隠したものは見つけられるが、その辺に放置されると割と気づかれない
「えぇぇ……」
「あの、エドさん。あの人達って……?」
「……そう、だろうなぁ」
頭に巻いた白い頭巾により縦ロールの髪は後頭部に流されているし、どう考えても屋台をやるには向いていないドレスの上からは白いエプロンを身につけているが、そんな変装ですらないもので少し前に対峙したばかりの賞金首の顔を見間違えるはずもない。
ってか、隣に立ってるクロードなんてあの時の格好そのままだしな。何だよ串焼き屋台で執事服って。お前等隠れるつもりこれっぽっちもねーだろ。
「トビー。一応……一応確認なんだが、賞金首ってのはあんなに堂々としてられるものなのか?」
「それは……どうなんでしょう? 僕もたった今までそんなことないって思ってたんですけど、でも誰も気にしてないみたいですし……」
「ティア、魔法の気配は?」
「よっぽど高度に隠蔽されてるんじゃなければ、無いと思う……ただ……」
「ただ、何だ?」
「賞金首の顔って、よく考えたらみんな知らないんじゃないかしら? ほら、私達だって『近くを荒らしてる』みたいな情報があって初めて意識するんだから、そうじゃなかったら手配書なんて誰もじっくり見ないかなーって」
「あー、そいつは…………盲点だったな」
渋い顔をして言うティアに、俺は思わず納得してしまう。確かに賞金稼ぎを専門にでもしてなければ、壁の片隅に張ってある手配書の顔なんてチラ見する程度だ。よっぽど印象に残る顔つきでもなければ、町中ですれ違う程度なら見逃すこともあるだろう。
ましてや一般人であれば、わざわざギルドに出向いて手配書の顔を見たりはしないだろう。特にパームは獲物を厳選するタイプの盗賊なので、貴族や金持ち以外は襲われる心配すらないのだから尚更だ。それでも町の門番なら覚えてるとは思うんだが……まあそこだけならどうとでも誤魔化せるしなぁ。
「で、その……どうします?」
「どうって、行ってみるしかねーだろ」
わざわざ俺達の先回りをしてこんな目立つ場所にいるのだから、無視して進むのはあまり宜しくない。問題と借金は先送りすればするほど負債が増えるというのは常識だ。
「じゃ、じゃあ行きます……あのー」
「あーら、いらっしゃいませ。何本かしら?」
「へ? あ、いや、えっと……」
「何本かしら?」
「…………さ、三本で」
「クロード! ブルジョワ焼きを三本ですわ!」
「畏まりましたお嬢様」
あっさりと圧に負けたトビーが注文すると、クロードが見事な手つきで串焼きを仕上げていく。テリテリに焼かれた肉はぶっちゃけ美味そうだ。
「はい、どうぞ。お代は貴方のお持ちになっているお宝で結構ですわよ?」
「それは駄目だよ!」
「あら、残念。では銀貨六枚で構いませんわ」
「それなら……って、銀貨六枚!?」
ホッとした表情で財布を取り出そうとしたトビーが、その値段にもう一度声を荒げる。そりゃそうだ、屋台の串焼き一本に銀貨二枚出す馬鹿はいない。いないが……
「何かご不満が? そちらにきちんと値段は書いておりますが?」
「うげっ!? た、確かに……」
屋台の前に立てられた看板には、ちゃんと「手軽な最高級を貴方に ブルジョワ焼き 一本銀貨二枚」と書かれている。つまりこの屋台に人がいなかったのは、あからさまに怪しい人物が経営していたからだけでなく、アホみたいに値段が高かったからでもあるのだ。
「うぎぎぎぎ、銀貨……串焼き一本に銀貨二枚…………」
「仕方ねーなぁ。ほら、お嬢さん」
この世の終わりのような顔で歯ぎしりをしているトビーを押しのけ、俺はパームの手に銀貨を乗せた。その代わりにひょいと串焼きを奪い取り、二本をティアに渡してから残った一本に齧りつく。
「お、美味いな」
「フフフ、素材は拘っておりますもの」
囓る度にジュワリと染み出す肉汁と、濃いめのタレの味付けがなかなかにいい。個人的には銅貨で七、八枚ならたまに買ってもいいくらいの出来だが、当然銀貨二枚の価値は感じられない。
「で? 差額分で何をしてくれるわけだ? 俺としてはトビーから手を引いてくれるとありがたいんだが」
「まさか! そのようなはした金で諦められるほど、そちらの方の持っている物は安くありませんわ。それに私、欲しいと思ったものは必ず手に入れることにしておりますの。手段は選びますが、諦めるということはありませんわ」
「なるほどねぇ。にしても、なんであんなもんがそんなに欲しいんだ?」
「それは勿論、美しいからですわ! あの輝きは是非とも私の手の中にあるべきものです。それを神殿の奥にしまい込むなど、無粋の極みというものでしょう」
「へぇ……?」
俺のかまかけに、パームはいい感じに情報を提供してくれる。その言葉からすると、トビーの運んでいるお宝とやらは宝石っぽい感じの物なんだろうか? ただ神殿の奥に……ということは、何かヤバい効果がありそうだと推測できる。
「馬鹿な! こんなものを個人が所有するなんて馬鹿げてます! しかもその理由が綺麗だからって、これが目覚めたらどうするつもりなんですか!?」
「私がお宝の管理に失敗するとでも? 随分と見くびられたものですわね?」
「そういう問題じゃない!」
「いえ、そういう問題です。ねえ、貴方……トビー様でしたか?」
激高するトビーに対し、パームは屋台から出てきてその手を取る。
「っ!? な、何を!?」
「そのような危険物、神殿などに持っていったところで、いずれはくだらない権力闘争の具とされるのが目に見えております。ですが私なら……私だからこそ、それをただ愛でるという目的だけに使うとお約束できます。
管理だって、いつ欲に目が眩むかわからない有象無象と違って、クロードならば絶対に裏切りません。私の手元にあることこそが他の何処よりも安全なのです。
ですからトビー様。どうか私を信じて、それを託していただけませんか?」
パームの手が、トビーの手を優しく包み込む。潤んだ瞳で見上げられたトビーはこれ以上無い程に顔をしかめ……だがブンブンと首を振ってその手を振り払った。
「うぐっ……だ、駄目だ! そんな誘惑には負けないぞ!」
「おお、よく言ったぞトビー! ってかお嬢さん、流石にそれは通らねーだろ?」
そしてそんなトビーの横から、俺はパームに話しかける。トビーがちゃんと要求を突っぱねたのだから、続きは俺の出番だ。
「初手がそれならともかく、力ずくで奪いに来て、それが失敗したから籠絡ってのは無理があるんじゃねーか?」
「あら、そうかしら? 私としては常に最も効率の良い手段をとっているだけですわ。お金で解決しようとして断られたから奪おうとした。それも失敗したから今度は金銭でも武力でもない私の魅力で手に入れようとした。ただそれだけのことですわ……どうやら私の誠意は受け取っていただけないようですけれど」
「いや、誠意って……」
「ふふふ、力に貴賤はありません。ただ優劣と相性があるだけですわ。美しい花に誘われて機密や宝を引き渡す殿方なんて、歴史を語る必要すら無いほどにありふれておりますでしょう?」
「あー、まあ確かにな」
余裕たっぷりに言うパームに、俺はポリポリと頭を掻く。色で落とされて破滅する奴なんて、王侯貴族からその辺のチンピラまで確かに探せば幾らでもいる。
「なので、対象を変えましょう。貴方、私に雇われてみる気はありまして? 単なる護衛だというのなら、その経歴に傷が付かないように細工したうえで十分な金額をお支払いしますわよ?」
「へ? 俺か? そりゃ勿論……お断りだ」
蠱惑的な流し目を向けてくるパームに、俺は一瞬たりとも迷うこと無くそう告げた。そんな俺の態度にパームが少しだけ驚きを露わにする。
「迷うこと無く即答ですか……理由をお聞きしても?」
「ん? そんな大層な理由じゃないんだが……」
俺達の目的はトビーと一緒にいることなんだから、金で動かないのは当然だ。だがそんな利己的な理由を抜きにしても、俺はきっとその誘いに乗らないだろう。
たとえ無かったことになってしまったとしても、俺達が苦労してパーム達からお宝を取り返した旅のことを、俺はちゃんと覚えている。まだまだ弱っちかった俺と、結局弱っちいままだったトビーの二人旅は危険と冒険に満ちていて、大変ではあっても楽しかったのだ。
だから――
「どうにも危なっかしい友人を助けてやりたい。言っちまえばそれだけだよ」
過ぎ去った未来を顧みて、俺は笑いながらそう言った。




