隊員の死
普通科にとっては多少荷の重い任務だが、第1分隊はエラン軍曹をはじめ皆が意欲を示してくれた。
第3分隊の隊員たちもケビン中尉や負傷した仲間の仇を執ると意欲を示してくれた中で、分隊長のト軍曹だけが少し消極的で不安を感じたが、結局副班長のサンタナ伍長や隊員に押される形で作戦は行われることになった。
どの任務も危険を伴うので、どの班がどの任務に就くかは、くじで決めた.
この場で待機し、トラックで逃げるふりをして小隊本部に合流する係に第3分隊。
左翼と右翼後方に回り込み敵を追い出す係には第1分隊と、俺たちLéMATが当たることになりト軍曹には防弾装備のないトラックに土嚢を積んでおくことと、何か状況に変化があった場合は連絡をするように言い残して俺たちは出発した。
ジャングルの中を進み、予定していた地点に付いた時にはもう日が変わっていた。
第3分隊からは何も言ってこないので、状況に変わりはないのだろう。
第1分隊に連絡を取ると、そっちももう直ぐ到着するとのことだった。
小休止を告げ、空を見上げた。
数日前、あの泉の畔でみた星空と何一つ変わらない穏やかな星空。
夜空はいつもこんなに綺麗なのに、地上は何故こんなにも汚いのだろう?
「ナトーはロマンチストだな」
隣にやって来たトーニに声を掛けられた。
「そんなことはない」
「いや、星空を見る奴って言うのは昔からロマンチストだって、俺の田舎ではそう言う決まりがあるのさ」
「決まりになっているのか?」
言い伝えの間違いだと思ったが、トーニらしくて気が和む。
「お前の田舎はイタリアのどこだった?」
「俺の田舎は、ローマから北西に150㎞程走った所にあるティレニア海に面したタラモネって言う漁村さ、海が綺麗でなぁ~観光客も良く来るぜ」
「何をしていた?」
「何にもしねぇ。実家は美容院でな、俺は店の手伝いもしねえで、日がな一日海を見て過ごしていた。それがここで生まれ育った俺の特権だ」
「海か……お前もそうとうなロマンチストだな」
「ば、馬鹿言うな。俺は何もする当てがないから海の向こうを見ていただけだ。ロマンのかけらも感じたことはねぇ」
「青い空を写すような海の色、その海を彩るように輝く日の光と白い波頭。その空と海の間を悠々と飛ぶカモメ。遠くを船がのんびりと滑るように進み、時折聞こえる汽笛の低い音と海鳥の高い鳴き声、そしてさざ波の音。日の当たるベランダで冷えたコーラを飲みながら聴くミュージック……」
「いいねぇ~」
「なっ、ロマンチックだろ?」
「確かにロマンだ」
俺たちは、草原に寝転んで目をつむったまま星空の輝きに身を任せていた。
「軍曹、第1分隊から配置に着いたと無線が入りました」
「さてと、天国はこれで御終い。地獄に戻るか」
無線で第3分隊と小隊本部、そしてビバルディーに作戦に入る事を伝える。開始時刻は午前3時ちょうど。
全員の銃にAPAV40 ライフルグレネードを装着し準備を済ませて時計を見る。
「全員、グレネード発射!」
「よし、時の声を上げて突撃開始!」
一斉にワーッという歓声を上げて森を下る。
敵の布陣している森にグレネードの爆発音と青い灯が光る。
思いもよらぬ背後からの攻撃に慌てた敵兵たちが、我先にと丘を下る。
一度勢いの付いた流れは止まらない。
敵兵たちは、まるで暴徒と化したように村を通り過ぎ、小隊本部に続く道に溢れ出す。
村に辿り着いた俺たちは、家々の隙間から催涙弾を投げ込み、入り口で待ち構えていた別の兵が武器を持って家から飛び出してきた敵兵をなぎ倒した。
あちこちで銃声が聞こえるが、作戦の第一段階は見事に成功。
第1分隊に敵の追い込みを任せ、俺たちは一旦ナイジェリア兵の解放作業に入る。
外からドアに閂が掛けられ、入り口が閉ざされた家屋は4つ。
情報と同じ。
2人1組でドアに張り付き、英語とフランス語で救出に来たことを告げ、閂を空けると縛られたままのナイジェリア兵たちが次々と出て来る。
縄を解いて、戦える者たちは敵の武器を持ってこの先にある小隊本部まで、敵の追い打ちに参加するように伝える。
その時、一旦静まったこの集落にAK-47の銃声が響いた。
まるで俺の心臓を貫く氷の刃のように、冷たく突き刺さる音。
銃声は俺の隣の家。
トーニとミヤンが担当。
慌てて2人の名を呼び、走り出した途端、まるで目暗滅法に撃つ発射音が響き渡る。
HK-416の発射音。
開けられたドアを潜り家の中に入ると、中は硝煙で霧のように真っ白。
その中で、トーニがマガジン交換をしながら撃ちまくっていた。
「トーニ! トーニ!!」
敵の反撃はもうない。
遅れてきたモンタナがトーニを羽交い絞めにして、外に連れ出した。
入れ替わりにブラームとフランソワが入って来て、懐中電灯で部屋の中を照らす。
俺は壁際に倒れていたミヤンを見つけ、しゃがみ込み衛生兵のメントスの名前を大声で叫ぶ。
触った手に生暖かい血がべっとりと付いた。
「酷ぇ……」
フランソワがボソリと言った。
振りむくと、硝煙の晴れ間に映し出されたのは武器を手にした大勢の子供たちの死体。
とりあえずブラームと2人で、負傷したミヤンを家から運び出す。
「すみません軍曹。――俺、ホールドアップが言えなくて、そしたら怖がった子供に撃たれちゃいました……トーニさんは……子供たちは大丈夫ですか……」
撃たれて混乱しているのか、それとも気を失っていて、そのあとの事を知らないらしい。
「ああ。今直ぐメントスが診てくれる。今は他の事を気にしないで自分の事を考えろ」
「俺……ナトー軍曹みたいに頭が良くなくて……カメラマンになりたかったけど、故郷のベラルーシではナカナカそんな仕事も無くて……貯金を叩いてパリに来たんです。カメラだけ持って……写真を撮りまくって、最後にその撮った写真ごとセーヌ川に飛び込んで死ぬつもりでした。でも、死ねなくて……犯罪を犯せば一生住むところと食べるものには困らないと思ったけれど、それも結局できませんでした。情けないでしょ……」
「情けないものか。優しいミヤンらしいと、俺は嬉しく思うぞ」
「道をうろついていたら外人部隊の事務所があって、そこでここなら食べさせてもらえるか聞いたら、そこのおじさんが“三食昼寝付き”だって言うから馬鹿みたいに騙されて……訓練は厳しかったけれど、良かったなぁーリビアの青い空と海、果てしなく続く砂漠も見れたし。パリでの任務なんてテレビで見たスパイ映画みたいだったし。軍曹はいつも優しくて綺麗だし……」
「もう、喋るな。痛むか? 今は治療に専念しろ」
ミヤンが少し苦しそうな顔をして目をつむる。
治療に当たっていたメントスが俺の方を向いて、首を横に振る。
「ナトー軍曹、見えるでしょ、あれがダウガヴァ川です。このアフリカの川みたいに希少鉱物なんて採れないけれど、水の澄んだ綺麗な川でしょ」
「ああ、心が洗われるようなきれいな川だな」
「田舎だけど、緑が濃くて綺麗でしょ」
「レオンポリ……いい故郷だな」
「ありがとうございます」
「……」
「今度来るときは夏に来てください。母さんが美味しいマスの料理を作ってくれます」
「ああ」
「寒くはありませんか? まるで手足が凍るようだ。さあ家に戻りましょう。父さんが暖炉に火を入れて待ってくれています。急がないと直ぐに吹雪になります。さあ」
「俺は、ミヤンを強く抱いた」
「……あー暖かい。やっぱり父さんが部屋を暖めていてくれた。直ぐに母さんがスープを出してくれます。皆もそんなところに立っていないで、テーブルについて下さい。トーニさん駄目ですよ。今日は俺が軍曹の隣の席だって言ったでしょ」
ミヤンを囲んだ皆がすすり泣く。
「……さあ、母さんのスープ……おいし・い・で・す……かっ」
「ああ上手い。ミヤンのお母さんのスープは、最高だ」
ミヤンは、ニッコリ微笑み、それっきり首の力を抜いて幸せそうに最後の溜息をついた。
メントスが脈を診た後、瞳孔に光を当てて時計を確認した。
「ありがとうミヤン。君の家族は本当に好い家族だ。そして君の故郷も、君も……」
「ちきしょーっ!」
トーニの叫び声が、空に昇っていくミヤンを捕らえようとしたが、それは空しく夜空に掻き消された。
「ブラーム、メントス、ハバロフ。トーニとミヤンを頼む。俺たちは第2第3のミヤンを出さないため行く!」
 




