「何も無し」と報告されると却って不安になってしまう
「それでは、ただ今より『魔王の心臓』の封印儀式を始めます」
神殿の奥にある、如何にも神秘的な部屋。そう告げる大神官の言葉と共に円上に配置された六人の神官がブツブツと呪文を唱え始め、床に刻まれた魔法陣が強い光を放ち始める。
すると中央の台座の上に置かれていた箱がパカリと開き、その中から小さな赤い宝石がふわりと宙に浮き上がる。今初めて目にしたそれこそが、魔王の心臓と呼ばれる石なんだろう。
「あれが…………不謹慎かも知れないけど、凄く綺麗」
「だな。確かにパームが欲しがるはずだ」
床から立ち上る光に照らされ、大人の人差し指ほどの大きさの宝石が輝く。見る者を誘い惑わすような紅色の光は何とも言えず蠱惑的で、ただの宝石であったとしても好事家が高値で欲しがるのは間違いなさそうだ。
「とはいえ、あれに魔王の力が宿ってるのよね……魔王の力って、結局何なのかしら? 凄い魔力? それとも命とか存在とか、そういうのかしら?」
「…………さあな」
眩いほどの光の柱の中で、赤い宝石がキラキラ輝きながらゆっくりと回転している。チカッチカッと不規則に瞬く様は手招きしているかのようで、自然と視線が吸い寄せられる。吸い寄せられる。吸い込まれていく。
そうだ、これは石じゃない。目印にして扉だ。白の向こうに赤があり、赤の向こうに黒がある。無限に広く無限に深い、そことこちらを繋ぐための――
「エド? どうしたの?」
「っ!? な、何だよ?」
「何って、ボーッとしてたから。エドってこういう宝石とかそんなに好きだったの?」
「いや、そんなことはねーけど……」
俺と「魔王の心臓」の間に突然ティアの顔が出現したことで、何となくボーッとしていた意識が覚醒する。何だろう……何だ? うーん?
「あー、悪い。やっと全部終わるから、ちょっと気が抜けてたのかも」
「そうなの? エドにしては珍しいわね?」
「はは、俺だってそういうときくらいあるさ」
「……まあ、それもそうね」
苦笑して言う俺に、納得したティアが元の位置に戻る。その後は浮かんでいた赤い宝石がゆっくりと箱の中へと戻ると、床の魔法陣から輝く光の鎖が伸び、それが箱を雁字搦めにしたことで封印の儀式とやらはつつがなく終了した。
後はどうということもない。ごく普通にトビーから護衛依頼の完了を告げられ、大神殿の周囲、人気の無いところから俺達は一緒に元の「白い世界」へと帰還を果たした。視線を向けたテーブルの上に短刀が置かれているのを確認し、俺は思わずほくそ笑む。
「フッフッフ、そうかそうか……こうなったか」
「なーにエド? 帰ってきた早々すっごく悪い顔してるけど?」
「別に悪い顔じゃねーだろ!? とりあえず今回の旅は実に実りのあるものだったって話さ」
今回分かった事実は二つ。前回跳んだのが〇二八世界だったのに対し、今回は〇一六世界……つまり順番が巻き戻っている。これは間の世界がとばされて行けなくなったのではなく、単純に次の世界がランダムになった可能性が極めて高まったということだ。
逆に言えば結局今回も一〇〇の異世界全てを回らないといけない可能性が高くなったということだが、これは元々そのつもりだったので大した問題ではない。
そしてもう一つ、トビーの世界に旅立つ前にテーブルに置いた短刀がそのままになっているということは、この世界に物を設置できるということだ。もし長期間ここで鍛治をするなら生活環境を整えるのは必須なわけだが、毎回丁寧にバラして「彷徨い人の宝物庫」にしまわないと消えてしまうというのと、設置しっぱなしにして放置できるというのでは手間や精神的な負担が大分違う。
フッフッフ、これなら余裕のある世界に跳ばされた時には資材調達を優先することも検討して――
「あら? エドの装備はやっぱり元に戻っちゃうのね」
「んあ? あー……そうみたいだな」
ティアに指摘され、俺は自分が身につけてるのが「最初にこの世界に来た時の装備」に戻っていることに気づいた。どうやら装備の更新はしてくれないらしい。
「チッ、そこまで都合良くはならねーってか。でもまあ、十分だ。それじゃ早速――」
「『勇者顛末録』を読みましょ!」
「……あ、うん。そうだな」
すっかり次の世界に行くことに思考が向いていたが、確かにそうだ。俺はティアと一緒にテーブルに着くと、そこに出現していた新しい「勇者顛末録」に目を通す。そこにはトビーが如何にしてオスペラント国王から信頼を得たのかなどの知りたくても知り得なかった事実が書かれており、俺達は雑談しながらその内容を楽しんでいたのだが……
――第〇〇五世界『勇者顛末録』 終 章 「封印 完了」
かくて勇者とその護衛の手により、魔王の力を宿した石は無事に封印された。
「……え、これだけ!?」
「みたいだな」
これまではしっかり書かれていた「その後の話」が、どういうわけか今回はこの一文しか存在しなかった。以後はどれだけページをめくろうとただ白紙が広がっているのみであり、思わず俺が顔を上げると、困惑の表情を浮かべるティアと目が合う。
「どういうことかしら?」
「うーん、好意的に解釈するなら、トビーが生きている間は本当に何も無かったとかか? あれで終わりで以後何の問題も生じなかったって言うなら、確かに書く事もねーだろうし」
「それは……うん、そうかも知れないけど。でもほら、もうちょっと何かあっても良くない?」
「何だよ、ティアとしてはもっと波瀾万丈あった方がいいってことか? 平和ってのは大事なんだぞ?」
「わかってるわよ! むーっ、エドの意地悪!」
不満げに頬を膨らませると、ティアがポンと光る水晶玉に手を乗せ、新たな力をその身に宿すと俺の手を引き席を立たせる。
「いいわよ、ならさっさと次の世界に行きましょ! あ、それとも今回も何かやることある?」
「いや、今回は特にない。次に戻ってきた時にはしばらくここに滞在するかも知れねーけどな」
「なら、次の世界ではベッドとかを調達した方がいいってことかしら? 椅子や床で寝るのは体が痛くなりそうだもの」
「そうだな。ここで眠くなるのかはわかんねーけど、用意しとく分にはいいと思うぜ」
追放スキル「彷徨い人の宝物庫」の容量は、驚きの世界一つ分だ。何をどれだけ入れようと一杯にすることなどできないのだから、何なら新居に引っ越すくらいの勢いで家財道具を集めてみるのも悪くない。
「ほらほらエド、早く早く! 真新しいベッドが私を呼んでるわ!」
「お前なぁ……次の世界がそんな簡単に家具を買える場所とは限らねーんだぞ? それにどうせ買うなら最高級のがいいしな。確か後半に行く世界に馬鹿みたいに文明が発達したところがあったから、あそこなら……」
「えっ、何それ凄く興味があるんだけど!? でも後半ってことは、もっとずーっと先なのよね?」
「いや、何かその辺の順番は適当に変化してるらしいから、次に行く可能性もあるぞ? 逆に最後の最後まで行かねー可能性もあるけど」
「うぅぅ……うなれ、私のくじ運! 開け、フカフカベッドへの扉!」
「なんだそりゃ」
変な気合いを入れて〇〇六と書かれた扉を開くティアに、俺は思わず苦笑する。そうして俺達は今回もまた、既知なる未知の世界へと足を踏み入れるのだった。
――第〇〇五世界『勇者顛末録』 終『焉』章 「封印『未』完了」
かくて勇者とその護衛の手により、魔王の力を宿した石は無事に封印された。『だがその一〇年後、石に宿った――の力を求めるレブレニア帝国の手により破壊工作が行われ、その影響で暴走した「魔王の心臓」の力により聖ス――ン法国は消滅。そこに開いた――――より湧き出した黒き魔物によって、僅か六年で世界の三割が壊滅的な被害を受けることになる。
目覚めた――――を再封印するために勇者トビーが満を持して出撃、その類い希なる力を以て――――避けて「虚無の穴」の中心部に辿り着くも、そこにあったのはくすんだ――宝石のみ。抜け殻となった――――再封印に――――
――ミツ、ケ、タゾ』




