンと運び出してあるよ」
そう言うと、俺の後ろでジムたちがリュックに入れた弾薬を見せた。
「さすが軍曹だぜ」
それを見てブラームが褒めてくれた。
「打ちまくるだけの、どこかの分隊長代理とは違うな」
続いてフランソワが言い「しかたねえだろ」とモンタナが笑った。
普通科分隊の方で死者4名と負傷者8名を出し、敵の抵抗の激しさを物語っていた。
「あとの部隊は?」
「無線によると左翼のカナダ軍部隊は依然断続的な抵抗に遭っているものの、もうじき到着する見込みだが右翼のアメリカ軍部隊は激しい抵抗に遭っているらしく、今から約5分前に無線が途絶えました」
「無線が途絶えた!?」
「全滅したのか、ただ単に無線機が壊れたのかは分かりませんが……おいハバロフ、交信内容を軍曹に報告しろ」
「はい」
無線担当のハバロフによると、敵の激しい抵抗に部隊が二つに分断されて着陸地点まで押し戻されて、しきりに救助要請を出している最中に銃声しか聞こえなくなり無線が切れたということだった。
風が出てきて、しかも日も暮れている。
有視界飛行のヘリにとって、夜の山岳地帯での飛行は難しい。
そしてこの高原に吹く風も、谷や尾根などの地形により不安定になる。
常に墜落の危険を伴うから、二次被害を恐れて飛行許可はナカナカ出せない。
もしも許可が下りるとしたならば、高度を充分に取った偵察飛行のみ。
やはり敵はタスクガルの戦いを仕掛けている。
「ハバロフ。カナダ軍に連絡して、あと何分で到着できるかと、交戦している大凡の敵の兵力を確認しろ。ブラームとフランソワ、ジェイソン、ボッシュ、キースの5名は直ぐに夜間用の装備を整えて出発の準備に掛かれ」
「軍曹、俺たちも着いて行く」
ゴードンとジムが言ってくれた。
「いや、君たちはもう20時間も戦い続けているから駄目だ」
「軍曹だって同じじゃないか。いや軍曹の方が常に戦っていた。だから俺たちも行かせてください」
「ありがとう。しかしそれは無理だ」
「何故です!?」
「どこかで必ず眠気が押し寄せて、注意力が散漫になる時がくる。もしもその時に敵が隠れていたとしたら必ずお前たち自身か、それとも他の誰かが死ぬ」
「じゃあ、どうして軍曹は」
珍しくゴードンが執拗に迫ってきた。
「俺――いや、俺たちはLéMATだ。君たちアメリカ軍のSEALsやデルタフォースと同じように、極限下での戦闘訓練を積んでいる」
「それに、もう分かっていると思うから言っておくけど、このナトー軍曹は女とは思えないと言うより、俺達でも全く敵わないほどのスタミナと根性を持っているから心配するな」
そう言ってモンタナが食い下がるゴードンの肩をポンと叩くと、ゴードンはスッカリ諦めたように「分かりました」と肩を落とした。
「軍曹! カナダ軍総勢22名は、あと10分ほどで到着予定だそうです。敵兵は塵尻に分散してその数は把握できていない模様との事ですが多く見積もっても10名もいない模様」
「よし、ハバロフも直ぐ支度しろ。5分後に出発する」
そして、改めてゴードンとジムの2人に向き合った。
「君たち2人をここに残して行くのは、もうひとつ理由がある。それは他の誰よりも、ここでの戦い方を知っていて地形に詳しいからだ。敵がどの方角から来たらどこで戦うか、あの尾根の先はどうなっているのか、あの岩場には何人隠れられるか――どんな優秀な兵士でも敵わない経験がる。今日一日で得た経験を生かして皆を守ってくれ」
「分かりました」
「モンタナもゴードンとジムの言うことを聞いて、皆を頼んだぞ」
「了解しました」
「ブラーム。準備はできたか?!」
「OKです! いつでも出られます」
「フランス外人部隊一列に整列!」
モンタナが号令を上げると傭兵部隊に混じってゴードンもジムも、そして怪我をしたあの少尉もその列に加わった。
「では行く!」
モンタナに敬礼して歩き出す。
「アメリカ軍を救出に向かう軍曹たちに、一同敬礼!」
僅か十数名の列だったが、身の引き締まる思いがして、その列の横を抜け俺たちは高原を森に向かった。




