一見同じ結果でも、過程が違えば大違い
「んじゃ、契約成立ってことで……ティア、下ろしてやれ」
「了解」
俺の言葉に、ティアが魔法を解除する。すると既に何も拘束していないものも含めて、まるで時が巻き戻るように蔦が短くなって消えていく。支える物がなくなったことでパームとクロードは中空から放り出される形となったわけだが、流石にたかだか一メートル程度の落下で体勢を崩したりはしなかった。
「ふぅ、ようやくですな。無理な体勢は老体には堪えますぞ」
「随分とあっさり解放していただけるんですね?」
軽く体を叩いているクロードとは対照的に、パームが若干不機嫌そうに言う。おそらくは自分達を「その程度の存在」だと扱われたのが不服なんだろうが、正しくその通りなのだから俺は小さく肩をすくめてみせる。
「まあな。俺は約束は守る方だぜ?」
「…………そうですか」
言外に込めた「だからお前も約束を守れ、破ったらわかってるな?」という意図を正確にくみ取り、パームが表情を曇らせる。そんな俺とお嬢様のやりとりを見て、横にいたトビーがふと呟いた。
「でもこれ、よく考えると最初の提案を受け入れたのと同じですよね?」
「ん? そりゃ違うぞトビー。あの段階で受け入れれば、俺達はお嬢さん方に助けてもらう側だった。だが俺達は独力で敵を退け、あまつさえこの二人まで拘束してみせた。こいつらはお前のお宝とやらを狙う悪党なんだから、こっちの力を見せつけとかなきゃあっという間に裏切られて奪われてるところだぞ?」
「うっ!? それは確かに……すみません。そういうやりとりって全然慣れてなくて」
「いいって。あー、でも、それなら俺からも聞かせてくれ。何で解放条件にお嬢さん……いや、パームを付け加えたんだ?」
自分達が明確に上になったことを示すために、俺は敢えて名前を呼び捨てにしてトビーに問う。するとトビーは迷うように顔をしかめつつもその考えを語り始める。
「その……上手く言えないんですけど、予感がしたんです。パームさ……パームを一人だけ逃がすことを考えると、凄く嫌な感じがしたっていうか……こう、目の前に沢山分かれ道があるんだけど、それが一つ一つ塞がれていく感じがして」
「ほぅ……?」
「だ、駄目でしたか?」
「いや、俺も同意見だ。その直感は大事にした方がいいと思うぜ」
「ありがとうございます、エドさん!」
パシッと俺が肩を叩くと、トビーが嬉しそうに笑う。なるほど、流石は逃げ腰の勇者。危機回避に関する能力は間違いなく高いようだ。
実際、俺の考えとしてもパームを単独で解放するのは絶対に無しだ。クロードはパームのために全てを投げ打つ覚悟があると見ているので、パームが側にいないと自爆特攻みたいな手段をとられる可能性がある。
加えてパームもクロードを大事にしている反面、いざという時には切り捨てられる冷酷さがあるはずだ。クロードよりも優先する目的があるなら、クロードの死を織り込んだ過激な手段を十分に選び得る。
自分が死ぬこと、相手を死なせることを厭わないほどの信頼で結ばれた二人の片割れから目を離すなんて、国に喧嘩を売るのと同じくらいに危険だろう。
……ちなみに、逆のシチュエーションは成立しないので考える意味はない。パームを人質にクロードを解放するのが受け入れられるとしたら、パーム側に絶対に近い勝利の確信がある時だけだからな。飲まれた時点で負け確の交渉なんて想定するだけ無駄だろう。
「それじゃ、金は後でもいいとして、取り急ぎトビーを狙ってる奴らの情報とやらを聞こうか?」
「わかりました。では移動しながらお話させていただきます」
ひとまず敵を退けたとはいえ、こんな所に留まっていいことなど何も無い。先頭をパーム達に任せ、俺とトビーが中央で横並び、殿にティアという並びで俺達は町への移動を再開する。その途中でクロードが振り返ることなく話した内容は、何とも頭の痛くなるものだった。
「うっそだろ、そんなに狙われてるのか!?」
「一部曖昧な部分もありますが、どちらかと言うなら『狙われている』という前提で構えた方がよいかと思います」
「ハァ…………」
「ね、ねえエド? どういうことなの?」
大きくため息をついた俺の袖を、近寄ってきたティアがクイッと引っ張って問う。その顔に浮かぶ困惑は、俺の内心とピッタリ一致している。
「私の聞き間違いだったら嬉しいんだけど、すっごくいっぱい名前が出てたわよね?」
「ああ、そうだな。すっごくいっぱい……つーか、ほぼ全部の周辺諸国に狙われてるみてーだな」
「ああ、やっぱりそうなんだ……」
頭を抱える俺の言葉に、ティアが引きつった笑みを浮かべている。隣国だけならまだしも、国境が接していない国からすらお宝を奪いに来る奴がいそうだと言われればそりゃそんな顔になるだろうなぁ。
とは言え、実のところそれはまだ許容できなくもない。最悪だったのは――
「その、今の話は本当なんですか?」
真っ青な顔色をしたトビーが、僅かに声を震わせながらクロードに問う。信じられない、信じたくない。そんな思いを隠すことすらできなくなっているトビーに、しかしクロードは冷酷に首を振る。
「勿論です。そういう条件で解放していただいたのですから、嘘は申しません」
「で、でも! そんな……まさか、オスペラント王国からも狙われてるなんて……っ!?」
オスペラント王国……つまり俺達が今いる国で、トビーにお宝を運べと依頼した国。まさか自分に頼んだ相手が自分の運んでいるものを狙っているとなれば、冷静ではいられないのも当然だ。
「国などそんなものですわ。それを穏便に処分したい派閥と利用したい派閥にわかれているのか、それとも国全体がそれを利用することを隠すためにトビー様を囮にして『奪われた』という事実を作りたいのかはわかりませんけれど」
「……………………」
冷たく、だが当たり前のように語るパームに、トビーは意気消沈して俯く。町まではまだまだ距離があるというのに、その足取りは相当に重い。
「証拠は……証拠は何かあるんですか?」
無いと言われたところで、今更元の調子には戻れない。それでも一縷の望みを託すトビーの問いに、現実は何処までも無情に突きつけられる。
「ございます。それの入っている箱に細工がしてあるようです」
「っ……これ、に…………?」
仮に無いと言われても、今更元の心境には戻れない。だがそれでも一縷の望みになるはずだったものすら容易く打ち砕かれ、トビーは声と手を震わせながら懐から小さな箱を取りだした。
その黒い金属製の箱は如何にも堅牢で、高級感と同時に何処か禍々しさも感じられる。それをジッと見つめるトビーに、徐にティアが話しかけた。
「ねえ、ちょっといい?」
「……何でしょう?」
「あのね、前に聞かないって言ったけど、流石にここまできたら『それ』が何なのか知っておきたいの。エドもそうじゃない?」
「ん? そうだな。パーム達はそれが何なのか知ってるみたいだし、トビーを護衛してる俺とティアだけが知らないってもなぁ。既に帝国の奴らを撃退してる以上知らなきゃ安全みたいなこともねーだろう。
なあトビー、教えてくれ。それは一体何だ? お前は何を運んでるんだ?」
それは一周目に長い期間を一緒に過ごしたトビーすら教えてくれなかった事実。だがそれは今思えば、パーム達が厄介事のほぼ全てを引き受けていたからこそ可能なことで、俺は最後まで部外者でしかなかったってことだ。
でも、今は違う。トビーを守って戦った以上、俺もティアも関係者だ。仮に敵に捕まったりすれば、何も知らない、聞いてない、だから解放してくれなんて都合のいい要求は絶対に通らない。
「……………………わかりました」
今までで一番長い沈黙。その果てに決意を込めてトビーが言う。
「僕が運んでいるのは……魔王の心臓です」
「なっ!?」
一〇〇年越しにもたらされた回答は、予想を遙かに超えた大物だった。




