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フルメタル  作者: 湖灯
死闘‼ザリバン高原!
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ザリバン高原上空

 まるで俺の到着を待っていたかのように、バグラム空軍基地に着くなり作戦地域への部隊の搭乗が始まった。

 俺が搭乗するのは3番機。

 既に1番機は駐機場を離れ滑走路に向かっていて、俺が乗る3番機のハッチも間もなく閉じられ、部屋の中は僅かな非常灯のみの闇の世界に変わる。

 最新鋭のC237輸送機は、空の急襲揚陸艦と言われる、とても堅牢な機体。

 巨大な貨物室には100名の完全武装の兵士と、2両の戦車が搭載されている。

 目の前には不燃性マグネシウム合金で装甲を施された最新式の騎兵戦車シェリダンⅡと、自走歩兵砲ヤクトシェリダンが太い鋼鉄製のワイヤーで固定され、その冷たく無機質で不気味な姿があり、30名の傭兵、それに70名の多国籍軍兵士たちと共に空に向かう。

 任務は、ザリバンの山岳地帯に最前線基地を構築し、奴らの中枢となる司令部を潰すこと。

 先ずは、そのための第一波として3機の輸送機を使って6台の軽戦車と、300名の兵員を送りこむ。

 囮作戦という噂もあるが、機内には俺たち傭兵1個小隊に対して、多国籍軍の中でも最も勇猛なアメリカ軍の海兵隊が2個小隊入っているので、囮ではなくこれは本格的な掃討作戦の先鋒を担っていると思った。

 どちらにしても、俺はただ敵だと言われる目標物に弾を打ち込むだけ。

 風景を楽しむための窓もない軍用輸送機では、のんびり外の景色を見る事も無い。

 天井に僅かに開けられた明り取り用の窓からは、夜空も見えない。

 無機質な有機ELの非常灯が灯るだけの、薄暗く静かな空間。

 登場する輸送機のエンジン音の他にも、編隊を組む2機の僚機の音が微かに聞こえる。

 静かな空の旅は、話す者も居ない。

 これから最前線の基地に向かうという運命が重くのしかかり、兵士たちを沈黙させるのだろう。

 広い貨物室は暗い洞窟のように静まり返っていた。

 暗い中でヘッドライトを付けて本を読む者、祈りを捧げる者、手紙を読む者、家族の写真を見る者。

 皆、戦場へ向かう前、ひと時の休憩をとっていた。

 突然ドーンという音がして、僅かに機体が揺れる。

 なにがあったのか分からない。

 故障か、それとも敵の攻撃か。

 貨物室の天井にある小さな窓から赤い光が差す。

 ベルトを外し、その窓によじ登った兵士が、2番機がやられたと叫ぶ。

 次の瞬間、機が急激に傾き、窓によじ登っていた兵士が振り落とされ、叫び声を上げながら転げまわる。

 傾いた機は。回避行動をとっているのに違いない。

 ザリバンは巨大なテロ組織だが、戦闘機は持っていないはず。

 そして、この辺りは山岳地帯。

 大型の長・中距離地対空ミサイルではなく、相手は地上からの歩兵用の携行地対空ミサイルだろう。

 ハンスの言った通り、敵は携帯式の地対空ミサイルを持っていた。

 さすがエマのの居るDGSE、情報は確かだ。

 そして、この急旋回は、既にミサイルにロックオンされている事を示している。

 いくら頑丈で輸送力に優れた機体だと言っても、その分図体が大きいから運動性能は劣る。

 たかが歩兵用の携帯ミサイルだと言っても、そう簡単に逃れられるものではない。

 パンパンパンと言う連続発射音が響き、一瞬天窓から青く強い光が射す。

 赤外線ホーミングを撹乱するための、囮用のチャフを撒いているのだ。

 幾らチャフを撒き、回避行動をとったところで、それはただの悪あがきだ。

 鈍重な輸送機では、ロックオンされたミサイルから逃げ遂せることは難しい。

 何度か機体を左右に振ったあと、激しい爆発音と共に振動が走る。

 被弾。

 幸い被弾したのは胴体部分ではなく、被弾して翼が飛ばされた訳でもなさそうで、爆発音のわりには機体は比較的安定していた。

 ただし、急激に降下はしているからエンジンがやられて推力が落ちたのだろう。

 機内に渦巻く悲鳴。

 幾度となく修羅場を潜ってきたはずの兵士達でも、こういうときには騒ぎ立てるのか……。

 飛行機に乗るということは、落ちれば死ぬということだ。

 しかもここは戦場の空。

 飛び立つ前に、覚悟くらい決めておけ。

 特に俺の右側に座る傭兵は、まるで赤ん坊のように泣き叫ぶから、煩くてしょうがない。

 飛行機が落ちて死んでしまう前に、その息の根を止めてやろうとさえ思うくらいだ。

 俺は数人の泣き叫ぶ男たちを冷たい目で見ながら、このくだらない世界にサヨナラできることを寧ろ嬉しいとさえ感じていた。

 あの世に行って、会いたい人が居る。

 合えるものなら、もう一度会いたかった。

 もう一度だけハンスの顔が見たいと思ったが、それはもう叶わない事……。

 喚き散らす右側の兵士に対して、左側にいる兵士がやけに静かだ。

 こいつも俺と同じように、覚悟を決めているのか?

 俺が振り向いたことに気の付いたその男は、ニッコリと笑うと「大丈夫、なるようにしかならないから。唄でも歌いましょうか?」と言った。

「う・た…?」

 “う・た”の意味が分からないでポカンとしていると、男が優しい声で何か喋り出した。

 その曲は、収容施設でサオリが歌っていた曲と同じものだった。

 そうだ、これが歌だ。

 俺は思い出した。

 あの懐かしいサオリたちとの思い出を。


※(1)C237輸送機:機体外板を防弾性のある特殊樹脂で覆われた最新鋭輸送機(架空兵器)

※(2)騎兵戦車シェリダンⅡ:通常の戦車と同じく回転砲塔を持つが、超軽量のマグネシウム合金で出来た車体は大型のヘリでも空輸が可能なほか、パラシュートを使って降下させることも出来る(架空兵器)

※(3)自走歩兵砲ヤクトシェリダン:シェリダンⅡの車体から回転砲塔などの上部構造物を外し、代わりにオープントップの戦闘室を備えた自走式の野戦砲(架空兵器)

挿絵(By みてみん)

シェリダンⅡ(架空兵器)

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