Trick or Treat 後編
カード探しの予選を突破したのは、清夏と颯。それに加え令嬢が二人、夫人が一人、子息が一人。
『では、これで全員のようですね。続いてのゲームはガレット・デ・ロワです!六つに切られたケーキの中の一切れにパンプキンの人形が入っています。では皆様、お好きなものをお取りください』
皆、各々直感でこれだっ、と思うものを手に取る。
清夏は、勝ちはあいつだろうなと妙な確信が頭の中にあった。
こういうゲーム、アイツ強いからな〜。
手に取ったケーキの真ん中辺りをフォークで割る。
「いよっしゃ!!」
パンプキンの人形が入っていたケーキを持っていた人物は──颯だった。
「お前、運ゲー強すぎだぞ」
「俺はカンが鋭いからな〜。こういうのは何となくで選ぶとだいたい当たるんだっ」
「僕は当たらないよ……」
「清夏は運ゲーめっちゃ弱ぇもんな。隠れんぼとか何かを探すゲームは得意なくせに」
「それはお前もだろ……」
清夏と颯がくだらないことをグチグチと言い合っている間に、司会はどんどん進んでいく。
『え〜、今回の勝者はあの方です。おめでとうございます!賞品はナイフです。持ち運びも便利で切れ味も最高!では、お受け取りください!』
颯の元に、箱を持った執事が現れる。蓋を開けると中には細かい意匠が施された一級品のナイフがあった。
颯はすぐさま手に取り、握り心地や使いやすさを見る。
「めっちゃいいじゃん!ちょうどこんくらいのナイフ買おうかなって思ってたところだったんだ。ラッキー」
「そうかい。じゃあ、一旦僕は抜けるよ」
「土産忘れんな」
颯から箱を手渡される。
それを受け取ると、清夏は人混みをぬけ人目のつかないところで犬に変化した。
箱は上手いこと背中に乗せてある。
「さて、行くか」
トコトコとあの場所へ向かって歩き出した。
☆ ☆ ☆ ☆
普段着ているボロボロの服ではなく、ハロウィンに合わせたドレスを着ているグラスは、ココと共に部屋でゆっくりしていた。
ちなみにドレスはお手製である。
「始まったね」
「そうですね。毎年毎年、演出がこっていますよね。けれど二人でここから眺めることが出来るのは、ちょっと得した気分です」
部屋は暗く、けれど外が明るいので部屋の中はよく見える。
テーブルの上には昼の間に作っておいたお菓子と、ココが入れたお茶が用意されていた。
「二人だけのハロウィンパーティー開催!」
ハロウィンパーティと言っても、ただお菓子を食べながら雑談するだけのお茶会だ。
「そういえば、招待されているんでしょうか」
「誰が?」
「それは、セイカ様に決まっています。招待されてたら、ここに顔をお出しになるかもしれませんよ?」
「でも、社交で忙しいでしょうし、そんな余裕はないんじゃないかな」
「……何がなんでも抜け出してきそうですけどね」
「ふふっ」
来てくれたら嬉しい。嬉しいけれども少し困ってしまう。
あの方に会うと、心臓がいつもより少し早くなってキュッとなる。なんだか恥ずかしくて、でも一緒にいたい。
矛盾した気持ちが芽生える。
「すみません、少し席を外しますね」
「うん」
ココがティーポットを持って部屋を出る。急に静かになった部屋では、自分の呼吸音と少し動いた時にきしっと鳴る椅子。中庭から響く声しか聞こえない。
そこにカサカサと草を踏む音がする。
「誰かいるの?」
その問いに返事はなかったが、何となく誰がいるのかわかった。
「清夏、様ですか?」
一拍置いて、返事があった。
「正解だよ。こんばんは」
「こんばんは。招待されていらっしゃったんですね。ココが言った通りになった」
「あの侍女は鋭いですね……」
「よく気が利く、とてもいい子なんですよ」
ふふっとグラスは微笑む。
「お茶会の最中だったかな。お邪魔しちゃったね」
「いえ、大丈夫です」
するとココが戻ってきた。
そして清夏の姿を見ると、ボソッと小さくつぶやいた。
「やっぱり言った通りになった……」
けれど直ぐに切りかえ、新しいカップを用意しお茶を入れる。
「どうぞ」
清夏はひらりと窓から部屋の中に入り、席についてお茶を一口飲む。
「二人だけのお茶会だったんでしょう?僕はすぐにお暇するよ」
「いえ、私は少し用事が出来てしまったので、私の代わりにグラス様とお茶会を楽しんでくださいませんか」
「そう?グラス嬢はいいのかな?」
「私は構いません」
「じゃあお言葉に甘えようかな」
「では、私は失礼します」
ココは扉を閉めずに、部屋を出ていった。
気を使わせたかな……。やはり、あの侍女は鋭い。
清夏は皿に並べられた菓子を手に取る。
「かわいいお菓子たちだね。綺麗なアイシング」
「それは私たちが作ったんです。毎年この日は二人で夜に、作ったお菓子を食べるんです」
「ふーん」
清夏は手に持っていた菓子をまた皿へ戻す。そして、悪戯をするときの子どものような笑みを浮かべる。
サラリとグラスの頬を撫でると、彼女の肩がびくっと控えめに跳ねた。
「じゃあ、食べさせて?」
「ふぇっ?!」
「『Trick or Treat』だよ。お菓子を食べさせてくれなきゃイタズラするよ?どんな意地悪をされたい?」
耳にキスでもしようか。それとも、くすぐり?それよりもっと恥ずかしいことの方がいい?なんて聞くものだから、グラスは恥ずかしくて顔を覆う。
「ダーメ、隠さないで。さあ、どっちを選ぶ?」
「ぅ……」
観念したグラスは恐る恐る皿に手を伸ばし、クッキーを一枚取る。
そしてそれを清夏の方向へ向ける。
「あ、あーん……」
「!」
まさか、あーんってしてくるなんて……。
少し照れくさく思いながらも、クッキーを食べる。それと同時にペロッとグラスの指も舐めた。
「ひゃっ!な、何を」
「クッキーの粉がついてたから、つい」
「つい、ではありません!おやめ下さい!びっくりして心臓が口から出るところでした!」
「ごめんね、お詫びにこちらからもあーん、してあげる」
「っ……」
清夏は颯から受け取った包みをあけ、もともとあったフォークで中のケーキを切り口元へ運ぶ。
「ほら、あーん」
「い、いじわるです。ちゃんとお菓子あげたのに……」
「あーん」
「……っ」
清夏の押しが強い。
グラスは諦めてゆっくりと小さく口を開けた。そこにフォークが入れられたので口を閉じる。
「!美味しい……。タルト?」
「そうだよ。街で有名なケーキ屋の限定商品なんだ。お土産にちょうどいいと思って買ってきたんだよ」
「そんな貴重なもの、私が食べてしまってもよろしいんですか?」
「君に食べてもらうために買ってきたんだから、食べてもらわないと困るなぁ」
「そ、そうですか。では、責任をもって食べさせていただきます」
「はい、召し上がれ」
ぱくっぱくっとグラスはすぐにタルトを平らげてしまった。
「美味しかったです」
「あ」
クリームついてる……。
ちゅっと小さくリップ音がすると同時に口の端に柔らかい何かが当たった。
「??!!」
「いじわるしちゃった。ごめんね」
「むぅ……」
頬を赤くし、口許を抑えながらむくれる。
一矢報いなければ…!
ぽすっという音と共に、温かい温度が清夏の胸にぎゅっと抱きついてきた。
「!」
少し驚いたが、クスッと笑ってグラスの頭を撫でる。
「甘えん坊だね。かわいい」
「……ぅぅ」
自分だけドキドキしてるなんて、なんだか悔しい。赤くなる顔を隠すように、顔を清夏の胸の辺りに押し付ける。
けれど、こうやって誰かにくっつくというのは、誰かの温度を感じるのはとても落ち着く。ゆっくり頭を撫でられているのも相まって、いつの間にかグラスは清夏に抱きついたまま眠ってしまった。
「おやすみ。僕の番」
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