地獄からの反撃④
ニョーラの司令部に近付いた時、エマから無線が入った。
これから晩さん会に向かうと言うことと、キディアバが国務省の人間で、おそらくこの晩餐会を開くように仕向けた黒幕であること。
そして素直に「どうしたらいい?」と聞かれた。
敵が我々の作戦を阻止して、この地域での反政府勢力の拡大を狙っているのは間違いないだろう。
だから先ず、敵にとって一番いいシナリオを考えた。
反政府軍の鎮圧とナイジェリア軍の救出に向かった俺たちフランス外人部隊が作戦に失敗して全滅、もしくはナイジェリア軍同様に捕虜として捕らえられ、なおかつ近隣の政府軍も取り込むことが出来れば北ギヴ州は手に入れたのも同然。
北ギヴ州が落ちれば、もともと反政府勢力が根強い南ギヴ州やイトゥリ州にも、この流れは急速に繋がる。
そしてこの3つの州を手に入れる事が出来たなら、高価に取引されるスズ、タンタル、タングステン、金と言う3TGと呼ばれる鉱産資源国内埋蔵量の約半分近くを手に入れる事が出来る。
そうなれば資金は円滑に潤うから、まずは分離独立から始めて徐々に勢力を拡大すればいい。
しかし、目論見は外れた。
それでもなお、司令部の拘束を解かないのは、おそらく作戦が失敗した時の保険。
つまり晩餐会を狙って、大統領を暗殺しクーデターを狙っているのではないだろうか?
「でも、客として呼ばれている私たちは、たとえそれが分かっていても何も出来ないわよ。まさか部外者から“クーデターの可能性があります”と言っても誰も信用してくれないし、それを言うことでクーデターが起きなかったとしたら“フランス人は無礼な奴”と思われて国の信用を損なうことになってしまうわよ」
「だったら大統領を守って、阻止すればいいだろう?」
「でも、銃なんか持って入れないわよ」
「リビアの時と同じで良いんじゃないか? おそらくキディアバ本人が本当の黒幕ではないだろう。奴も黒幕にとっては使い捨ての駒に過ぎない」
「わかった。じゃあ私、おしゃれして行こうかしら?」
「ああ、大統領が離したがらない方が効果的だな」
「Merci!(ありがとう)」
エマからの無線は切れた。
エマなら問題ないだろう。
あとは俺たちが、その前に敵の保険を摘み取る必要がある。
「いいか、これは虜になった司令部を助けるのが目的だが、本当の目的は司令部を助ける事だけじゃない」
トーニとハバロフを前にして言った。
「司令部を助ける訳ではない……と、言うと?」
ハバロフが聞いて来たが、トーニは俺の顔を見ているだけ。
「戦争で死ぬのは敵だけじゃない。巻き込まれた住人も死ぬし、何も知らない子供たちだって死ぬ。そしてミヤンが死んだように味方も同じ。おそらく司令部は、この戦争を仕掛けた奴らによって虜になっているから、これから司令部を開放する」
「敵討ちだな!」
ずっと黙っていたトーニが口を開いた。
「敵討ちだが、目の前に居る奴が敵ではない」
「目の前に居る奴が敵じゃないって、どういうことだよ?!」
トーニが俺に食って掛る。
「つまり、彼等もまた被害者だということですか?」
しばらく黙ったままの俺に、ハバロフが言う。
「そうだ。誰が本当の黒幕かは分からないが、彼等もまた利用されているに過ぎない」
「ちっ、汚ねぇ野郎たちだ。まったくこのアフリカって言う国は、どこまで腐っているんだ」
「黒幕がアフリカ人とは限らないぞ」
「でもよう……」
「奴らの目的はこの国の鉱物資源だ。特にこの地域で獲れるのはタンタル」
「スズやタングステンは分かるけど、タンタルって何ですか?」
「タンタルは、コンデンサーと言う部品に使われ、薄型パソコンやスマートフォン等の情報通信機器をはじめ、液晶テレビ、デジタルカメラ、ビデオカメラなどデジタル家電や自動車部品等に使用される」
「つまり、それを製造する側が黒幕ってぇことも考えられるのか」
「そう。つまり、俺たちの国の中にも、黒幕が居る可能性はあるということだ」
「なんてこったい……」
トーニが頭を抱える。
「いいか、でも敵は敵。だが目の前の敵は直接の敵じゃない。何も知らずに利用されている。自分の命は何物にも代えがたい。だからしっかり守れ。敵がそれを奪おうとするなら躊躇なく撃て、だが決して敵を怨むな」
「難しいけど分かったぜ、なあハバロフ」
「はい」
敵の様子をうかがいながら、5人で意見を出し合って作戦会議を開いた。
捕縛された当初は無線機のあるテントに捕らわれていたが、逃げられる恐れを心配して今はコンテナの中に移動させられたらしい。
それは歩哨が立っているので、簡単に察しが付く。
「先ずはブラームに連れられて俺が司令部の捕らわれているコンテナに入り、中の連中に救出してきたことと脱出の準備を進め、ブラームはそのままコンゴ兵になりすまし残りの3人が動きやすいように見張る。ハバロフは、敵をかく乱するために偽の情報を無線で送る」
「偽の情報って、どんな情報を流せばいいですか?」
ハバロフが俺に聞いて来たので、俺はハンスに目線を向けた。
「応援の部隊が3号線を、そっちに向かっている様なことで良いだろう。そうすれば、ここの部隊から何台かは3号線に交わるこの529号線を封鎖するためにワリカレの分岐点に向かうはずだ。そしてワリカレに向かった敵が居なくなって、罠だと気付かれる前までが、この作戦の勝負所だ」
「隊長と俺は何をする?」
「俺とトーニで敵の武器庫を襲い、爆薬を頂戴して、残りは処分する」
「派手にやっていいのか?」
「敵の目が眩むほどな」
「そして、その爆発の混乱に紛れて、俺たちはここを脱出する。なにか質問は?」
トーニが手を上げた。
「黒人だからって、敵に成り済ますブラームはナトーみたいにスワヒリ語は話せないだろ? それじゃあ直ぐにバレちまうぜ」
「ブラーム、どうなんだ?」
「Vema(大丈夫)、Mwanamke huyu.Makaazi ya pamoja(この女、一緒に拘束する)」
「おい、ブラーム。おまえいつの間に?!」
「ヘリの中で、ナトーにレコーダーを渡されて、覚えるように言われてな」
「それでオメー、ズーっと黙っていたのか!……って、この女って言うことは?」
「そう。俺はこれから女に変装する。そうすれば敵もお前みたいに鼻の下を伸ばして油断するだろ」
「なんてこったい!」
どうやら、いつものトーニに戻ったようだ。




