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事件(2)

それからしばらく経ったある日のこと。下校は集団下校パターン。N氏は用事があるとかで先に帰りました。集団で下校途中、駅に向かって歩いていた時、右側に道路があるのですが、その脇に一台の車が止まっていました。車種まではわかりませんが、ボディは白く、スポーツカーのように背が低かったので、高級車じゃないでしょうか。その助手席から誰かが出てきて、私たちに向かってこう叫びました。“Are you guys the students of ○×school?”と。全員学校の制服を着ていたので確証はあったでしょうが、一応確認でしょうか。まあ別に答えない理由もないので、”yes”と誰かが答えました。そしてその叫んだ相手に見覚えがあるのか、I氏がその人物の元へと向かいました。その際、こうつぶやきました。「N氏のお母さんだ」と。I氏が急いで駆け寄りましたが、彼女には目も向けず、母親は一人の生徒を指差して、”you, what’s your name?”。これも別に拒否する理由もないし、なんだか相手の形相と声の熱量に押されて答えました。答えると隣の子を指差して、同じ質問を投げかけました。そして最後に私の出番になったとき、”Ok. You, come here!”と呼ばれました。私はとりあえず駆け足で母親の元へ向かいました。母親は、”rest of you, you can go”といって他のクラスメイトに帰るよう命じました。私は後ろを振り向かなかったので知りませんでしたが、どうやら彼らは皆、帰るふりをして少し離れたところで見ていたようです。

さて、周りに私しかいなくなったところで、突然聞かれました。「△×で何がありましたか」と。丁寧な言い方でしたが、言葉のあちらこちらを強めており、だいぶ強く怒っているようでした。△×はこの前クラスメイトと食事をしたレストランの名前でした。私は、こう答えました。「いや、特に何も…ありませんが」と。どうやら、そのレストランから帰って以降、I氏は落ち込んでいるようで、それを見た親がいじめを受けたんじゃないかと思い込んだようでした。学校では普通に明るかったと思いましたが、I氏が落ち込んでいるのは本当だとしてもいじめは事実無根でした。しかし相手の怒りは収まらず私を怒鳴り続けました。どうして私だけなんだと思いました。集団下校の中には青の時出席していた人がわたし以外にもいました。が、とりあえずこの場を収める一番有効で手取り早い方法は謝ることでした。「私は気づかなかったようですが、何か娘さんが私の何かで気分を害したようでしたら、謝ります、ごめんなさい」とこんな返答をしました。しかし収拾はつきませんでした。相手はこちらを萎縮させるほどの威圧感を見せつける大人、大してこちらは普通の中学生。力不足でした。しばらくして母親が、「じゃあ他の子にも聞いて見ましょうといってきました」。しかし私はてっきり彼らは帰ったと思っていたので、「でももういないんじゃ…」と答えました。それを聞いて母親は「本当にそう思ってるの?」といって、後ろを指差しました。私はここでようやく彼らがまだいたことを知りました。私なら帰っていいと言われたら、素直に帰る薄情なものなので、正直ここまで仲間思いだったことに驚きました。しかし私に非があると思っている母親の前に他のクラスメイトを連れて弁解させてもらうのは申し訳ないと、謎の理論が働き、私は彼らに帰るよう言いました。その時発した声が以上に震えていたのを私自身わかっていました。

母親が聞きたかったのは、詫びの言葉ではなく、なぜいじめたかということだったようです。しかしそんなことなかったと言うしかありません。なぜならそれが事実なんですから。しかし母親は聞く耳を持ちませんでした。拉致があかないと感じたのか、車の運転席から父親が出てきて、会話に割って入ってきました。よく見ると車の中にはまだ誰か乗っていました。後部座席はスモークガラスで誰だか識別はできませんでしたが、明らかに三人乗っていました。おそらくN氏をはじめとした子供達でしょう。N氏は三兄弟で、上に同じ学校に通う姉がいて、下に弟がいます。スモークガラスのせいでよく見えませんでしたが、一人だけ俯いて肩を震わせている子がいました。おそらくそれがN氏だったのではと思います。確かに彼女は落ち込んでいるおろか、泣いていました。

さて、回答を渋っているように思った親御さんたちは苛立ち始め、より一層言葉がきつくなりました。その時です。私は一つの発言を耳にして驚きました。「大丈夫よ、お父さん。こっちには弁護士がついているんだから」と母親が言いました。なんと、顧問弁護士がついているのか。そんなのドラマの中でしか知らないぞ。それだけ彼らは権力持っているのか。さすがうちの学校に通う生徒はボンボンばかりだ。と、改めて当時通っていた学校の格式が高いことに感心してしまいました。

さて私は二人の説教にもう耐えるほかありませんでした。当時の私は中学生。相手は大の大人二人。その二人から度重なる怒号を浴びせられました。ましては私はN氏の親御さんとは初対面だったので余計に恐怖感じました。もともと反抗意思が薄い私は反論する気力を完全に失っていました。そうして仲介に入ったのはなんとおまわりさんでした。どうやら周りで一部始終を見ていた通行人が通報したようでした。それほどまでに彼らの怒鳴り声は注目を集めていたのでしょう。お巡りさんが私と親御さんたちの間に割って入り、私を遠ざけて事情を聴き始めました。ようやく解放されましたが、いまだに肩や声は震えています。親御さんたちは警察にも動じず、事情聴取を受けていました。その間私は少し離れたところで静かに座っていました。隣には学校の受付の人がいて、慰めてくれました。帰宅途中だった、覚えが悪い私に数学を一生懸命教えてくれた数学先生も立ち止まり、一言声をかけてくれました。

パニックで気が動転していた私はようやく落ち着き、頭が回り始めました。よく見ると空はすでに暗くなっていました。街灯に明かりがつき始めていました。いったいどのくらい経ったのだろうとふと腕時計を見ると、一時間ほどでした。そして私は急いで自分の親に「少し遅れて帰ります」と連絡を入れました。その後、おまわりさんと学校関係者がN氏と話し合い、そして私からも事情を聞くと、ようやくその場が収まりました。流石にN氏との会話の内容は聞こえませんでしたが、泣きじゃくっていたのは確かです。しかし私はなんとなく親御がこのような行動に出た原因に心当たりがありました。

疲労を抱えながら帰宅すると、当然事情を聞かれました。私は家族にはI氏との関係を伏せていましたが、今回の一件を話すにはI氏との関係は必要不可欠。私は打ち明けました。親からの言葉はこうでした。「まあこっちに非がないんだったら別にいいんじゃない」。いや、親であったら少しは子供を慰めて欲しいとその寛大な処置に一瞬戸惑いました。別に自分たちが介入しなくても解決できるだろう、子供に託すということでしょうか。何より思春期の子供の恋愛事情からのいざこざだから邪魔したくないという、要らぬ優しさでしょうか。放任主義ってやつでしょうか。普段なら嫌なことなど寝てしまえば次の日には忘れてしまう私ですが、今回の一件は粘り強く、度々その時の記憶を思い起こさせました。だいぶ薄れましたが、今でも少し思い出すことがあります。トラウマってやつですかね。

次の日、私は日本語の先生と対面で話をしました。おまわりさん、私の親、そして日本語の先生が出した結論、すなわちなぜこの事件は起こったのか。それはN氏が私に恋心を抱いていて、でも私の口から私はI氏に告白したと告げられ、落ち込んだ。それを心配した親御がいじめを受けているのだと勘違いし、元凶である私に迫ったということでした。私も同意見でした。

まだ知識や経験が浅く、行動力や思考力が成熟しきっていない、自立心も欠け、頼れるのが親である中学生であればこんなことも起きるのでしょうか。ただこれが真実かどうかはわかりません。当のN氏本人からは何も語られませんでした。しかしもしこれが本当ならもそもそも私が必要以上に親密にならずN氏と接触していればこんなことにはならなかったのではないか。あのレストランの時に私がI氏に告白したことを吐かなければよかったのではないか。そう思うと、やはりことの発端は私にあるようですね。その節は大変ご迷惑をおかけしました。

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