銃声
早朝に目を覚ました。
気持ちのいい朝。
昨日服が濡れたせいで、久し振りに裸で寝た。
裸と言っても、チャンと簡易寝袋の中に包まって……自分の体を見てみると、その寝袋から抜け出していて驚いた。
完全なる裸体。
なんで、そうなった??
慌てて身の回りのチェックをしたが、別にどうと言う事は無い。
「おはようございます。お目覚めですね」
直ぐ近くで声がした。
「ミヤン……何故そこにいる?」
声の主はミヤン。
カーテン代わりに吊るしてあるポンチョの直ぐそこに居る。
「いやだなぁ~心配しないで下さいよ。ハバロフとメントス上等兵と三人交代でアナコンダが出ないように見張っていました」
「誰に言われた?」
「僕はフランソワ上等兵たちに言われました」
「たちに、と言う事は?」
「はい。ハバロフはモンタナ伍長たちに、そしてメントス上等兵はハンス中尉に言われて、三交替の夜勤です」
そう言ってミヤンの爽やかな笑い声が聞こえた。
「もう起きたからいいぞ。寝不足だろう。出発まで楽にしていろ」
「写真撮っていいですか?」
「しゃ、写真??」
思わず裸の胸を両手で隠す。
「あっ、そう言う事じゃなくて、風景とかの写真」
ミヤンの趣味は写真。
「カメラを持って来たのか」
「ハイ」
「良いだろう。だが従軍カメラマンじゃないから、写すのは休憩中だけだぞ」
「ありがとうございます」
そう言うとミヤンの足音が遠ざかって行った。
服はもうすっかり乾いていたので、慌てて着た。
いつまでも裸で居ると、何かあった時にマズイ。
服を着て外に出ると、今日も好い天気で泉が朝の太陽にキラキラと輝いていて、そのほとりでミヤンがカメラを手に写真を撮っていた。
ミヤンは本当にカメラが好きだ。
朝食を済ませ、出発前にハンスに了解を得て、ミヤンのカメラで全員の集合写真を撮ることにした。
当然ハンスからは「作戦の最中に気が緩むから任務終了後にしておけ!」と言われたが、頑なに粘り許可を勝ち取った。
万が一、誰かが欠けてしまった後では取り返しがつかない。
なぜか、そう思った。
それほど、今回の任務はかつてないほど厳しい物になるだろう。
泉を出て、またジャングルの中を歩く。
ムポフィを出て、もう4日目だが、まだナイジェリア軍の手掛かりさえ見つからない。
昼の小休止を取っていた所、ドーンと言う銃声が続けざまに2発聞こえた。
距離は約30分ほど、弾の種類は散弾。
雑談をしていた者たちも、まるで息を殺すように静まり返り、目をギラギラされて周囲を警戒する。
しばらくするとパンと言う拳銃の音が同じ方向から聞こえた。
俺の傍で地図を広げて打ち合わせをしていたブラームが、止めを刺したようだと小さく呟いた。
部隊に緊張が走る。
だが俺には腑に落ちない事がある。
それは、銃声が散弾銃とピストルだった事。
普通、部隊は補給の関係上、装備品をある程度揃える。
ハンスを含めた俺たち11人のうち10人はHK416自動小銃を装備し軽機関銃はMINIMが1丁、弾はどちらも共通の5.56x45mm NATO弾。
他にはブラームとモンタナ、俺とハンス、そして衛生兵のメントスがSIG P320拳銃を使うが、これだけが9mmパラベラム弾と、弾の種類が違う。
(※衛生兵は昔ジュネーブ協定で非戦闘員扱いで、武器を装備しない代わりに敵からも故意に攻撃してはならないと言う決まりがあり、戦場では目立つように赤十字のマークをヘルメットと腕章に付けていた。だが衛生兵が居る事により敵兵の生存率が高まるため、これを誤射と称して逆に狙い撃つ状態が多くあり、今では赤十字マークを無くし一般兵と変わらない装備となっている)
反政府勢力やテロ組織と言うのは、普通の軍隊と違って組織の役割分担が明確ではないケースが多い。
明確な役割が無いと言うのは、部隊編成上、攻撃部隊に偏った編成になる。
そうなると、補給は簡単な方が良いに決まっているから、万能自動小銃として優れたAK-47が重宝される。
その中に民兵が入って愛用の猟銃を持って来たとしても、自分の持って来た弾が無くなり次第、補給は受けられず愛用の銃はただの鉄の棒となってしまうから使用されない。
勿論、そういうケースが全くないわけではない。
しかし、今回の銃声は不自然だ。
俺は出発する前に全員を集めた。
「これから銃声のあった場所へ向かうが、何か動いたとしても反射的に撃つことを禁じる。先ず、俺に報告しろ。もしも相手とバッタリ出くわした場合、相手が白人であれば撃つ前に必ずHold up、またはHände hochもしくはフランス語で手を上げろと叫べ」
「おいおい、ならず者相手に降伏を要求するのか?」
「いや、軍曹の言うのは、ならず者じゃあないと言う可能性もあると言う事だよな」
「そう言うことだ」
トーニの質問にモンタナが答えてくれた。
「出発!」
出発の合図を掛けた後、チラッと後方に居るハンスを見ると何も言わずに出発の合図を見ているだけで、意図的なのかそうでないのか俺と目が合うことはなかった。
屹度、試されている。
部隊は直ぐに、銃声のあった傍に到着した。
微かに血の匂いがする。
部隊を散開させて、広範囲に調べる。
ブラームの手が上がり、皆に現在の位置に留まるように指示して、警戒に当たらせボッシュとフランソワを外周エリアの偵察に出した。
そして俺はブラームの傍に行った。
ブラームが仁王立ちの姿勢で下を向いている。
そこには大きな奴が草の中に倒れていたので、衛生兵のメントスを呼んだ。
微かだが、まだ息がある。
「大丈夫か……しっかりしろ。今直ぐ君を治療する」
散弾銃で撃たれ体のあちこちから出血していた。
頭も撃たれているが、これは頭頂部にある顎の筋肉を撃っているので致命傷ではない。恐らく犯人は脳を撃って止めを刺した気になっていたのだろう。
撃たれて転んだ拍子に唇を切ったみたいで血が出ていた。
重傷を負っているくせに、俺たちにまた酷いことをされると思って、全身の筋肉が強張っていた。
俺はポケットからタオルを出して額の汗と唇の血を拭い、まるで野球のグローブのように大きなその手を両手で握りそれに顔を当てて敵意の無いことを伝え落ち着かせた。
しばらくするとメントスがやって来た。
メントス上等兵(衛生兵)
イギリス出身。
身長は170センチ前半と、部隊では小柄な方。
医大へ行くための資金を捻出するために、外人部隊に入っている。