ユリア・マリーチカ中尉③
俺たち5人はフル装備をしてMi-24のキャビンに収まり、ユリアがスターター回す。
ローターがゆっくりと回り始め、次第にその回転が速くなるにつれ青い空が黄土色に変わる。
飛行機とは違いフワッとした、まるで制御の効かない壊れかけたエレベーターにでも乗ったような気持ちの悪い離陸の感覚。
いつもなら“気持ち悪ぃ~”と騒ぎ始めるはずのトーニは、あれ以来ふさぎ込んだまま。
ミヤンと同期だったハバロフは、いつもおとなしい方だが、こっちもいつもより俯きがち。いつも落ち着いているブラームでさえ表情には出さないが、目を閉じている時間の長さでその心中を察する事が出来る。
人の死と言うものの、人に与える影響は思いのほか大きい。
それだけ命と言うものは大切なもの。
たとえ敵の命であろうとも、心に傷は残って当たり前。
夜の戦闘が始まるとき、俺はブラームと偵察に出て大人3人に連れられた7人の少年兵を殺した。
ブラームは顔にこそ出さなかったが、動揺しているのはその汗の量で分かった。
そして無線でも子供たちが銃を持って攻めて来ている事は伝えず、動揺を隠しているブラームを見張り員とすることで皆から離し、戦闘中誰にも子供が居ることを教えずにいた。
誰も子供なんて殺したくはない。
もしも敵の、多くの大人に混じった中に子供が混ざっていたとして、自分の照準がその子供を捕らえたとしたら、そのままトリッガーを引いて撃てるだろうか?
たいていの人間は撃てないはず。
照準を放して、違う敵に向けなおす。
しかし、戦場では、この一瞬の迷いが命取りになってしまう。
おそらく死んだミヤンも、そうだったのだろう。
誰も俺のように、平気で人を殺すことなんて出来やしない。
それが出来るとしたら、そいつはグリムリーパー(死神)くらいなものだ。
「今日と明日の2日くらいは余裕でのんびり過ごせそうね。赤外線の反応も無いわ」
操縦席のユリアが後ろを向いて言った。
顔を上げると目が合い、彼女はまるで新しい玩具を与えられた子供のように楽しそうな笑顔を見せると、再び前に向き直る。
主に道に沿って飛行するので、何度も機体が左右に傾く。
何度目か大きく傾いたあと、操縦席前方に居る射撃手から、敵発見の報告が入る。
「ハンス中尉の予想通りの位置ですが、どうします?」
“どうします?”
ユリアの言葉が理解できなかった俺たちは、お互いの目を見合った。
「どういう事だ?」
「ラッキーですよ。橋を越えているのはまだ斥候の十数人だけですから」
「だから“どうします”とは、どういうことだ?」
ハンスが聞くと、ユリアは「あっ、いいです。座っていて下さい」と言った。
また高度が上下する不可解な感覚。
“高度を下げたのか?”
さっきよりエンジン音が小さくなっている。
二基あるエンジンのうち、一基故障したのか?
小さな窓から外を見ると、地上十数メートル付近まで降下しているのが分かり、直ぐにカンカンと言う銃弾の当たる音が響いて来た。
「あー銃撃音は気にしないで、下から撃たれる分は10mm圧の装甲板が守ってくれているから、ついでに言うと横の装甲も12.7mmに耐えられるわよ。それでは皆様暫くは、お静かに外の景色をお楽しみ下さい♪」と、まるでキャビンアテンダントのような甘い声でアナウンスしたと思うと、次に直ぐ軍人らしい声に戻り通信を始めた。
「こちら第2小隊02号機、只今反政府軍らしき武装勢力から銃撃を受けています。聞こえますか?」
そう言うとマイクを窓の外にかざした。
『高度を上げて現場を離れろ』
「今、第2エンジンの不調調整中で、高度を維持するのが精いっぱいです」
「隊長!左からミサイル!!」
射撃手が大声で叫んだので、コクピットを覗いて見たが、ヘリは回避するような動作をしただけで俺の目には何も見えない。
「今度は右!! このままじゃヤバイ!撃たせてください!」
また同じように機体は回避行動をとるが、またミサイルらしいものは見えなかった。
「司令部、自衛のための攻撃許可を願います」
『202攻撃を許可する』
「了解、英断を感謝する!」
ユリアが無線を切る。
「攻撃目標、前方リュウル川架橋。30mm機関砲発射速度Hiで射撃用意」
「Hiにて射撃準備完了!」
「5秒間威嚇射撃する――射撃開始!」
ヴォーと空気を切り裂く鈍い音が響くと、前方に見えていた橋が白煙で何も見えなくなる。
「射撃ヤメ!エンジン再起動ヨシ! これより離脱する」
再び大きくなるエンジン音とともに、機体はグングン高度を上げて行く。
「右舷よりミサイル多数」
「追尾して来るか?」
「いいえRPGの様です」
「よし」
窓の外には、跡形もなく破壊された橋の破片が流されて行くのが見えた。
この光景には、ふさぎ込んでいたブラームやハバロフ、それにトーニも歓声を上げて喜んだ。
これで、敵は数日間この川を渡る事は出来ないだろう。
それにしても無茶な事をする。
そう思いながら腰掛けると、ハンスに「類は友を呼ぶと言うが、本当だな」と囁かれた。




