修学旅行
広州時代の大きな出来事といえば題名にもある通り修学旅行でしょう。六年生と七年生それぞれで修学旅行に行きました。これまで修学旅行を経験したことのない私は楽しみでもあり、不安でもありました。日本の学校の修学旅行がどういうものなのか私は知りませんが、おそらくこの時の修学旅行は少し変わっていたと思います。
六年生の場合、九月の終わり、未だにクラスメイトと馴染めない中行きました。期間は確か四泊五日だったと思います。場所はタイ・バンコク。さすがインターというべきでしょうか、修学旅行先は海外でした。もちろん飛行機が初めてというわけではありませんでしたが、これまで家族としか乗ったことのない飛行機、それも未だ上陸したことのない見知らぬ地なので、不安はありました。一日一日何したかまでは覚えていませんが、プーケットにいったり、象を見にいったり、お寺を散策したり、伝統工芸品作りを体験したり、タイ料理を味わったりしました。広州よりも若干南に位置していたこともあり、九月にも関わらず暑かったのを覚えています。
山登りの最中に足を踏み外して谷底に落ちそうになったのを担任の教師に助けられたという経験もしました。今でこそこのように軽く遇らえられるが、おそらく担任が助けてなければ確実に死んでいたと思います。あの気ままでマイペースな担任は命の恩人なのです。確か片目が痒くて目を掻いていたら、バランスを崩して落ちたんだと思います。自分の死を目の前にして叫ぶ暇もなく、気づいたら落ちていました。しかし頭は空っぽでも体は反射的に手を伸ばして助けを求めていました。今考えてみると非常に興味深いです。生物の本能的に生きることへの貪欲さを目の当たりにした瞬間だったと思います。
宿泊先は薄暗いペンション。一部屋に二段ベッドが二つある。その部屋が三つ、合計十二人で過ごしました。クーラーがなかったのもそうだが、何より虫が大量にいたり、湿気のせいかシーツや掛け布団が異様に湿っていたのを覚えています。居心地ははっきりいって悪かったです。しかしそれ以外のこと、観光や食事などはよかったと思います。さすが東南アジアというべきでしょうか、料理にはほとんどココナッツやパクチーが入っていて苦手な人は苦手だろうと思いますが、私は別に食べれないほど苦手ではなかったです。現地のガイドさんに簡単な挨拶も教わりました。こんにちはとありがとう、もうほとんど覚えていませんが、確か女性と男性で語尾が違ったのを覚えています。他にも支給されたタイの通貨であるバーツを持ち帰り、記念にとっておきました。そのような修学旅行が六年生の時でありました。
修学旅行というのは毎年行くものではないのか。よく日本の学園アニメを見ていると中学校では中二もしくは中三で、高校でも高二に一度きりで毎年行っている描写はない。日本の学校というものはそういうものなのかと疑問に思いました。まあしかしインターは基本毎年行われる。七年生の時の修学旅行先は香港でした。中国本土と区別されることが多い香港は言うなれば外国です。しかしその時は観光名所を巡るというよりは自然を体感するに近かったです。ちょっとした山の上のキャンプ場のような場所でテント生活。トレッキングにカヤッキングといったアクティビティを堪能しました。初めてのテント生活、道中も舗装されていない山道を歩くので、みんな大きな山登りにでも行くようなリュックを担いでいました。寝袋持参で泊まったテントはやはり地面に近いため、人の歩く足音が直に響きました。骨伝導と言うべきでしょうか。
ご飯は生徒たちが協力して料理しました。まあ、まずくはなかったがベジタリアンや宗教上の問題で食べるものが制限されている人たちにとっては辛かったと思います。何より公衆トイレのような場所でなぜか水しか出ないシャワーをみんなで浴びるため、素肌を見せてはならないイスラム教の人たちにとっては不愉快きわまりなかったと思います。幸いイスラム教徒はうちの学年にはいませんでしたが、それでも赤の他人に素肌を見せるのを嫌っている人は何人かいました。それこそためらいなくシャワーを浴びたていたのは温泉の文化がある日本人ぐらいでした。
そんな香港の修学旅行は虫刺されにより被害はもちろん、毎日太陽の下で活動していたためひどい日焼けや軽い脱水症状を発症するものもいた。私にとって何より辛かったのがスイミングでした。島から島へ泳いで渡れという泳げないものにとっては地獄のアクテビティ。もちろん安全のためライフジャケットは着ていました。私はカナヅチではありませんが、泳ぐのは下手です。何より体力がないので島を渡りきることなど不可能でした。最初はみんなと海の光景を堪能していました。私はこの時が初めての海だったので興奮しました。すぐそばにサンゴ礁があり、小さい魚があちらこちらに泳いでいました。途中潜って岸壁にひっついていたウニとったりと楽しんでいましたが、途中から泳ぎ疲れて泳ぐのをやめてしまいました。クラスメイトとはどんどん離されました。頑張って追いつこうとするが途中で諦めました。ライフジャケットを着てるので沈むことはありませんでしたが、波に身を任せていて漂流状態でした。途中潮の流れのせいかどんどんと集団から話される体験もしました。ちょっとした孤独、人の声が薄れて波の音しか聞こえない状況に陥りました。しかしまあ後ろから生徒全体を見渡していた現地のガイドに励まされ、一生懸命泳がされました。最終的にはそのガイドにライフジャケットを引っ張られ、私はただただそれに身をまかせる始末となりました。情けないとは思いませんでした。恐怖はありませんでしたが、異常に疲れたのを覚えています。
これが七年生の修学旅行の思い出です。正直楽しい思い出といえば夜にキャンプファイアをしたぐらいのインドア派の私にとっては辛辣な経験でした。




