敵の総攻撃
狙撃兵を倒して暫く敵からの攻撃が途絶えている。
撤退してくれたのなら有難いが、そうでなければ不気味だ。
こちらには、それを確認するために偵察要員を出すほどの余裕はない。
そんな折、レイから明るい知らせが届いた。
それは味方からのモールス信号。
どうやらバグラム空軍基地自体も敵に攻撃を受けていた上に、通信を妨害されていて、情報が混乱していたそうだ。
味方からの連絡によると、あと40分後にはA-10による機銃掃射が始まり、その後1時間足らずでヘリが到着するらしい。
ナパーム弾による攻撃が最も有効だが、森林限界点に近い事と、乾燥による大規模火災が懸念されるため見送られたということが付け加えられていた。
「環境に優しい戦闘だな」
ゴードンが呆れたように笑ったが、それも仕方がないと思う。
人間同士の、くだらない殺し合いに自然を破壊して、そこに住む動物たちを根こそぎ犠牲にする事は出来ない。
かつて中東湾岸部で起きた湾岸戦争では、多くのタンカーや石油施設が戦闘で破壊されて流出した石油により海が汚染され数多くの海鳥や魚が巻き添えを受けて死んだ。
陸地でも戦車や輸送車両、それに歩兵が砂漠地帯に僅かにあった畑を踏み荒らし、家畜や野生動物たちも死に、戦争終結後数年後の間、生き残った住民は食糧難に喘いだ。
人間のエゴが起こす戦争に、平和に暮らす動植物たちにこれ以上犠牲を強いるのは良くない。
そう考えていると、微かにキナ臭い匂いを感じた。
「煙!煙!森から煙!」
キムが叫び出したので、顔を上げると森から煙が上がり、こっちに向かって来ていた。
「いぶり出すつもりですかね?」
「違う、煙幕だ」
あんなに遠い距離から物を燃やして煙を立てたとしても嫌がらせ程度にもならないし、仮に煙の中に毒性の強い薬品を混ぜたとしても物を燃やしてしまえば上昇気流が起こり、こちらに届く頃には遥かに空の上。
おそらく、この煙に俺たちの注意の目を向けさせて、何かを仕掛けてくるつもりなのだろう。
総員に敵が見えたら発砲するように指示する。
狙撃兵を遣られた後、奴らは休憩していたのではなく、薪を集めていたのだ。
RPGに混ざって、火の付いた薪の束や、発煙筒を持った敵が突進してきた。
撃たれて倒れた男の持っていた薪を、次の男が拾い、また突進してくる。
RPGは信管を短くセットして、我々を狙うと言うより弾幕を張るために使われている。
たしかに500メートル先から命中精度の低いRPGで攻撃するのは無理があるが、これなら効果はある。
「敵!側面多数!」
無線にフジワラの声が響く。
無線が通じたのを確認して、敵は総攻撃に出て来たのだ。
「ゴンザレス、フジワラと協力して側面の敵に当たれ!俺も直ぐ行く」
側面に敵が何人いるか分からないが、決して少なくは無いだろう。
そして、それに対してハッチを空けた輸送機は弱点を晒している事になる。
「ジム。ヤクトシェリダンを前に出して、遮蔽物を作れ!」
「了解!やっと出番が来たね」
ヤクトシェリダンのエンジン音が響き、ハッチの前に盾となる。
敵は側面から攻撃してくるグループと、そこを突き抜けて背後に回ろうとするグループに分かれていた。
それに対してこちら側は軽機関銃が2丁。
俺は直ぐに後部ハッチからヤクトシェリダンに乗り込み、ジムに多用途ミサイルの発射を命じ、ケースからボイジャーミサイル(※多用途ミサイル:架空兵器)を取り出して装填した。
「目標は?」
「敵が出てくる方の森に入ったところで爆破!」
「了解」
野戦砲を使った方が早かったが、それだと窪地が出来てしまい陣地を提供することになる。
爆発位置を手動で自由に替える事が出来るボイジャーミサイルは、対歩兵戦用にはもってこいの武器だ。
「コックピット正面から敵兵!」
レイの声が無線に響く。
「コクピット正面の敵はゴードンとキムとで当たらせ、お前は両方見ろ」
三方面からの攻撃とは、厄介なことになってきた。
ここを上手く処理しなければ、次は四方から囲まれる。
「TIR(熱線映像装置)を使え!」
「了解!」
ジムはTIRを覗き込む。
TIRと言うのは、物体から放出される熱赤外線を可視化する装置で、夜間だけでなく森に潜む敵兵を容易に見つけ出すことが出来る。
「ひょー。いっぱい居やがるぜ」
「発射」
シューッと静かな音が響く。
そしてRPGのように煙は上がらない。
最新型の、このボイジャーミサイルは、音や煙で発射位置を特定されにくいように工夫されたミサイル。
相手に対して直線ではなく、ミサイルを回り込ませて撃つことも出来る優れもの。
だけど今日のような状況では、その特徴は意味をなさない。
俺が2発目を装填し終えた頃、ドンと言う爆発音が響く。
「軍曹!こりゃあナカナカ効果ありです」
「よし、続けて行け!なるべく密集しているところを狙って数を捌け」
「了解!」
敵兵の命や、その家族のことなど考える余地はない。
殺さなければ、こっちが殺される。
そして俺たちが負けると、また中東だけでなく各地で無差別テロが繰り返されて、平穏に暮らしている市民が犠牲になるのだ。
俺とジムは、容赦なく敵を攻撃した。
それはまるで蟻を潰すように。
4発目のボイジャーを撃ち終わってジムと別れるとき、あまり調子に乗らないように注意した。
これだけの破壊力を見せつけたからには、敵のRPGの攻撃を一手に受けることになるだろう。
だから観測員にもRPGの攻撃と背後からの攻撃を注意するようにと、不利な状況を察知したら即座に下る判断を託し、ジムにもその指示に従うように命令した。
強力な武器を持つ者は、攻撃に夢中になり過ぎて防御を忘れる。
ヤクトシェリダンから飛び降りて、輸送機に向かって走る。
幾つかの弾の通り過ぎる音の中を、全力で駆け抜けた。
ハッチに辿り着くと、後部ハッチに居るフジワラが叫んだ。
「コックピット側がヤバそうです!」と。
「ゴンザレス!フジワラの位置につけ。フジワラは俺に付いて来い」
「了解!」
コクピットに向かうと、レイが腕を負傷して倒れていた。
「状況は!?」
「かなりヤバい!コクピット正面は戦車が飛び出して破壊されたせいで、防御が薄く、視野も狭いからかなり攻め込まれている。レイは身を乗り出したところを撃たれたそうです」
レイの止血をしている俺の横で、ゴードンが言った。
一瞬背伸びをして直ぐ伏せた。
なるほど、敵は撃たれやすい正面を避け、左右に展開し始めて、かなり近くまで来ている。
砲塔を無くしたシェリダンⅡの車体は、そのまま敵の基地として使われていて始末が悪い。
「フジワラ、俺と一緒について来い!」
「了解!」
「これから俺たち2人で、シェリダンⅡの所まで行くから援護をしてくれ」
「無茶だ!だいいち動かない可能性の方がはるかに高い」
ゴードンが止めようとする。
「動かさない。あれを潰しに行くだけだ。とりあえず行って帰って来る間、援護を絶やさないように頼む」
そう言って、コクピットを降りた。
「俺は乱射しながら突っ走るから、フジワラは俺の20メートル後を援護しながら付いて来い。戦車に着いたら砲弾のカバーを外し、そこに手榴弾をセットする。だから手榴弾1個は戦車に着くまで残して置け」
作戦を伝えながら、何人か狙撃して倒す。
「行く!!」




