卒業式(2)
前回述べたような経緯を経ての今回の大学卒業、一生に一度なのかもしれませんが、私はこれから後一年教育学部に在籍するので、こちらも修了すればもう一度卒業式があるのではと睨んでいます。欧米の卒業式だと日本と比べてやたら騒がしく、大盛況な印象をお持ちではありませんか。私もそれを想像していましたので、全く心待ちにしていませんでした。本当は出席もしたくなかったのですが、親が来るということでしたので、辞退する権利は私にはありませんでした。私の記憶が正しければ、幼稚園は両親、五年生も両親、六年生は母親だけで、今回も両親ともどもの参列です。
率直に申し上げてやはり規模がこれまでと違いました。まずはなんと言っても出席人数です。卒業式は六日間に渡って行われました。これだけでも私の中では異例だったのですが、一日一回ではなく、一日四回ありました。午前八時から午後六時まで、各回二時間もあります。すなわちそれだけ卒業生がいたことになります。州一番の在校生を抱えるマンモス大学は伊達じゃありませんね。各回は基本的に学部や学科で分かれており、私の組みは教養学部の社会科系の学科全ての卒業生が同席していました。私の組みは他のと比べて多い方で総勢403人いました。ちなみに各生徒数字が与えられ、私は279番でした。一年間の卒業生がどれだけいるのか知りませんが、一回の式で平均300人出席するとなると延べ7200人もの卒業生がいることになります。一回にそれだけの卒業生が集まるんですから、当然会場も大規模、コンサートホールのような場所で行われ、調べたところによると1300人ほど収容できるそうです。
さて、卒業式は結構緻密に計画されているようで、生徒には細かい指示書きが用意されていました。まず生徒は開催される一時間半前に近くの広場に集合、そこで事前予約したガウンと帽子を着用します。ガウンはてっきり羽織るもの、または頭から被るものだと思っていましたが、ファスナーがついており、普通の洋服のように腕を通して着ました。角帽には前後ろがあり、頂点ついている紐は左側に垂らすよう言われました。何か意味があるのかもしれません。またその広場で卒業証明書も受け取ります。その後は時間が来るまで列に並んで待っています。列というのは先ほど私が言った番号順です。ただ一列に並ぶのではなく、何分割かされていました。
この番号が重要で、これが式場に入る順番、そして壇上に上がる順番となります。私の推測が正しければこれは苗字のアルファベット順でした。しかしそれだけではありません。私の苗字はアルファベット順ですと比較的前の方になります。それなのに403分の279は少し後ろ過ぎます。実は学部もアルファベット順に並んでおり、その学科専攻の生徒の苗字がアルファベット順に並んでいるのでした。ちょっと分かりづらいですね。例えば私がこれまで取った授業、HIST、ANTH、GEOG、SOCI、POLI、AMNE、などありますが、これらをまずアルファベット順に並べると、ANTH、AMNE、GEOGと来てHISTとなります。各学科専攻の生徒をひとまとまりにしてそれのラストネームもアルファベット順にする。一つの学科のZの人が終われば次の学科のまたAの人から。という具合でした。HISTはアルファベット表記すると前の方ですが、社会科系の学科は案外H以前から始まる学科が多いのでしょう。同じ学科でひとまとまりされているわけですから、周りは顔見知りだらけだったのでしょう。私も数人の顔は見覚えがありましたが、わざわざ話すほどでもないと終始黙り込んでいました。
人が多い式典で嫌なのはこれです。別に省かれていることに嫌気が差すわけではありません。逆にほっといてくれた方が気が楽です。ただ周りがやたらうるさい中で一人静かにしている状況にうんざりします。皆さんも相手がやたら活気あふれる人物だと気疲れしませんか。全員静かに待っていればいいのにとしばしば思いました。卒業できたことがそんなに嬉しいでしょうか。四年の大学生活の中、単位を落としそうになったこと、ましてや卒業できないかもと不安に駆られたことなどは一度もありませんでした。海外の大学は卒業するのが難しいと小耳に挟みましたが、死ぬ気で努力せずとも卒業はできました。それともご所望だったのは首席卒業でしたか。それでしたら確かに寝る間も惜しまず勉強に明け暮れているべきなのかもしれませんが、生憎私の志は単に卒業だけでしたので、物足りないとは言いませんが、長年の努力が身を結んだと感動するほど喜ばしいものでもないと感じました。
さて、私は歴史学科の学士号持ちですが、その広場にはその学科の博士課程を修了した人もいました。私の組みでは四人でした。おそらくそれは大学の色を表しているようで詳しくは説明できませんが、彼らのガウンは我々のものとは大きく異なり、一言で言えば煌びやかでした。彼らは最初に表彰されるので列の先頭に立っていました。
卒業生一向は式が始まる三十分ほど前に広場を出発し、一列に並んで会場を目指します。集団意識の強い日本では一般的ですが、インターに入ってからはあまり一列に並ぶという習慣はなかったので、少々懐かしい気もしました。そして会場に入る、と思いきや直前で少し待ちぼうけを食らいました。その理由は会場に大きな荷物は持って入れないので、案内役数人が生徒一人一人の荷物を確認し、大きいと判断されたものは預かり、代わりに番号札を渡し回っていたからでした。コンサートホールのウェブサイトおよび大学からのメールなどに式にはなるべく手ぶらで来るよう書いてあったので、私も携帯と家の鍵やIDカードが入った財布以外は持って来ませんでしたが、当然その注意書きを見落とすか無視するかで持ってきていた人たちが何人かいました。私は寮住まいなのでそれも可能でしたが、家が遠ければ荷物が多くなるのも納得できます。しかしながらカナダの夏は全体的に日差しが強く、その真下でガウンを着込んでの待機はなかなかに苦痛でした。
来週はいよいよ開会式です。というより来週で卒業式の件は完結します。




