俺はハンスの仇①
あのマラソン大会から2週間後、ついにザリバン掃討作戦は発動された。
外人部隊からは予定通り普通科教育隊と普通科部隊から30名、LéMATは第二分隊と第四分隊の17名が即応部隊として同行し、将校としてマーベリック少尉とニルス少尉が着く。
コンゴで折った脚の怪我が未だ癒えていないトーニを残して、選抜された隊員達は個別に深夜の特別招集を受け、武道場に集められると直ぐに班ごとに分けられて空港に移動した。
「あれっ!?軍曹が居ないぞ……」
トラックが動き出したとき、ナトーが居ないことにモンタナが気付いた。
「武道場には居ましたよね」
「トイレにでも行って、乗り遅れた?」
「馬鹿野郎、トーニじゃあねぇんだから、そんなのある訳ねぇだろうが」
「じゃあ、どこに行っちまったんだ?」
「ハンス大尉に呼び止められているところを見ましたが」
「おかしいなぁ……」
トラックは深夜のハイウェイを空港に向け幾つもの街灯を追い越しながら足早に走って行く。
トラックに乗車するために向かおうとしていたら、ハンスに待つように止められた。
部隊の出発に遅れてしまうと返事をすると、お前は別行動だと言われ、小会議室に来るように言われてついて行く。
部屋のドアを閉めると、ハンスは直ぐに席に着いた。
コンゴの時のように、また俺に行くなとでも言い出すのか……。
一瞬、その様な考えが頭をよぎり、俺も遅れて席に着く。
「今度は一体何なんだ?」
ハンスは制服の内ポケットから、一枚の封筒を出し、俺の前に差し出した。
「これは……?」
「特別任務だ。この封筒はこの作戦で構築される前線基地の司令官に渡せ。それまでは封を開けるな。ただし、途中どうしても指揮権を行使せざるを得ない場合のみ使用を許可する」
ハンスの重々しい説明にフッと笑いそうになりながら「たいそうな封筒等だな。中身はなんだ?」と聞き返すと、いつもとは違い硬い表情のまま「秘密だ」と返された。
「用は、それだけか?」
仲間たちを待たせていると思い、腰を上げようとすると、また待てと言われ上げかけた腰を戻す。
「出発が遅れるぞ」
「もう、他の奴らは出発した」
「また、引き留め工作か?」
「いや、その逆だ」
逆という意味が、いまいち理解できない状況だが、ハンスは未だ何か重要な事を言い出そうとしている事は分かった。
そして、その事をナカナカ言い出せない事も。
だから、自分から先回りして言った。
「罠なのか」と。
「ああ、今回の作戦はアメリカ軍主導で行われる。知っての通り彼らは大掛かりな作戦が好きで、そのために沢山の車両や航空機、そして資材をつぎ込む。だからベトナムでもアフガニスタンでもソマリアでも、その動向を察知され苦戦を強いられた。おそらく今回の作戦も敵に察知されている可能性は高い」
「今度の敵とは?派遣場所は?」
「敵はザリバン。派遣先はその本部があるであろうザリバン高原の一角」
とうとう来た。
ザリバンの本部であればヤザに会えるかも知れない。
意外に早くサオリの復讐を叶える時が来た。
「知っての通り航空輸送は早いが、その分撃墜される可能性もある。該当作戦地域は常に無人偵察機で監視されているが、それで分かるのは地上に居る者だけで、地下に隠れて居る者に対しては無力だ。しかも頻繁に無人偵察機を飛ばすことにより、敵はなおさら警戒を高める」
「ヘリで移動するのか?」
「いや、アメリカ軍の最新鋭輸送機でのパラシュート降下だ」
「じゃあ、心配することは無いだろう。RPGで固定翼機を撃ち落とすのは至難の業だからな……」
そんなことはハンスだって知っている。
なのに、厳しい顔と言う事は、地対空ミサイルの横流しがあったのか?
「そう言うことだ」
俺の表情を読んでハンスが答えた。
「ただ問題なのは、そればかりではない。撃墜される可能性は、運に左右される」
「と言う事は、他にもっと重大な問題があるのか?」
「ああ――。ナトー、お前、中東に居たと言っていたな」
「ああ」
「じゃあ、グリムリーパーは知っているな」
その名前が出て、心臓が飛び出るほど驚いた。
何故今更その名前が……。
「奴の最後の狙撃から、もう7年も過ぎる。死亡したという説もあるが、誰もそれを確認していない。もっともグリムリーパーと言う狙撃手自体が誰なのかさえ分かっていない。分かっているのは今やザリバンの幹部となったヤザと言う男に依頼すれば、彼が招集されると言う事だけ。そして今回の任地になる高原一帯には、そのヤザの部隊が展開していると言う事だ」
やはり、思った通りヤザが居る。
「ヤザが居ると言う事は、生きているなら奴はこの決戦に必ずグリムリーパーを招集するはずだ」
「ちょっと待ってくれ。そのグリムリーパーと俺の特別任務の関係が分からないのだが」
グリムリーパーは俺だから、敵にグリムリーパーは居ないなんて言えるはずもない。
だけど、もしグリムリーパーが居たからって、作戦に何の支障があると言うのだろう?
「今回の任務は高原地帯に前線基地と簡単な滑走路を造る事で、常にザリバンの動向を監視し、その動きを封じ込める事が目的だ。当然低空でのパラシュート降下にはなるが、降下後に遮蔽物は殆どないと思え。もし、そこにグリムリーパーが待ち伏せていれば、最悪全滅してしまう恐れも……いや、全滅してしまうだろう」
「そんなことは無いだろう。買いかぶり過ぎだよ。今回参加しているカナダ軍のJTF-2には3540mの狙撃殺害最長記録保持者もいるだろう」
「無理だ。真っ先に消されてしまう」
「どうして?」
「どの国の狙撃手たちも、殆どは圧倒的に有利な立場での“的当てゲーム”をしているに過ぎない。だがグリムリーパーは敵の狙撃手に囲まれた圧倒的に不利な状況下でも確実に仕事をこなすし、危険度の高い目標を見分ける能力も備えている」
「神格化し過ぎだと思うよ」
「いや、神格化などしていない」
「どうして、そう言える?」
「俺は、目の前で奴に兄と友人を殺された。奇しくも、それがグリムリーパー最後の狙撃だった。兄は射撃の五輪代表選手として2大会連続でフランスのベルに続いて銀メダル、次の大会こそは金メダルを取ると、俺に約束してくれていた。当時アメリカ軍のイラク地区司令官だったトライデント将軍に呼ばれて、グリムリーパー掃討作戦に参加した兄はつい数日前に同じ五輪に出て銅メダルを取ったアメリカのジョンが奴に射殺されたことで意気込んでいた――兄が死んだ最後の作戦は7人のエリート狙撃手が招集され――もしもグリムリーパが最初に兄以外の狙撃手を狙ったのなら、兄は簡単に奴を仕留める事が出来たはず――
ハンスの言葉が何も頭の中に入らなくて、断片的にグルグルと俺の脳の中で宙を彷徨う。
俺が、俺がハンスのお兄さんを殺した。
コンゴの、あの泉で見たハンスの背中の傷も俺が付けたもの。
ハンスはあの時の腕のいい通信士だったのだ。
ハンスがKSKを辞めてまでこの外人部隊に入って来たのは、俺と同じ理由だろう。
俺はサオリの復讐のため。
ハンスは、お兄さんの復讐のため、グリムリーパーを殺すのが目的。
俺は……俺は、大好きなハンスの敵……。




