出口のない地獄③
依然ニョーラの政府軍司令部は敵側に寝返ったまま。
当然我々の作戦司令部も虜。
この村での勝利によって一旦こちら側に付いたと思われるムポフィの政府軍部隊も、今後の状況によっては敵側につく可能性もあり、予断を許さない状況が続く。
反政府勢力1個大隊に近い400人強の戦力の無力化、それにナイジェリア軍140人の救出で事実上俺たちの任務は終了したのも同然。
だが俺たちは孤立していて進むことも戻る事も困難で、状況は厳しいまま。
「彼らは何故、司令部の拘束を解かない?」
「可能性は沢山あるが、要因の一つとしてもっとも考えられるのは、やはり何らかの後ろ盾だろうな」
「すると、この先にもまだ大部隊が控えているということなのか?」
そう思って道の先を見た。
「この先とは限らない。ニョーラは3号線にも近いから、そっちの可能性もあるし、後ろ盾は反政府軍だけではない可能性もある」
「と、言うと」
「政治的な後ろ盾」
「政治的……」
「兎に角、情報収集だ。なんの根拠もないで思案していても埒が明かない」
外務省から我々の部隊で出た死者と負傷兵の帰国に関しての回答がきて、低ウエレ州に展開しているウクライナ軍第14独立ヘリコプター部隊がヘリを3機出してくれ、バンゴカ国際空港に待機しているフランスのチャーター機まで送り届けてくれることになった。
そのうちの1機は俺たちの周囲の偵察もしてくれると言うことだった。
ハンスの指示で、俺たちが築いた丘の上の陣地を広げる作業と、ヘリの着陸地点を作るため住民の居なくなった家屋を取り壊し、その一部を陣地に移設し屋根付きの司令部を作る作業が始まった。
丘の下も木々を伐採して、トラックを停めるスペースを作り、伐採した木を組んで砦を築いた。
ニョーラの司令部に連絡を試みるが、何度連絡しても繋がらない。
ただ、こっちの通信が聞こえている可能性もあるので、工事をしている音にみせかけたモールス信号で、死傷者の本国帰還とウクライナ軍の協力を伝えた。
午後13時、そのウクライナ軍のヘリが来た。
現れたのはMi-8輸送ヘリ1機とそれを護衛するMi-24ハインド2機。
はじめて実物を見るMi-24攻撃ヘリの大きさと、威圧感には驚いた。
まるでNH90輸送機にEC665 ティーガー攻撃ヘリの厳つい頭を付けた不気味さを感じた。
Mi-8が着陸態勢に入るのを、他の2機が援護する姿は、まるで空を飛ぶ狼のよう。
最初にケビン中尉やミヤン一等兵など6名の死者を搬送した。
ミヤンとの別れに、作業に忙しい隊員たちも神妙な面持ちで敬礼して送り出す。
特にペアを組むことが多く、ミヤンが撃たれた現場に居合わせたトーニと、同期入隊で仲の好かったハバロフは泣いていた。
写真が趣味で、部隊の訓練風景や飲み会の時などはいつも写真の係りを引き受けてくれ、パリでの作戦のときも観光客に混ざって自慢の日本製一眼レフカメラを持って写真を撮ってくれた。
その彼の最後に撮った写真は俺が命令した、死んだハンターたちの写真なのではないだろうかと思うと、申し訳ないと思う。
折角、自然の豊かな場所に来たのだから、もっといろんな景色を撮らせてやりたかった。
そして、これから先も……。
ミヤンを乗せたMi-8が青い空に舞い上がる。
ローターで巻き上げられた赤土が周囲に広がり、その景色の周囲を霞ませる。
赤土の輪に包まれてヘリを見上げるLéMATの隊員たち。
屹度、ミヤンならこのシャッターチャンスを見逃さないだろう。
生きていれば窓際に顔を擦りつけるようにして、あの人懐こい少しはにかんだ笑顔をでカメラのシャッターを切っているに違いない。
ふいに見上げていたヘリの窓に光が反射した。
一瞬キラリと光ったその窓に目を向けると、俺が想像していた通りのミヤンの姿があった。
“生きていたのか……”
驚いて目を見開いた俺を見て、ミヤンがまたカメラを構える。
キラリとまた窓が光る。
“ストロボを使いやがった”
窓はもうミヤンを写さない。
窓に映るのは、空の青い色だけ。
ミヤンを乗せたヘリが、グンと高度を上げる。
俺は追いかけるように背伸びをして、その名前を叫ぶ。
泣かないと決めていたのに、涙が頬を伝う。
俺はそれを誰にも見られたくなくて、いつまでも、いつまでも空の果てを見つめていた。
Mi-24ハインドP型
初飛行:1974年
主回転翼直径:17.30m
テールローター直径:1.50m
全長:17.51m
全高:3.97m
翼長:6.66m
空虚重量:8,570kg
最大離陸重量:11,500kg
発動機:クリーモフ製 イソトフTV3-117 ターボシャフトエンジン(出力:2,225馬力)2基
巡航速度:270km/h
航続距離:1,000km
戦闘航続距離:450km
実用上昇限度:4,500m
ホバリング上昇限度:2,000m
乗員:2名
積載量:兵員8名、または担架4台
武装:武器搭載量2,400kg
固定武装:30mm連装機関砲GSh-30K×1(弾数250発)
世界初の攻撃ヘリコプターでありながら、兵員も運べる最強へり。




