地獄からの反撃②
コンゴ民主共和国首都キンシャサ。
大使館の女性秘書官が一枚のコピー用紙を持ち、部屋のドアをノックする。
中から「どうぞ」と言う女性の声。
「失礼します」
部屋に入ると、ガンメタリック色のゴージャスな雰囲気のサマードレスを身に纏った女性が、その姿を鏡に映していた。
スカートが二重になっていて、外側の生地はフワッとしたシースルーに、そして内側はタイトなチャイナドレス風。スリットは腰近くまで入っていて、それがシースルーの生地に透けて見えるのでエロチックに見える。
ドレスのトップス部分も魅力的。
腰の背中から伸びた幅10センチ足らずの紐二本が、左右から対称に体に巻きつくように螺旋を描き、それが首の後ろで結ばれる。
胸の部分は殆どその豊かな形を露出させ、幅の広い紐がかろうじて乳輪を隠している程度。そしてその上から、刺繍が施されたシースルーのショートボレロを羽織っていた。
綺麗な背中には生肌の上にシースルーのボレロだけ。
しかも首の結び目を解くと、その豊かな胸は直ぐに露わになる。
「どうかしら?」
「凄く魅力的ですわ」
「でしょっ、これでエロおやじ共もイチコロよ。ところで何かしら?」
「エマ大尉、前線から暗号電文が届きました」
「ナトちゃんからね。見せて」
エマは、そこに書かれた短い文を長く見つめていたが、ふと秘書官が退出していない事に気が付き、どうして退出しないのか聞いた。
「大尉、今夜は大統領主催の晩さん会に出席されるのですよね」
「そうだけど、なにか?」
「招待状にはフランス大使館付き陸軍武官となっていますが……」
「そうよ。まさかDGSE(対外治安総局)の諜報部員だなんて書けないでしょ」
「陸軍武官として呼ばれたなら、数々の勲章は付けて行かれますよね」
「まあ、それは当たり前でしょ」
「その服の、どこに勲章を付けるのですか?」
「……」
ドアの閉まる音。
さっきまでいた秘書官が、社交界の花を夢見ていた私の野望をコッパ微塵に打ち砕いて、出て行った。
確かに彼女の言う通り、武官として赴くからにはジャラジャラと勲章を付けて行かなければならない。そしてこの衣装に勲章は全く不釣り合い。
せめてここがパリならば、直ぐにシャンゼリゼ通りに出て、Sっぽい服を選ぶことも出来ただろう……。
仕方がないので、ドレスを脱いだ。
“高かったのに……”
それはともかく、問題はこのキディアバと言う人物。
パリを出る時に、DGSEのコンゴ支局に情報収集を依頼しておいたが、このキディアバと言う名前には辿り着いてはいない。
それにしても、この短時間に雑音の多い無線機からスワヒリ語の名前を聞き分けるとは、さすがにナトちゃんだけの事はある。
しかもハンス不在の状況で、実質的な戦闘指揮を執り、圧倒的多数の敵を最小限の犠牲で打ち破ったのも、まるで自分の事のように鼻が高い。
直ぐにDGSEコンゴ支局に、このキディアバと言う人物を調べるように電話した。
どうせ、閣僚の中の、誰かの秘書に違いない。
うちの部員なら、1時間程度で身元を割り出せるはず。
バタバタと慌ただしく階段を登って来る足音がする。
特に階下で騒ぎに似た様な事も無かったので問題は無いだろうが、一応下の受付に誰が来たのか聞くために受話器を取ろうとしたら、その受付からかかって来た。
「なんだ?」
「すみませんっ、ペイランド少佐がいらっしゃって、今そっちに全力疾走していきました」
ペイランド少佐とは、今回コンゴでのナイジェリア軍救出作戦と、反政府勢力の排除及び治安維持を目的として派遣された外人部隊の司令官。
そしてサン・シール陸軍士官学校時代の同級生だ。
現地では既にナトー1等軍曹がナイジェリア兵の救出に成功を収め、反政府勢力にも攻撃を加えその一部の排除に成功をしているというのに、彼はいまだに部隊の指揮を執るどころかこの首都キンシャサに居る。
激しくドアが開く。
「エマ―ッ!!」
ドアの音をかき消すように、ペイランドが大声を上げて私の名前を呼んだ。




