卒業式(3)
会場に入ったのは開始時刻の十分ほど前、すでに親御さんたちは着席しています。後ろの扉が一つ開いて、一列に並んで親に囲まれた通路を通っていきます。先頭は博士号を修了した四人。彼らは通路を通るとそのまま壇上に上がりました。我々学士号は客席の指定された自分の席の前で立ち続けます。客席は各列に四十人ほど座れたと思われます。続けて学科の教授たちが次々と入場してきます。全員参加というわけではなく、来れる人という感じだと思います。私が見覚えのある教授はわずかに一人。一年生の時に取った伝承や未確認生物の授業の教授だけでした。数は二十人を超えていて、それぞれ卒業した大学のガウンを着ていました。我々のように学士号のものもいれば博士号のものを着ている人もいました。最後に校長や教養学部の長などお偉いさん方も壇上に上がりました。
着席の合図がなされてようやく席に着くと、まずは前にも話した土地を利用させてもらっている先住民らに対する謝辞から始まり、我々卒業生の努力と研鑽の日々を語ります。血の滲むような努力を積み重ね、見事全ての過程を修了したと我々へ祝福の言葉を述べます。これからは在学生ではなく、卒業生として学校との関係性は継続されていくことを切に願う、のようなことも語られました。カナダの国歌も歌いました。カナディアン時代にもカナダの国歌を聞いたことはあったのですが、生憎歌詞を覚えていませんでした。この際生徒は起立を命じられましたが、中には座り続け、国歌を断固として歌おうとしない生徒がところどころに見られました。カナダを嫌っているのか、それとも過去に自分達の祖先が虐げられのか分かりませんが、とにかく自分達は国歌を歌わないという意思表示だったと思います。まあ、かくいう私も歌詞もリズムもうろ覚えでしたし、カナダ人でも無いので心から歌うことは致しませんでした。最後にこの大学を卒業したことを誇りに思い、今後の人生も引き続き幸運があらんことをのような言葉を述べて、拍手喝采。途中で我が校がいかに伝統ある格式高い名門校であるかを述べているときに一人の生徒がそれは偽善だと抗議しました。静寂を打ち破りましたが、校長は構わず続けました。おそらくですがパレスチナ・イスラエル戦争に関することだと思われます。これは我が校のみならずカナダ全体で起きていることらしいのですが、親パレスチナ派のデモ運動がこれを書いている現在、進行中です。生憎私はニュースを見ていませんし、現在の世界情勢に全く興味もなく、またこれらの国の過去のいざこざも学んだことがないので、詳しい内容は知りません。
一通り話終わるといよいよ生徒たちの番です。まず首席卒業の生徒のスピーチがあり、その後でまずは博士号たちの紹介、名前と何を研究していたかを発表され、生徒の首にローブのようなものを掛けるという儀式が行われた後、学士号の生徒が次々と壇上に上がります。一列目から席を立ち、脇に避けます。まず証明書を持った状態でその場で記念写真を撮ります。その後脇の階段から壇上に上がり、振り向いて二枚目。そして名前が告げられると同時に博士号持ちの方々の前を横断し、教養学部のトップに挨拶し、そして校長に握手をし、最後はツーショット。その後は壇上を降りて自分の席に戻るという流れでした。壇上の中央の壁にはプロジェクターがあり、名前を呼ばれるたびにその生徒が壇上を横切る様子が映し出されます。ここでさすが欧米人というべきでしょうか、友人か家族の誰かがお目当ての生徒の名前が呼ばれるたびに拍手だけでなく、声を上げたり、指笛を鳴らしたりして卒業を讃えます。私の名前が呼ばれた時は、もちろん何も起こりませんでした。ところで名前といえば以前自分の名前が言いずらいことを話したと思います。欧米人にとって特にアジア系やアフリカ系の名前は呼びづらく、事前に自分の名前の発音の仕方を伝えることができましたが、私は何も伝えませんでした。私の名前を聞いた両親はやはり、日本人が発音する私の名前と違っていたと話していました。
余談ですが、写真を撮る段階で証明書ではなく、パレスチナの旗を大きく広げる人がいました。また、彼らの中にはお偉いさんの挨拶や握手を拒む人もいました。さすが集団の一部に溶け込むことが美徳とされる日本とは違い、個人が尊重される欧米諸国。たとえそのような生徒がいたとしても咎めることはありませんでした。日本なら、空気を読めと一喝されそうですが。そもそも感動を覚える卒業式の雰囲気を壊してまで、私は祖国を思いはしないでしょう。旗を掲げて他国の人々の同情を引くつもりでしょうか、遠い祖国がどのような現状にあるのかを訴えるためでしょうか。正直私にとっては理解の外です。日本が戦争になったからどうした。家族がそこに暮らしているからと言って全力で日本を擁護するつもりはありません。日本が滅びたからと言ってあまり気にしないでしょう。ましてや敵国に加担している国々を批判したりなどもってのほかです。この世の理に身を任せる。他力本願が私の信条です。どうせ私が何もせずとも、思想の異なる過激派はどの時代、どの世界にも必ずいます。彼らが有無も言わずに立ち上がるでしょう。また周りからの応援があろうがなかろうが、戦況を覆すような事態にはならないでしょう。我々が誠心誠意どれだけ声を荒げようが、負ける時は負けるのです。ましてやこんな遠い国からなら尚更です。労力の無駄です。私はどちらかといえば戦争を起こそうが起こされようが、祖国を恨む方がありえると思います。なんせ、戦争が起こって仕舞えば第三者の国々はどちらの国民も野蛮人で荒くれ者だという根も葉もない噂が広まり、それはその国籍を持っている私にも飛び火するでしょうから。良い迷惑です。
まあ何はともあれこうして二時間にわたる卒業式はつつがなく終了し、開始とは正反対に、最後に入ったものから会場を後にします。すなわち教授たちから。この時新たに加わった博士らも一緒に退場し、続けて我々でした。会場を出るとすぐに親御さんも出てくるので周りは人でごった返します。私はいち早く群衆を抜け、離れたところで親が出てくるのを待っていました。それからは家族写真を撮ったり、借りたガウンを返すなどして全ての工程が終了しました。ガウンは返したものの、帽子は記念として持ち帰るよう言われましたので、私は卒業証書と共に親に日本に持って帰るよう渡しました。手元に置いておいても使い道がないですから。
というわけで私は学士号持ちとなり、現在は教育学部で教育実習生としてあと一年、いえこれを書いている段階ではあと半年ほど同じ大学に在籍予定です。
来週は夏休み中に取り組んだことを紹介します。




