アフリカの抱える問題
エマたちが帰国して3週間。
のどかな日々を過ごすだけの毎日。
村の前の広場ではビバルディたちの重火器小隊と、ハンスたちLéMATのメンバーががサッカーをして遊んでいる。
ドイツ人だけあってハンスもナカナカ上手い。
あの激しい戦闘があった事が、まるで悪い夢の中の出来事のように思えるが、夢ではない。
その証拠に負傷して帰国したブラームとトーニは居ないし、ミヤンはもうこの世にもいない。
村にある家々も、そこに住む者ない。
その後の捜索で反政府軍の死体や行方不明だったナイジェリア兵の死体と、生存者7名が見つかり、先に救出した兵士と合わせて全てのナイジェリア兵の回収が終わり捜索は打ち切られた。
反乱を起こそうとしたキャディアバとその彼女、ヌング、ンガビ少佐。
彼らが何の目的でどのような意思の元に行動したか、また彼らを陰で操っていたものが何者だったのかは首謀者全員が死んだ今となっては何も分からないし、コンゴ政府もそのことについて深く立ち入ろうとはしていない。
全ては“不都合な事実”と言うだけで済まされてしまった。
「あっ軍曹、隊長は?」
無線担当のハバロフがハンスを探しに来たので、下でサッカーをしている仲間を指さした。
丁度、ハンスがゴールを決めて仲間の祝福を受けているところだった。
「なにか、良い知らせか?」
「はい。帰国の知らせが届きました」
「そうか……」
「結局、僕たちは何のためにここに来たんでしょうね」
ハバロフが言う。
「ナイジェリア軍の救出」
「たしかに、そうですけど……」
そう。
ハバロフが言う通り、たしかにナイジェリア兵たちの救出は出来た。
しかし、それに何の意味があったのだろう?
根本的には何も変わっちゃいない。
結局いつまた反乱が起こるか、肝心なところは何も変わっていないのだ。
病院でトーニがマルガリータと名付けた少女はまだ15歳。
本当ならハイスクールに通っている年齢なのに、看護師と働いているうえに、文字もろくに書く事が出来ない。
国の公用語もフランス語と言うことになっているが、それさえ話せるものは限らた少人数の人たちに過ぎない。
都市から少し離れれば、工場も無ければ農場さえも無い。
車も無ければオートバイも無いから、この地域に住む人たちは、そこへ通うことすらままならない。
ひたすら川を漁って鉱物の欠片を集める毎日を繰り返すだけ。
集めた鉱物だって、軍や警官に搾取される。
他所の暮らしを知らないここの人たちは、それを当たり前だと思っているのだろうか?
他所から来た俺たちにとっては、たとえ紛争が無かったとしても、地獄としか思えない。
でも彼らがここを地獄だと思ったとき、その先にあるものを考えたときどんな世の中になるのか……。
いつの間にかハバロフは居なくなっていた。
下で歓声が上がる。
ハンスと、そのハンスに帰国を伝えたハバロフを囲んで、皆が喜んでいた。
帰国の前の日、重いリュックを担いでLéMATの仲間たちとトラックに乗り山の奥深く入り、道が無くなった後はトラックを下りて山に登った。
「ナトー、なに担いでいるんだ?えらい重そうだけど」
「担いでみるか?」
フランソワにリュックを渡すと、彼は驚いて「金か?!」と言った。
「金ほど重くはない」
「じゃあなに?」
フランソワがリュックの中を開いて見た。
「砂利?……いや、砂利ならもっと軽い――鉄鉱石?」
砂利などの石の比重は2.5~3、鉄鉱石で比重は5.3、それを精製した鉄でも比重は7.8。
タンタル鉱石の比重は8.0以上。
このリュックには1リットルの牛乳パック約6パック分のタンタル鉱石が入っているので、その重さは約50㎏近くにもなる。
不用意に持てば、ギックリ腰になりかねない重さ。
「ほぉ~これがコルタンとも言われる、武装勢力の資金源になるレアメタルとは。しかしどこで見つけて来たです?」
モンタナが感心して聞いて来た。
「軍の武器庫だ。奴らは鉱物を採取している民衆から上米を脅し取っている」
「酷い奴らだ」
「首都から離れた部隊は、まともに給料も受け取っていないから、俺たちが一概に酷いと言うのは間違っているのかも知れない」
弱者は、より弱い奴を虐める。
それが、ここコンゴで起きて居ること。
誘拐した子供たちを使って労働させたり武器を持って戦わせたり、女性へのレイプもその一つ。
「で、これをどうする? 埋めてまた取りに来るんですか?」
「いや、埋めない。川に流す」
「川に流す!?これだけあったら凄い金額になるんじゃないですか?」
「モンタナ、いくらぐらいすると思う?ちなみにこの量は20世帯ほどが1年かかって川から採取するくらいの量だ」
「100万ドルくらいですか?」
「せいぜい9000~1万ドル程度だ」
「それじゃあ20世帯だとしても、1世帯当たり年収はたったの500ドルにしかならないじゃないですか」
モンタナだけでなく、皆が驚いた。
確かに我々の感覚では、500ドルなんて1ヶ月の小遣い程度だ。
だけどここコンゴは、世界最貧民国の一つ。
500ドルだって貴重な財産だ。
小さな小川の上流に上り、そこでリュックに入れた袋からタンタル鉱石を流す。
「恵んでやった方が良いんじゃないですか」と誰かが言った。
しかし恵むことはその人の為にならない。
雨季が来れば少しずつここから流れ、そうすれば今までよりも少しだけ多く取れるようになる。
ここに居ない俺たちが出来ることは、この程度のホンノ細やかな事でないといけない。
人に恵んで、そのことがバレたら、恵を受けていない者達から何をされるか分からない。
ここには植民地支配者(国)が、その統治上便利なように設けた人種差別がある。
ツチ族とフツ族と言う部族間の憎み合いがそれ。
もともと、この2つの部族間で争いはなかったし、明確な部族間意識もお互いに持っていなかった。
植民地支配者(白人)は古来より民族的優越意識が高く、差別意識が強い。
アフリカに入った彼らは、直ぐにツチ族とフツ族の間に優劣をつけ、少数派ツチ族を中間支配者に置き、多数派のフツ族をその下に置いた。
植民地支配者は多くの兵士を必要としなくとも、決められた一定の収穫が見込めるように、支配と言う特権を与えたツチ族に命令しておけばいい。
極端な話、管理はツチ族に任せているので植民地を支配する白人たちが労働者であるフツ族の食事なども気にする必要はなく、支配階級を与えられたツチ族も自分たちが食べて行くのが精一杯で、労働をするフツ族の面倒などまともに見る事は出来ない。
いくら過酷な労役で死のうとも、多数派のフツ族はジャングルを探せばいくらでも出て来る。
コンゴやルワンダを統治した、このベルギーの『分断統治』は支配者にとって好都合で、アフリカにあるその他のヨーロッパ各国が保有する植民でも導入され、様々な部族間問題と言う傷痕を残している。
これがアフリカにおける部族紛争のはじまり。
中東などの宗教による部族間問題とは違い、これはヨーロッパ各国によって生み出された差別により起きた問題なのだ。
そして、あのリビアでムサから聞いた話を思い出した。
カダフィーはアフリカの旧支配者であるヨーロッパ各国に対しこの責任について熱弁をふるった(国連総会2009年9月23日カダフィのスピーチ)
弱者を襲うのは貧しい人たちだけではない。
裕福な国であろうとそれは起こり得るし、個人が他の個人を攻撃するのではなく、社会が他の社会を攻撃することもあるだろう。
アフリカの歴史は、搾取の歴史だ。
鉱物、野生動物、そして人。
その歴史をないがしろにして、アフリカの人や国を責めることなど出来ない。
俺たちは、作られた平和の中に暮らしている。
作られた平和は、簡単に壊す事が出来る。
だから俺たちは、報道や噂に惑わされず、確りと真実を見つめなければならないのだ。
 




