他人に指摘されないと気づけないことは沢山ある
鉄を打つ音、火の爆ぜる音。その二つだけの喧噪と、その二つだけの静謐に満ちた空間で、俺はひたすらに金槌を振り下ろし、剣を鍛える。にじむ汗もたまる疲労も、時の流れすら忘れて鉄との語らいだけに意識を集中していると、不意にその世界を壊す声が遠くて近い場所から聞こえてきた。
「こんばんはー。エドー? いるー?」
「……ティアか。どうしたんだ?」
「どうしたって、それはこっちの台詞よ! いつまで経ってもお店から出てこないから、わざわざ迎えに来たんじゃない!」
「ん? そうか。悪いな」
軽く頬を膨らませて言うティアに、俺は何の気なしに窓の外に目を向ける。そこでは確かに日が落ちて……日が落ちて!?
「え、嘘だろ!? もう夜!?」
「そうよ! え、ひょっとしてその反応だと、お昼ご飯も食べてないんじゃない?」
「……食べてねーな」
俺がここに来たのは昼前で、気づいたら今だ。当然食事などしてないし、休憩も必要最低限、厠に行くついでにちょいと水を飲む程度だった。それでも一切気にならなかったわけだが……気づいちゃうとスゲー腹が減ってきたな。
「まったくもー! 前はちゃんと食事はしてたじゃない! ほら、お店が閉まっちゃう前に夕食を食べに行きましょ?」
「そ、そうだな。ならきりがいいところまでやっちまうから、もう少し待って……痛ぇ!?」
俺が改めて金槌を振り上げると、何故か俺の頭に拳骨が落ちてくる。思わず涙目になった俺が振り返ると、そこにはいたずらをした悪ガキを見るような目をした、厳つい頑固親父の顔がある。
「馬鹿野郎! テメーみたいな半端モンに『きりのいいところ』なんてのはねーんだよ! さっさと片付けやがれ! で、明日は最初っからやり直せ!」
「ぐっ……わ、わかりました師匠……」
師匠にそう言われてしまえば、俺に反論の余地はない。途中だった剣をそのままに、俺は手早く道具を片付けると改めて師匠に向かって一礼する。
「それじゃ、師匠。お先に失礼します」
「おう、気をつけてな」
俺に帰れといいつつも、師匠は仕事を辞めるつもりはないらしい。そんな職人の背中に苦笑しつつも店を出ると、改めてティアが俺に話しかけてきた。
「ごめんなさい、タイミングが悪かったかしら?」
「いや、いいさ。つーか、むしろ良かった。ティアが来てくれなかったら、まだずーっと作業してただろうし」
「夢中になるのはいいけど、ちゃんと自分の体には気をつけなきゃ駄目よ?」
「はーい、反省しております」
「よろしい! じゃ、今夜はエドの奢りね。ほら、あそことかどう?」
「ぬあっ!? いや、まあいいけど……割とよさげだな。よし、いくか」
俺はティアと連れだって、適当な飯屋に入る。空腹にガツンとたまる肉料理なんかを注文し終えると、再びティアが俺に話しかけてきた。
「それじゃ昼間の続きだけど、あのドワーフ……じゃない、鉱人族? の人が勇者でいいの?」
「ああ、そうだぞ。一周目の時も師匠の店で雑用して、やめたら元の世界に帰れたからな」
「そっか。じゃあ自分を勇者だって名乗ってた人は何なの?」
「あー、そうだな……ほら、ワッフルの時のこと、覚えてるか? あの世界って人の手で勇者を選んでただろ? ここも同じで、いくつかの国でそれぞれ勇者を認定してるんだよ。で、その一人があいつってわけだ」
「ふーん? じゃあワッフルの時と違って、エドの認識とこの世界での認識が違うってこと?」
「俺じゃなくて俺達を異世界に行ったり来たりさせてる神様的な奴の認識だけどな。俺も最初の時はあいつに着いて行こうとしたんだけど、何か嫌な予感がして踏みとどまったんだ。あの時ほど自分の勘を信じて良かったと思ったことはねーぜ。
ま、ひょっとしたらあいつに着いていっても大丈夫なのかも知れねーけど」
「え、そうなの?」
先にやってきた真っ赤なパスタをフォークでくるくる巻き取りながら言うティアに、俺は未だ届かない肉に思いを馳せながら答える。
「あくまでも『ひょっとしたら』だけどな。さっきも言ったけど、何を以て神様が勇者を判別してるのかがわかんねーんだ。例えばワッフルとドーベン。もし俺がドーベンに味方していろいろ動いてたら、あの試合はドーベンが勝ってそのまま勇者に選ばれたんじゃねーか?」
「可能性としてはあるでしょうね。決勝戦は接戦だったし」
「だろ? じゃあそうなった時、俺達がドーベンと行動を共にしていたら、果たしてドーベンは勇者と認められて、そのパーティから追放されたら俺達は元の世界に帰れたのか?
ま、今となっちゃ確かめようもねーけどな」
そうつぶやく俺の前に、今度こそ待ちに待った分厚いステーキがやってきた。何の肉かは知らねーが、美味ければ何の問題もない。
「確かめられない……ねえ、本当に確かめられないの?」
と、そこで切り分けた肉片にかぶりつく俺に、ティアがフォークの先を向けながら問いかけてくる。
「こら、行儀悪いぞ。ってか、そりゃ無理だろ。今更あの世界の――」
「そうじゃなくて! ほら、エドって人とか物を探せるんでしょ? ならあの人が勇者かどうかをそれで調べられるんじゃない?」
「……おお! そう言われるとそうだな」
指摘されて、俺は初めてその可能性に気がついた。今までは「偶然という必然」の力で確実に勇者と出会えていたから考えもしなかったが、確かに「失せ物狂いの羅針盤」を使えば勇者の所在を探すという名目で勇者が存在しているかどうかを判別することができる。
「んじゃ、やってみるか……ただし宿に行ってからな」
「はーい。今は食事を楽しみましょ」
互いに会話で止めていた手と口を動かしはじめ、俺達はあっという間に夕食を平らげる。その後はティアがとってくれていた宿に向かうと、ベッドに腰掛けた俺はおもむろに「失せ物狂いの羅針盤」を起動した。
「現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』。捜し物は……一番近い勇者の……いや、違うな。俺が追放されることで元の世界に帰還する条件を満たす、最も近い場所にいる相手の場所だ」
俺の問いに応えるように、手の上に現れた空の金属枠の中に鍛冶に勤しむひげ面のおっさんの姿が浮かぶ。まごうこと無く俺の師匠、ドルトンだ。
「あ、ドルトンさんね」
近くで見ているティアの言葉に、俺は小さく頷いて答える。
「だな。師匠が映ったってことは、こういう条件で探せるってわけか。なら次は……捜し物は俺が追放されることで元の世界に帰還する条件を満たす、二番目に近い場所にいる相手の場所だ」
この聞き方ならば、該当者がいなければ何も映らないはずだ。さてどうなるかと俺とティアは固唾をのんで「失せ物狂いの羅針盤」を見つめるが……
「……何も映らないわね」
「ってことは、やっぱり該当するのは師匠だけってことか」
「やっぱり世界に一人だけなのね。でも、そうするとあのドルトンさんが魔王を倒したりするの?」
「いや、この流れだと多分、魔王を倒せるような武器を作るとかじゃねーか? 前の時にはそんなのを作ってた記憶はねーけど」
「なら、今回も私達が手助けして、すっごい武器を作るって感じなのかしら?」
「だろうなぁ」
あくまでも俺の推測だが、神様が認める勇者ってのは「人が魔王に勝つための大きなきっかけとなる人物」であると考えている。アレクシスやワッフルのように直接魔王を倒す勇者はもちろん、ミゲルやレベッカのように将来の魔王討伐に可能性を繋げるための勇者、トビーみたいに魔王の復活を阻止する勇者なんて感じになっているからだ。
(……ひょっとして俺が二周目をやってるのって、一周目では取りこぼしまくってた「魔王討伐の可能性」をきっちり回収して、全部の世界の魔王を倒すためだったりするのか?)
ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。その場合はティアと再会し、それを助けたいと願ったところまで神の手のひらの上ってことになるが……
「? 何? 突然人の顔をじっと見て」
「……ふっ、なんでもねーよ。さ、それよりそろそろ寝ようぜ」
「そうね。じゃ、私はこっちで寝るから」
言って、ティアが部屋の両端にあるベッドの片方に向かう。今回は長期滞在を考えているので、相部屋なのだ。
「おやすみエド」
「ああ、おやすみティア」
ベッドに潜り込んだティアが、すぐに規則正しい寝息を立て始める。その寝顔はどこまでも安らかで、俺の脳裏にあの日永遠の眠りについたティアの顔が浮かんでくる。
ああ、そうだ。この顔を守れたんだ。なら神だか何だかの思惑なんてどうでもいい。俺はただ、俺らしく生きるだけだ。
「おやすみ」
もう聞こえていないであろう言葉をもう一度そっと呟くと、俺もまたベッドに潜り込んで泥のように眠るのだった。




