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事件(3)

さて、余談なんですが、N氏の親が私を怒鳴っていた時、私は笑いました。相手が私を真剣に責めている。そしてその私はその責任を多少ながらも感じているのですから、笑うのは失礼ですよね。事実私が笑ったのを見て、全然反省していないのかと思ったのか余計に親御さんたちの反感を買いました。

私がこの状況下で笑った理由は二つあります。一つは強がろうとしたからです。人がまだ猿人とか原人とか呼ばれていた頃の名残というべきでしょうか。弱肉強食の世界では弱みを見せたらそこに付け込まれる。自分の力が優っているのだとわかってしまえば相手をつけあがらせてしまう。これだけ怒鳴られても大丈夫なんだぞと、相手に余裕っぷりを見せつけるために笑いました。しかし口元は笑っていても体はガタガタと震えていたし、弁明を述べようとする声も震えていたので、あまり効果はなかったと思います。要は少しでも見栄を張りたかったわけですが、悪あがきでしたね。

もう一つ笑った理由は嘲笑うとまでは言わないものの、鼻で笑うという表現が近いかもしれません。笑った相手はN氏の親御さんです。これからが大変だぞ、と思いました。先ほど説明した通り私は道中で叱られました。当然周り人はたくさんいたし、何より仲の良かったクラスメイトも一部始終を聞いていました。彼らは一人叱られる私を被害者と認識し、叱っている方を加害者と認識したに違いありません。そしてその加害者を急き立てたのはN氏、ということに必然的になります。つまり非難の的はN氏にも向くというわけです。

おそらくですが、N氏は自分がいじめられているとは一言も言っていないと思います。もしそう言ったのなら親たちの怒りは私だけではないはずです。親御さんたちの性格からしておそらく私とともにN氏から奪ったなどと難癖をつけてI氏も多少は貶めるのではないでしょうか。また私と下校していたクラスメイトの中にはN氏が意気消沈した夕食を共にした人もいました。彼らにも怒りが降り注いでもおかしくありません。私にだけ怒りの矛先が向けられたのは、親御さんが落ち込むN氏に迫り、なんとか聞き出した言葉が私の名前だったからではないでしょうか。もちろんこれはあくまで私の想像で、なんの確証もありません。が、もしN氏がいじめを受けていると本当に言ったのなら、親御さんはもう少しN氏からいじめを受けた経緯など詳しく事情を聞くはずです。最低でも私を問いただすためにN氏に私が誰なのか尋ねるでしょう。しかし母親は集団下校していた私たちを捕まえて、名前を聞いていました。つまり彼らは私の顔を知らなかったのでしょう。おそらくろくにN氏の話を聞くことなく、いっときの感情に任せて突発的に起こしたのでしょう。そしてN氏はそんな彼らを止めることができなかった。彼女の親御さんたちはそういう性格なのかもしれませんね。よくいえば親バカ、悪くいえばモンスターペアレントみたいな感じでしょうか。他人の家庭環境を首をつっこむ道理はありませんが、N氏を不憫に思いました。

被害者意識を向けられた私は、次の日多くの人から慰めの言葉をもらいました。一部始終を見ていたクラスメイト、警察沙汰を目撃した数学の先生、受付の人から事情を聞いたと思われる日本語の先生などです。しかし彼らは肝心のN氏に声をかけることはありませんでした。むしろN氏と中のよかったクラスメイトは全員彼女に敵視や不信感を抱くようになりました。彼女は完全に孤立しました。彼女のあの明るい性格を持ってしても彼女とクラスメイトとの間に開いた穴を埋めることはできませんでした。彼女の真意を上記のように汲んだ私は一人、彼女の側に行きました。その際、クラスメイトから止められそうになりましたが、私はかまわず向かいました。もしかしたら最近I氏にかかりっきりで、N氏との距離が開いてしまったことも原因の一つだと思い、私は前までのようにN氏と仲良くしていこうとしました。おそらくこの時初めてクラスメイトに当時自分が書いていた小説、『瞳に映る未来』を見せました。感想はどうだったか忘れてしまいましたが、N氏が笑ってくれたのを覚えています。

しかし結局彼女はその次の日から学校に来なくなりました。九年生がもう直ぐ終わるという大事な時期で転校して行きました。彼女は小学生の頃からこの学校に通い続けた古株でした。おそらく彼女はこの学校に親しみを感じていたし、たくさん友達もいたと思います。もしかしたらこのままこの学校を卒業して、カナダの大学を目指していたのかもしれません。しかし彼女はそれを全て手放せざるを得なくなりました。N氏は自責の念に狩られたことでしょう。最終的に彼女を悲しませたのは、N氏の親御さんではないかと私は考えています。だからこそ私は彼らを笑ったのです。彼らの一番の失敗は手段を間違えたことです。娘の様子からいじめを勘ぐるのは別に悪いことではないと思います。娘のことを大切に思っているからこその考えだと思います。しかし事実確認としてまずは学校に連絡を取り、学校を仲介して私と相対するべきだったと思います。

十年生になってから一通の手紙が学校経由で私に届きました。差出人はN氏の親。そこには私に迷惑をかけてしまったことへのお詫びが丁重に綴られていました。私は別にN氏やN氏の親のことを憎んでもいませんでしたので、なんとも感じませんでしたが、事情をあまり知らないI氏がその手紙を読むと、これは建前であって本心はこんなこと思っていないと非難していました。まだ怒りが収まっていないようでした。そしてその矛先は相変わらずN氏でした。彼女たちは友人であったはずなのに…。この時私は友情ってこんなにも簡単に崩れ去ってしまうものなんだということを学びました。私はてっきり友情とは相手が悲しんでいる時や不安になっている時、いついかなる時も寄り添ってくれる存在なのだと思っていましたが、この一件からそれは机上の空論なんだと言うことを知り、友情の必要性を問うようになりました。

手紙の最後には「あなたの学業が成功するよう心より願っています」と書かれていました。私の方こそN氏にこう言いたいです。「あの一件でめげずにこれからも頑張ってください」と。あの一件であなたの将来の夢などが儚く散ってしまったのではありませんか。もしそうなら誠に申し訳ない。どう責任をとっていいかもわかりません。心からあなたの成功を祈る。そう願うしか今の私にはできません。

というわけで、私の今までの人生でいちばんの出来事をお伝えしました。皆さんは似たような経験おありですか。よかったらお聞かせください。来週は少し重い話題、死について言及してしました。と言っても死後自分がどこに行くかということではなく、死んでから自分はどう思われたいかについてです。それではまた…

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