恋愛 (2)
ようやく自分の練りに練った計画が成功したと私は内心大いに喜びました。それ以外にも自分の本心に素直になれたこと、自分にも好きな人ができたこと、色々な嬉しさが入り混じ合いました。次の日の朝、彼女と出くわした時、いつものように挨拶をすると、いつものようにI氏も返してきました。その日の学校生活は普段通り、何の変化もなく終了したので、本当に恋人同士になったのかと少し不安になりました。しかしその日の十分間の下校の時は明らかにいつと違っていました。動揺してると言いましょうか、気まずいという感じでした。するとI氏が言い出しました。“昨日の件、本当にいいの”と。私は頷きました。するとI氏は“ありがとう、嬉しい”と静かに呟き、笑ったのを覚えています。それ以上この話題は表に出ることなく、その日は終了しました。もしかしたらこれ以外に色々と話したのかもしれませんが、ここの場面が印象的だったので、他にどんなことを話したのか覚えていません。もしかしたらそれ以降ずっと黙りっぱなしだったのかもしれません。
みなさんが気になるのかはさておき、I氏の何に惹かれたのか。それはすでに連載を終えた『天災・比翼連理』で述べています。主人公の湊が芽衣の父親に彼女のどんなところが好きなのかと聞き、返した三つの好きな人の条件を提示したのを覚えていますか。一つ、頼れる存在であること、一つ、共通する話題があること、そしてもう一つが羨ましく思える存在であること。一番目と三番目は物語と同じです。正直一と三の条件を満たす女性はこれまでたくさんいました。言うなればI氏は学業優秀でスポーツも万能。スポーツは私に致命的な落ち度があり、彼女の勇姿を見ていると誇らしく思えました。勉強の場合、彼女は理系で私は文系と互いの弱点を補い、教え合える存在でもあったと自分では思っています。自分でも驚いたのが、今まで別に一人ぼっちでもなんとも思わなかった自分が、いつからか一人でいると寂しいと思うようになっていました。そして寂しいと本能的に感じると、いつの間にかI氏のそばに身を寄せていました。心の拠り所ってやつですかね。I氏の方も私が感情が薄いことをいいことに、帰り道でよく私に愚痴をこぼしていました。私は基本他人のことに興味はないので、愚痴をこぼされてもなんとも思っておらずただ静かに聞き耳を立てていたにすぎませんが、彼女はそれで日頃の鬱憤を晴らせていたようでした。果たしてこれが私の理想としている持ちつ持たれつの関係なのかは、いささか疑問に残りますね。
なにわともあれ、憧れ、頼るの条件は案外多くの女性に対し果たしていると実感していました。問題は共通の話題です。これまで私の趣味嗜好にあった女性に巡り合ったことはなかったのですが、I氏はそれを満たしていました。それが歴史です。私は戦国、彼女は幕末と時代は違えど同じ歴史好きとして意気投合しました。互いに自分の知っていることを言い合い、自慢しあった。特に当時の私は戦国時代の話になると人が変わったように熱弁する質でしたが、それを熱心に聞いてくれる人は彼女を置いて他にいませんでした。
I氏から私に対する気持ちを話してもらったことはありません。私のことをどう思っているのかと聞いても恥ずかしがってはぐらかされました。まあですが、言わなければいけないことは必ずはっきりと言う子なので、わざわざ何も言わなかったとこを見るとおそらく彼女も同じ気持ちなのだろうと勝手に察しました。こう言った男女の関係はいずれ周りの人たちにもわかってくるものです。周りは思春期真っ盛りの若者たち、こういったことには目がありません。特別I氏と積極的に接しているという意識はありませんでしたが、周りは男女間の関係には敏感でした。どうやら私たちが頻繁に目配せをしていたり、何気なく挨拶をしているところから見抜いたらしい。少し彼らの私たちを見る目が気になりました。彼らは我々に言及するわけではなく、少し離れたところで見守る形を取っていました。基本的に積極性に欠ける性格をしている我々に取ってはそれはよかったのかなと思います。
何はともあれ、告白した時にはもうすでに二月の後半で学校が終わるまで後二ヶ月ほどしかなかったので、特別何かしたと言うわけでもなく、相変わらず下校の十分間の時だけを二人だけで何気ない会話をするに止まり、九年生は終えました。しかしそれでも相手が私に話しかけたり、相手に要件がない限り、話をしないと言うのが上海時代からの習慣のようになっていたので、ほんの十分間でも人と何気ない雑談をするというのは私の中で確実に何かが変わったことを意味していました。
もう一度言いますが私は自分から話しかけると言うことはほとんどありません。学校の人と学校外で話すのは特にためらいます。そのため学校が終わり、夏休みに入ると私は完全に黙り込みます。もちろんクラスメイトと連絡先は交換していますが、私から誰かに連絡するということはほぼありません。学校のこと以外で一体何を話せばいいのかわからないのです。用もないのに連絡を取るのは失礼ではないかと思ってしまいます。そしてそれはI氏に対しても同じでした。こういう時に限って寂しいという気持ちは湧きませんでした。孤独さよりも何を反せばいいかわからないという不安や困惑が勝手しまっていました。I氏も私と似ていてSNSのようなものをほとんどやりません。そのため夏休み中、特に要件もない私たちは一切の言葉を交わすことはありませんでした。




