地獄へ②
「敵側の要求は、投降か?」
「ああ」
「どうするつもりだ?」
「俺たちが武装解除して投降すれば、司令部の要員も助けると言ってきている……こうなった以上、仕方がないかも。と思っている」
「投降したら、司令部も含めて全員死ぬぞ」
俺の言葉に、部屋の皆が騒めいた。
仲間を裏切る奴が、約束を守るわけがない。
「投降する場合、どちらに行けと言った」
「どちらとは?」
「西のムポフィか、それとも東か?」
ソト少尉が無線手に聞いたが、まだその問い合わせはしていないと言った。
「問い合わせるか?」
「ああ、だが問い合わせるのに、この無線機はもう使うな。ビバルディー、分隊の無線機を貸してくれ」
しばらくしてビバルディーが、無線機を持って来た。
司令部を呼ぶが、雑音がするだけで、相手に通じているのかどうなのかさえ分からない。
思った通りだ。
次に俺はこの無線でハバロフを呼んで、事の詳細を伝え、問い合わせをさせた。
『敵からの指示は武装解除した状態で東に進めです』
「無線の感度はどうだ?」
『ここからでも結構雑音が多いですね。通話がやっとできる程度です』
「マイクを叩いてモールス信号を送れ、文面は“ミステナイ”だ、回答があったら知らせろ」
『了解!』
「まだ話し合い中で何も決まっていない! いくらLéMATだと言っても勝手な事をしてもらっては困る!」
ソト少尉が赤い顔をして言う。
確かに軍隊では階級の序列を守らなくてはならないから、今俺がしたことは出過ぎた行為に違いない。
「ナトー、ハバロフからだ」
ビバルディーが無線機のレシーバーを俺に渡す。
『軍曹、回答がありました“タノム”です』
「よし」
これで、大体の事が分かったので説明した。
先ず、敵はまだムポフィを支配下に置けていないこと。
もしもムポフィの部隊を支配下に置いていたら、投降する場所は東でも西でもどちらでも良いことになる。だが奴らは東に行けと言ってきた。
次に無線。
小隊本部が使用している無線は高感度の物で、しかもアンテナも木の上から高く出している。
俺たちLéMATが陣地を築いている高台からでやっと届くが、この道路沿いまで降りると分隊が使用する無線機では直接司令部のあるニョーラには届かない。
つまり地図上で、この尾根を下りた東側に位置する敵部隊の無線はニョーラには届かない。
「だが、敵は東の部隊へ投降しろと言ってきたじゃないか。と、言うことは既に受け入れ態勢が出来ているということじゃないのか?」
ソト少尉が反論してきた。
むろん普通の軍隊組織では、そう言うことになる。
だが、ここは普通じゃない。
ニョーラで味方を裏切った部隊と、俺たちが対峙している東の部隊が、同じ組織であるのかも疑い深いのだ。
まして、武装解除した状態で投降した場合、受け入れ態勢も何もない。
みすみす殺されに行くだけだ。
そして最後に。
これは朗報だが、俺たちは司令部と連絡が取れる状態だということ。
「それは物理的に可能だと言うだけだろう。チャンと敵の見張りが張り付いて聞いている」
「だけどモールスは読めない事が分かった。……いや、ひょっとしたらモールス信号自体知らない可能性もある。だから言葉で連絡する振りをしながら何かを叩いてモールス信号を送ればいい」
「なるほど。それで“ミステナイ”の返事が“タノム”だったのか」
小隊本部のツボレク軍曹がポンと手を叩いた。
「よし、では“善は急げ”だ。味方の政府軍の居るムポフィまで撤退して司令部を助けよう!」
「ちょっと待ってください少尉。ムポフィの政府軍部隊とは依然連絡が取れていない。この状況でもしも寝返っていたとしたら、俺たちは敵の袋の中に飛び込むことになりはしませんか?」
エラン軍曹が言ったあと、ビバルディー軍曹が「こういう時には、情報に惑わせられないで、任務を全うするに限るんじゃねぇか?」と言うと、ほかの分隊長たちも、先ず目の前の脅威を排除してから考えようと言ってくれた。
暗視ゴーグル AN/PSQ-20
通常のパッシブ式暗視装置では、光を倍増して視界を明るく見せるのですが、弱点としては小さな光には限界があると言う事です。
このAN/PSQ-20はその弱点を補うため光増幅の他に、物体から放出される赤外線を画像として見る事が出来るようにしてあるのが大きな特徴です。




