責任ってのは押しつけられるものじゃない。自分から果たすものだ
「あはは……エドに裸を見られるのは、これで二回目だね」
そう言って笑うティアの言葉に、俺は懐かしい過去を思い出す。だが少なくとも今は、思い出に浸る時ではない。
「答えろ、ティア。これはどういうことだ?」
「わかった。説明するから……その前に着替えさせてくれない?」
「お、おぅ」
ティアの視線の先にあったのは、俺が来た時に着ていたやたら上等なピンクのパジャマがあった。俺はそれを手に取ると、できるだけそっとティアの手を持ち上げ、服を着せていく。
「あの、エド? 私は『着替え終えるまで待って』って言ったつもりだったんだけど」
「あっ!? そ、そうか。そうだよな。すまん」
「フフッ、いいわよ。どのみち自分じゃなかなか着替えられなかったんだし。このまま服を着せて、そしたら……ベッドに寝かせてくれる?」
「わかった」
悪戯っぽく笑うティアの顔は、出会った時と同じ若々しいものだ。ただその若さは手首と足首より先に、首から上……つまり普段見えている所にしか残っていない。何でわざわざ勇者パーティの頃の服に着替えてきたのかと思ったけど、おそらくはあの服が一番肌の露出が少なかったんだろう。
「これでいいな。ではお姫様、失礼致します」
「わっ!?」
俺は軽々とティアを抱き上げ、お姫様抱っこでベッドへと運ぶ。そうして静かに寝かせると、寒くないように布団を掛けた。首までスッポリ布団に埋まり、妙にご機嫌になったティアの横で俺もまた近くにあった小さな椅子を引き寄せ腰を下ろす。
「まさかエドにこんなことしてもらう日が来るなんてね。エルフだと一〇年くらいはあっという間だけど、やっぱり人間の一〇年は違うんだね」
「ははは、まあそうだな」
エルフの寿命は、平均して三〇〇年ほどだ。大して人間の寿命はおおよそ七〇年くらい。四倍以上違うのだから、その時間感覚の差はどうやったって埋まらないだろう。
「それで、どうしてそんな体に? 一体何があったんだ?」
「……さっきさ、話したでしょ? 荷物持ちの人に逃げられて、アレクシス達と必死に戦ったって」
「……ああ」
強がりだろうと何だろうと、せっかく笑顔を取り戻したティアの表情が沈むのを見て、俺は自然と低い声を出してしまう。そしてそんな俺を見て、ティアが何故だから少しだけ表情を明るくして話を続ける。
「その時ね、私は精霊魔法の奥義を使ったの。エルフの間でしか伝えられず、エルフにしか使えない奥義。精霊魔法の力を爆発的に増加するそれを使って、私はアレクシス達と戦った……」
「つまり、その体がその時の代償だってことか? でもそれ、随分前の話だろ?」
「そうかな? まだ五年くらいしか経ってないんだけど……」
「いや、五年は長いだろ。っていうか、五年前の魔法の代償が未だに残ってるのか!?」
「残ってるっていうか、代償を払った結果がこれって言うか……」
そこで言葉を切り、ティアが困ったような表情を浮かべる。だがそれに誤魔化されることなく俺がジッと目を見つめ続けていると、やがて観念したように小さく息を吐いてから言葉を続けてくれる。
「ふぅ……代償はね、寿命なの。自分の命を魔力に混ぜて精霊魔法を使うと、その威力が何倍にもなるのよ」
「――っ!」
幾つか思い浮かべた予想の中でも、最悪の部類。思わず怒鳴りそうになった声を何とか喉で押しとどめた俺に、変わらず苦笑するティアが更に話す。
「フフッ、やっぱりそんな顔されちゃうか……でも、仕方なかったのよ? そうしなかったらあそこでやられちゃってたと思うし」
「それは……まあ、そうなのかも知れないが…………いや、待て。ちょっと待て。もしかして、さっきのドラゴンを倒した魔法も……!?」
「……うん。私の寿命を使ったの」
「ふっざけんな!」
今度は堪えきれなくて、俺は大声でそう怒鳴る。
「なんで!? 何でそんなことをした!?」
「だって、そうしなかったらエドが危なかったでしょ?」
「……? 俺が、危なかった……?」
「当たり前じゃない。そりゃ一〇年もあればちょっとくらいは強くなってるんだろうけど、まさかエドがドラゴンに勝てるわけないんだし」
「…………あ、あぁぁ………………」
キョトンとするティアの顔に、俺は全身の力が抜けてぐったりと椅子に体を預けてしまう。
そうか、そうだ。その通りだ。この世界から追放された時の俺が、たったの一〇年でドラゴンに立ち向かえるほど強くなるはずがない。そんな当たり前のことを失念していたせいで、俺はティアの寿命を削っちまったのか……っ!?
「…………ごめん」
「何で謝るの? 私がエドを助けたかっただけなんだから、エドは何も悪くないでしょ?」
「違う。違うんだ……」
血を吐くようにして絞り出した俺の謝罪に、ティアは不思議そうに首を傾げる。でも違う、そうじゃない。今の俺ならあんなドラゴンなんて、簡単に倒せたんだ。
何やってんだ。何やってんだ! 糞みたいに余裕かまして、こんな状態のティアに無理させるとか、どんだけ情けないんだ俺は!
「あっ!? 念のため言うけど、さっきの魔法でこんなになったわけじゃないわよ? もうずっと前からこうだったんだから」
「でも、俺は……」
「もういいから、気にしないの! こうして間に合ってくれただけでも十分よ」
「間に、合った……?」
「ええ。私が生きている間に、エドと再会できた」
「っ…………」
泣きそうになるのを必死に堪えてプルプルと震える俺の頬に、ティアの手がゆっくりと伸びてくる。そうして触れた手の感触は、とても優しく、そして冷たい。
「自分でわかるの。もうそろそろだなって。もうすぐアレクシス達の所に行くんだなって。それ自体は怖くないわ。生きていればいつかは死ぬ。それは当たり前のことだもの。
ただ、気になる事はあった。もし万が一アレクシス達が生きていて、今も私の助けを待っているとしたら……そう考えると大人しく死ぬこともできなくて、このパジャマで体の周囲に魔力を留めることで、ずっとずっと生きながらえてきたの。
でも、それももう終わり。エドのおかげでアレクシス達が私を待っている場所は魔王の城じゃないってわかったし、最後にお話もできて……これでもう、思い残すことなんて……」
「そんな事言うなよ! 俺達まだ、再会したばっかりだろ!」
我が儘を言う子供のように叫ぶ俺に、ティアの手が優しく俺の手を撫でる。
「フフッ。エドの我が儘なら聞いてあげたいけど、こればっかりは――っ!?」
ドドドズゥゥゥン!!!
ティアの言葉を遮るように、またも家の外から大きな音が響いてくる。その衝撃はさっきの比ではなく、俺は急いで外に出ようとして――
「待って!」
「ティア!? 何だよ?」
「私も行く」
「は!? 何言ってんだ、ティアはここで休んで――」
「連れていって」
ティアの指が、俺の服の裾を摘まんでいる。大して力など籠もっていないはずの指を、しかし俺は振りほどくことができない。
「……一人は、嫌」
「……わかった」
ティアを抱きかかえ、俺は家の外に出る。するとそこに待っていたのは、見上げるほどに巨大な金属の巨人。
「そんな、アダマントゴーレム……!?」
世界最硬の金属、アダマント。如何なる攻撃も寄せ付けないその黒紫の輝きは、単純に硬くて重いという工夫の余地のない強さを秘めている。そんなものが歪な人型をとっているとなれば、先程のドラゴンなど鼻歌交じりで殴り殺せることだろう。
「坑道の中でもないのに、天然のゴーレム!? さっきのドラゴンといい、何なんだよ!?」
「ごめんねエド。多分私のせいだ」
驚きの声をあげる俺に、腕の中のティアが申し訳なさそうな声を出す。
「少しでも長生きできるように、家の周囲にも魔力を集める魔法陣を敷いてあるの。
さっきのドラゴンはそれに惹かれてやってきたんだと思うし、このゴーレムは……ひょっとしたらその影響で生まれたのかも?」
「いやいや、おかしいだろ!? こんなのが寄ってくるんじゃ、それこそ長生きなんて……」
「普段は寝てるから大丈夫なの。でも、今日はエドが来てずっと起きてるから……」
「あー……」
つまりはこれも俺のせいってことですね。わかります、はい。
「ごめん。ごめんね、エド。こんなことに巻き込んじゃって……残り全部を使い切ってでも、貴方だけは逃がしたかったけど……」
「いや、その必要はないさ」
泣きそうな顔で言うティアに、俺は軽く笑ってからその体を地面に降ろす。ああそうだ。俺が原因だというのなら俺が責任をとればいい。そうできるだけの力を、今の俺は持っている。
「見てろ、ティア。これが俺の積み上げてきた時間……ティアと別れてから手に入れた、俺の力だ。
さあ、こいよ鉄屑! 俺がこの手で、お前をこの世界から追放してやる!」
不敵に笑う俺の姿に、ゴーレムはただ無言でその巨大な拳を振り下ろしてきた。




