トラブルと反撃②
ジープが止まると、その後ろに居たトラックも止まる。
ジープから降りた大柄な男が、トラックから降りてきた兵士たちに指示を出し、道路から少し離れた場所に居るトーニを指さした。
トーニの傍を離れる時、俺は依頼されたリュックの他に弾倉帯と銃とナイフも引っぺがした。
あからさまにトーニは不平を言ったが、武器を持っていると打ち合いになりかねない。
その場合真っ先に死ぬのは足を骨折して身動きの取れないトーニだろうし、もし撃ち合いにならなくても武器を持っていたなら、それは救出部隊と言うことになり虐待や酷い尋問を受ける事にも成り兼ねない。
俺たちにとって現地人の見分け方が難しいように、彼等もまた見慣れない白人はどれも同じように見えるはず。
だからこの場合、装備を全部外してしまえば、拘束して救出された司令部要員の一人だと勘違いしてくれることを期待したい。
兵士たちがトーニを取り囲み、しきりに周囲を警戒している。
大柄な男の指示で、ジープが俺の潜んでいる森の方に向きを変えた。
眼は光を反射してしまうので、もう様子を伺う事は出来ない。
俺は顔を地面に押し付け、身を低くして動かない。
「Silaha?(武器は?)」
「Sina(持っていないようです)」
「Askari wa HQ?(本部の兵士か?)」
「Inaonekana kama」
「Inaonekana kama ...(の、ようにですか……)」
誰が兵士たちと話しているのか分からないが、屹度あの大柄な男だろう。
「おい、お前は誰だ」
「……」
フランス語が出来るということは、この男がニョーラの司令官アズガビ大佐と言う訳か……?
もっと太った男かと思っていたのに、思っていたよりも若く精悍な姿に戸惑いを感じた。
「また、お前もダンマリか……まあいい、認識番号を照らし合わせれば直ぐに分かる」
「Nichukue!(連れて行け)」
おそらく無理やり起こされたのだろう、トーニの叫び声が上がる。
トーニの事が気になるが、ライトに照らされている上、周囲を警戒している兵士が近づいて来た。
しかもその兵士は俺の前で足を止めた。
カチャカチャと銃を触る音がする。
気付かれるれる前に、殺してしまうか……。
ここでこいつを殺せば味方が居ることがバレてしまい、このあとの行動が制約されてしまい不利になる。
しかもこの男を殺した後、森に逃げたとしても、あのジープの中央についているブローニングM2重機関銃で乱射されたらひとたまりもない。
近づいて来た男は、俺が思案を巡らせているうちに、更に2歩茂みの中に足を踏み入れて間を詰めてきた。
殺さなければ殺されるという感覚は、そこで薄れた。
奴は俺に気がついてはいない。
何故そう思えるかは、奴が来た位置の問題。
そう。奴のおかげで、俺の周囲は真っ暗になった。
真っ暗な夜に、殺す相手を影に隠して見えなくして殺す奴など居ない。
たいていは光に浮き上がらせた状態で、銃を撃つはず。
まして車の強烈なライトに照らされた光を遮るということは、影になった所は正に真っ暗で何も見えなくなる。
しかし奴はカチャカチャと銃を触っているような音を依然出している。
何の目的か分からないので、折角作ってくれた影を利用して顔を上げた。
ずっと地面だけを見ていた俺の目は、暗い中でも良く見える。
俺の目にしたものは、銃やナイフと言った物ではなく、もっと物騒な物。
周囲の微かな光を反射して、奴のもつ物騒な物の先端が光る。
見るのは初めてではないけれど、今まで見てしまった中で最高にデカイ。
奴はその物騒なものを俺に向けると、容赦なく撃って来た。
背中に生暖かい感覚がしたと思う間もなく、それが染みてきて衣服が張り付く。
昔サオリから聞いた日本の温泉にあると言う“打たせ湯”のイメージが俺の脳内で無残にも崩壊してゆく。
だが、この程度ならまだ我慢も出来る。
問題は、今後の事。
勢いを失いつつある生暖かい水は、俺の腰の辺りから徐々に背中へと移動している。
このまま勢いを失えば、肩から首、そして……。
考えたくはない現実。
しかし、それは今まさに俺に襲い掛からんとしている。
「"Motori" rudi (モトリ、戻って来い)」
「Halo,Hivi sasa! (はい、今直ぐ!)」
声を掛けられた男が振り返ったことで射線は逸れ、あの水を頭にブッ掛けられる災難だけは避ける事が出来た。
奴らは捕まえたトーニを連れて基地に戻って行く。
直ぐにでも奴らを追いかけて行かなければならないけれど今立ち上がると、この衣服に張り付いた水分が下に降りて来るので、精神的にも衛生的にも立ち上がる事は出来ない。
今すぐ服を着替えたいところだけど、白いブラウスとチノパンを仕舞った俺のリュックはトラックと共に去って行った。
脱いだら上半身裸になる。
その状態でブラームと会うわけにはいかない。
急速に温もりが冷めてきて、代わりに強烈な臭いが漂ってきた。
もう死んだ方がマシ。




