地獄からの反撃③
「エマ……」
勢いよくドアを開けたペイランドが、何故かそこで立ち尽くす。
「どうした……?」
「い、いや……」
入って来いと立ち上がった時、彼の立ち尽くしている訳を知る。
「直ぐに着替えるから、少し出ていて」
そう。ドレスを脱いだままだった。
ペイランドはおとなしくドアを閉め、外に出た。
やれやれ、熱いのですっかり服を着るのを忘れていた。
まあ彼の前で肌を晒すのは、初めてではない。
士官学校時代の私は、気が合った仲間とは誰とでも肌を重ね合っていたから。
彼も、その一人。
周りから見れば節操のない女と言われても仕方がないが、あの頃の私は激しい訓練に疲れ切っていたから、その反動で快楽を貪っていた。
シャツを着てスカートを履きながら、昔を思い出す。
難しい授業。
厳しい訓練。
楽しい仲間たちと騒ぎ、夜の快楽……。
殆ど毎日が、その繰り返し。
今思えば、驚異的な体力だと言えるだろう。
「いいぞ」
外に居るペイランドに声を掛けると、こんどは臆病なほどゆっくりとドアを開けた。
「いつ、こっちに?」
「昨日の真夜中」
「どうして?」
「君が困っていると、君の優秀な部下から連絡を受けてな」
「ハンスが?」
「ハンスも優秀だが、違う人からよ」
「じゃあ死んだケビン中尉か?」
「残念だがケビン中尉とは面識がない。しかしもっと優秀な、君など足元にも及ばない超人だ」
「あの問題児のナトーか!」
ペイランドは少し考えてから、悪態をついた。
一介の軍曹の身分で高級将校並みの知力と政治力そして情報収集能力を持つということは、階級至上主義者の集まる軍隊の上から見れば疎ましい存在に思えるのかも知れない。
「目の前の問題に翻弄されるだけで、いまだに本来の目的である指揮さえも取れないで、恥ずかしいとは思わないのか?しかも司令部とは音信不通。頼みの小隊本部のケビン中尉は戦死。君がここで弄ばれているうちに、ナトー軍曹は敵部隊を倒しナイジェリア軍の救出も成し遂げ、おまけに君の心配までして私を遣わした。少しは感謝くらいしろ」
話しながらソファーに移動して座る。
「確かに彼女は優秀だけど、誰も扱えないのでは問題があるとしか言いようがない。あのハンスでさえ手を焼いているのに……君はどうだった?リビアで一緒に任務に就いただろ」
「私は大丈夫だったよ。そりゃあ最初こそ高圧的に出たものの、直ぐに自分の負けを認めたから。それから先は、彼女の知らない事を吸収してもらう様に務めた。任務を遂行するために鍵を握るのは私じゃないって気付いたからね」
「相変わらず、エマは頭が柔らかいな。俺には真似できない」
「そうか? 出来ると思うぞ」
「なんで?」
「だって君は少佐で、私は大尉だが、君は私の言うことには逆らえないだろ?」
身を乗り出すようにして聞いていたペイランドが笑って言った。
「それは友達だし、そもそもDGSEの大尉という階級は、俺たち現場にしてみれば少佐相当に当たるし、その中でも自分の担当オフィスを持っているんだから同階級の中では一番格が上だろ」
「それをナトーに当てはめて考えてみなさい」
話している最中に電話が鳴った。
取るとDGSE部員のからでキディアバと言う人物の正体が判明したとのこと。
キディアバは国務省の高官ヌング氏の秘書官を務めている人物で、ザマンガ国務大臣との接点は今のところ掴めていない。
「ところでペイランド、ここに来てキディアバと言う人物と有ったこと、またはその名前を聞いたことはないか?」
「いや、ない」
「では、国務省のヌング氏は?」
「その人とは、あったことがある」
「ザマンガ国務大臣は?」
「国務大臣とは、一度会って挨拶をした」
「大統領主催の晩さん会の打診は、誰から受けた?」
「打診自体は大統領補佐官から受けた」
「そもそも、君がここに来た訳は?」
「ヌング氏から、閣僚に挨拶するように言われてきたが、どうも調整に難航しているらしい」
「その交渉は誰が?」
「ヌング氏」
なるほど、少し読めてきた気がする。
そもそも我々フランス政府は、コンゴ政府の要請で動いている。
指令書のコピーにもジムチ大統領や、ザマンガ国務大臣のサインは入っていた。
もしも閣僚に会わなければならないのなら、コンゴ政府から大使館を通じて話が通るはず。
国務省のヌング氏から、直接部隊司令官に連絡を取ると言うのは怪しい。
我々の派遣した部隊の司令部機能を混乱させて、作戦を失敗に導こうとする意図がよめる。
しかし、その作戦自体は司令部が機能しなくなっても失敗するどころか、順調に進んでいる。
今夜の晩さん会については公使も呼ばれた正式なものであることは間違いない。
しかし大統領が気まぐれだったとしても、一介の外人部隊の少佐を晩さん会に招くだろうか?
これは屹度、意図的にそうなるように仕向けられたもの。
いったいキディアバと言う人物の目的は何なのだ……。
Captain Emma Walker
エマ・ウォーカー大尉
DGSE(フランス・対外治安総局)のエージェント
ナトーの親友




