真実は人の数だけあるが、事実は常に一つしかない
「えぇ? 本当に盗まれちゃったの?」
「…………まあな」
その日の昼。困惑した表情で言うティアに、軽くそっぽを向きながら師匠が言葉を濁す。剣を盗まれたこと自体は割とどうでもいいらしいが、あんな話をした後ですぐに盗まれたというのは流石にばつが悪いようだ。
「チッ! いいんだよそんなこと! どうせすぐ捕まるだろうし、盗みそうな奴にちょいと心当たりもあるからな」
「盗みそうな人に心当たりがあったのに、何もしなかったの……?」
「うるせぇうるせぇ! いいったらいいんだよ! おらエド、さっさと飯食ったら続きやれ!」
「は、はい!」
割と理不尽に怒鳴られて、俺は大急ぎで昼食を口に詰め込んでいく。するとそんな俺の手に、そっとティアが触れてきた。
『ねえ、剣が盗まれるってこと、エドは知ってたの?』
『いや、知らなかった』
ティアの「二人だけの秘密」なら、物を食いながらでも普通に会話できる。そして一周目において、剣が盗まれたという話を聞いたことはない。
もっとも、それは単に俺が知らない間に師匠が問題を片付けてしまったという可能性を否定するものではないので、流れが変わって盗まれたのかはわかんねーわけだが……
『ならどうするの? 私の方でも探してみましょうか?』
『んー……いや、余計なことはしなくてもいいと思うぜ。盗まれたのも別に特別な剣とかじゃなくごく普通に店で売ってた品物だし、ここは町の衛兵に任せておけばいい。師匠に盗んだ相手の心当たりがあるなら、下手なことしてこじれさせる方が嫌だしな』
『そう。わかったわ』
俺の手からティアの手が離れていき、代わりに二人で顔を見合わせた瞬間、ひときわ高くカーンという鉄を打つ音が響く。背中を向けた師匠の無言の訴えに苦笑しつつもその日は何事も無く終わり……そして五日後。言葉通り早々に犯人が捕まったということで、俺と師匠は町の詰め所へと足を運んでいた。
「やっぱりテメーだったか」
「……………………」
冷たい鉄格子の向こうにいたのは、初日に師匠と言い争いをしていた自称勇者の男だった。対面する俺達の横では、衛兵の男が申し訳なそうな顔をしている。
「ご足労いただいて申し訳ありません、ドルトンさん。今回はただのこそ泥と同じ扱いにするわけにもいかなくて……」
「ああ、構わねーよ。で、だ。久しぶりだな、勇者様よぉ?」
「……やっぱり?」
うつむいていた勇者が、低い声でそう言いながら顔を上げる。その目は憎悪に血走っており、互いを隔てる鉄の棒を掴んで大声で叫ぶ。
「やっぱりって何だ!? まともな武器を渡さなきゃ、俺がアンタの武器を盗むってわかってたってことか!? そうまでして勇者である俺を貶めたいのか!?」
「おいおい、随分と人聞きの悪いことを言うじゃねーか。何で俺がそんなことをしなきゃならねーんだ?」
「そんなこと知るか! アンタが約定に従ってまともな武器をよこせば、それですんだ話だろうが! くそっ、くそっ! 違うだろ! 本来なら俺がそっち側で、国との約束を破ったアンタがこっち側だろうが!」
「ハァ……なあ衛兵さんよ、コイツはどうやって捕まったんだ?」
騒ぐ勇者を無視して、師匠が頭をかきながら衛兵に問いかける。
「えーっと……盗んだ剣を研ぎに出したみたいですね。店から通報が入ったんでコイツが剣を取りに来るのに合わせて取り押さえたようです」
「そうか。ってことはテメー、俺の店から盗んだ剣を使ったんだろ? どうだった?」
「はぁ!? 糞みたいななまくらだったよ! 何だあの剣、使いづらいったらなかったぜ! ああ、そうか。アンタ実際には大した腕は無いんだな? だからそれがばれないように剣を打たなかったってわけか!
おい衛兵! 今すぐ俺をここから出せ! そうじゃないならアクトル王国に連絡して、この男が希代の詐欺師だって伝えてくれ!」
「馬鹿言うな! ドルトンさんが詐欺師なわけないだろうが!」
「アンタまでこいつの肩を持つのか!? って、まさかこの町包みで世界中を騙してるのか!? ふざけるな! 世界が一丸となって魔王と戦っているってのに、我が身可愛さで人類を裏切るっていうのか!?」
「……………………」
苦渋に満ちた表情をする衛兵に、勇者はひたすら食ってかかる。その様子に大きくため息をついた師匠が、改めて衛兵に話しかけた。
「衛兵さんよ、コイツが盗んだ剣はどこにあるんだ? できれば今すぐ持ってきてくれねーか?」
「あ、はい。今持ってきます」
言って、部屋の奥に行った衛兵がすぐに剣を一本持ってくる。師匠はそれを受け取ると、徐に俺に手渡してきた。
「おい、エド。ちょっとこの剣見てみろ」
「へ? はい…………うわぁ」
渡された剣を見て、俺は思わずうなり声をあげる。なるほどこれは、なまくらと言われても仕方が無い出来だ。
「おいアンタ! そんな声出すならアンタにだってそれが酷い出来だってわかったってことだろ!? なら一緒に掛け合ってくれ!」
「いや、まあ、それは……酷いっていうか、たちが悪いっていうか……」
「ガッハッハ! じゃあエド、その剣でそこの鉄格子を切れ。テメーならできるだろ?」
「なっ!? ちょっ、ドルトンさん!?」
「わりーな衛兵さんよ。責任は全部俺がとるから、ちょいと付き合ってくれ」
「えっと……いいんですか?」
「よくはない。まったくよくはないんだが……ドルトンさんが言うなら、信じよう」
問う俺に、衛兵がこれ以上無いしかめっ面でそう答える。え、マジで切っていいのか? てか、切らなきゃ駄目な流れなのか?
「おい、アンタ。ちょっと下がってろ」
「で、できるわけない! そんななまくらで、鉄格子を切るなんて…………」
声を震わせながら、それでも勇者が鉄格子から数歩離れる。それに合わせて師匠と衛兵も俺のそばから離れたのを確認し、俺は剣を抜いて構える。
「んじゃ、いきますよ…………フッ!」
短く息を吐き、力強く踏み込んで剣を斜めに振り下ろす。一度かけたであろう刃の研ぎが甘かったせいかいくらか引っかかりを感じたものの、問題なく剣は鉄格子を切り裂く。
そうして癖は掴んだのでそのまま更に横一閃。するとゴトゴトと音を立てて、切れた鉄格子が三本ほど床に落ちていった。
「流石ドルトンさんの剣ですね。凄い切れ味だ」
「馬鹿な!? あり得ない! 俺が使った時はロックタートルの甲羅どころか皮膚だってまともに切れなかったのに、どうして鉄が切れるんだよ!?」
「エド、その剣使ってみてどうだった?」
衛兵と勇者、対照的な二人の意見をそのままに腕組みした師匠に問われ、俺は改めて手にした剣を見ながら答える。
「切れ味と耐久性を両立させるためなんだと思いますけど、これちゃんと切れる範囲がめちゃくちゃ狭いですね。よっぽどの腕が無きゃただの鉄の棒ですよ」
そう、この剣は完璧に刃筋を立てないとほぼ切れない。腕さえあれば名剣と呼ばれる能力こそあるものの、大多数の人にとっては「剣の形をした鉄の棒」でしかないというなんとも困った一本なのだ。
「そういうこった。俺の打つ剣は人を選ぶ。なかでもコイツはとびきりだ。で、勇者様よぉ、テメーの腕はまだそんな尖らせる段階にはねーんだよ。
だからテメーにゃ数打ちの……誰でも使える、誰にでも使いやすい剣を売ってやったんだ。テメー専用に打ったとしても、正直同じような剣ができるだけだからな。
あと一〇年、真面目に剣を振れ。そうして相応の腕になったら……そんときゃあの日の言葉通り、俺が打ってやる。テメーにしか使えねー、テメーだけの剣をな」
「……………………っ」
隙間の空いた鉄格子の向こう側で、勇者の男が崩れ落ちる。握った拳が震えているのは、果たして怒りか後悔か。
「じゃ、この事件はしまいだ。ああ、勇者の肩書きのせいで扱いが面倒だって言うなら、そいつは出しちまってもいいぜ? 俺の方で被害届を取り下げる。
てーわけで、帰るぞ」
「あ、はい」
「いやいや、ちょっと待ってください! そうはいきませんよ!」
帰ろうとする師匠の背に、衛兵が慌てて声をかけてくる。それに振り向いた師匠は、あからさまに不機嫌な表情だ。
「あぁん? 剣を盗まれた俺がいいって言ってるのに、何が駄目だって言うんだよ!?」
「そりゃ勿論、手続きがいっぱいあるんですよ! 切っちゃった鉄格子の件とかもありますし、ドルトンさんにはここに残って事務処理をしていただかないと」
「……あー、そうか。そういうのはそっちで適当に――」
「そうはいきません! 下手したら今夜は帰せませんからね!」
「じゃあ店の方は俺が閉めときますね」
「おいエド!? テメー、自分だけ帰るつもりか!? あれ切ったのはテメーだろ!?」
凄い形相で師匠が睨み付けてくるが、そんなことで俺は怯まない。だってここで残ったら、延々と小難しい書類と向き合う羽目になるのだ。そんな地獄にはたとえ師匠の頼みでも付き合えない。
「いやだって、師匠のお店の問題ですし、鉄格子も師匠が責任とるって言ってくれたわけですし。じゃ、そういうことで!」
「エドぉぉぉぉぉ!?」
「さあ、ドルトンさん。こちらへどうぞ」
衛兵にがっしり腕を捕まれた師匠をそのままに、俺はそそくさと詰め所を後にした。せめて師匠の無事だけは祈っておこう……頑張ってくれ師匠。
なお、その日の夜遅くに帰ってきた師匠に猛烈に恨みがましい目で見られたあげく、その後三日ほどいつにも増して無口になった師匠から重圧を受け続けたりすることになるのだが、それはまた別の話である。




