愚者が尊ぶのは目の前にある事実ではなく、己が信じたい真実である
「すごーい! すいすい縫える! たのしー!」
「キュミー!」
俺の目の前で、少女が割と厚いなめし革に軽い調子で針を刺していく。俺が「裁縫の才能がある」と指摘した子だが、契約精霊である風を纏った手のひらサイズの犬の力によって、針の貫通力が強化されているからだ。
無論ちゃんとした付与魔術と違って魔法を発動させている間中魔力を消費するし、その効率も決してよくはないはずだが、そこは精霊契約による消費の軽減によって何とかなっているようだ。子供の集中力を考えれば、魔力が尽きるよりも飽きる方が早いだろうというのがティアの見解である。
「精霊魔法ってこんなことができるんだ!」
「そうだ。別に敵を攻撃するだけが魔法ではないし、才能を何か一つに絞る必要もない。自由な発想と無限の組み合わせ…………あー、思いついたこと、できそうだと思ったことをドンドンやってみるといい。勿論、危なくない範囲でな」
「はーい!」
「エイドス先生! 俺も! 俺も見てくれよ!」
「ああ、待て待て。今行くぞ」
呼ばれるままに、今度は別の男子生徒のところに向かう。その顔をジッと「七光りの眼鏡」で観察すれば、俺の頭に彼の可能性が浮かんでくる。
「なるほど、君は鍛冶の才能がありそうだな」
「かじ? えぇ、皿洗いとかめんどくせーよ」
「その家事ではなく、鍛冶……剣を打ったりする方だな。契約している精霊は何だ?」
「こいつ! グリムって言うんだ!」
少年の足下では、緑のジャケットと赤い三角帽子を被った膝くらいの背丈の小人が立っている。手にした小槌を振り上げてやる気をアピールしている辺り、なかなか相性が良さそうだ。
「土属性なんだけど、どうだ?」
「ふむ、いいのではないか? 土ならば鉱石から不純物……いらない混じり物を出してきれいな塊にするのに使えるだろうし、人型の精霊というのなら相槌を打ってもらうこともできるかも知れん。
その上で更に上達すれば、付与魔術……剣や盾に直接魔法の力を付与することだってできるようになるかも知れないぞ?」
「えぇぇ、そんなことできるのか!? じゃあ俺、光る剣とか作ってみたい!」
「そうか。物を光らせるのは光属性の魔法だから、ならばティアの話もしっかり聞いて、精霊魔法の腕も磨かなければな」
「わかった! うおー、俺はやるぜ! 目指せ光の剣!」
雄叫びを上げる少年の足下で、小さな精霊グリムも興奮して小槌を振り回している。強制された召喚制度とはいえ、こうして見ると喚び出す精霊と契約者の相性そのものは悪くないのがよくわかる。
「さて、向こうはどうかな?」
さしあたって担当の生徒を見終えた俺は、一息つきながらティアの方に視線を向けた。すると純粋に精霊魔法の才能が高かった生徒に加え、教員達も交えた論議がティアを中心として繰り広げられているのが見える。
「いい? 精霊に魔力を届けることができるのは、こんな感じに道が繋がってるからなの。で、契約した精霊はこの道の真ん中にいるから、他の精霊には届きづらくなるわけね」
「えー、じゃあこの子が邪魔してるの?」
「あはは、邪魔じゃないわよ。だって貴方がその子を喚んだんでしょ? お友達を招待したなら、美味しいご飯と気持ちいい寝床を準備するのは当然じゃない」
「そっかー、そうだね」
ティアの言葉に、小さなタコっぽい精霊を腕に吸い付かせた少女がタコの頭をペコペコと指で押す。するとタコも嬉しそうに頭を震わせ、突き出た口からキラキラと光るダイヤモンドダストを噴き出した。
「ではティア殿。その状態で他の精霊に力を届けるにはどうすれば? やはり強引な力押ししかないんじゃろうか?」
「うーん、それも一つの手ではあるけど、一番いいのはもっとずーっとその精霊と仲良くなることで、専用の道を作っちゃうことね。
同じ精霊と何度も魔力をやりとりして親和性が高まると、やがてその精霊専用の道ができるの。そうなればその子の干渉を受けること無く他の精霊に魔力を届けられるようになるわ。
だから、最初から相性のいい精霊と契約するっていう手段も絶対に間違いってわけじゃないのよ。ただそれは本人と精霊の相性を見られる熟練の精霊使いが立ち会ったうえで行うべきものなので、その力がない今の先生方だけで生徒にそれを強要するのは良くないかと」
「ぐっ、それは何とも、耳の痛い話ですな……」
「あの、ティア先生? では専用の道ができるくらい精霊と仲良くなるにはどうしたらいいんでしょうか? 授業ではひたすら魔力を送るのがいいと教えられましたけど……」
苦しげに表情を歪める学園長をそのままに、別の少女が静かに手を上げ質問する。
「そうね。魔力をあげるのも有効ではあるけど、それは精霊にとってのご飯と同じだから必要以上にあげても意味はないわね。貴方だってお友達の家に行ってご飯抜きにされたら悲しいけど、だからって食べきれないほど出され続けても困っちゃうでしょ?
ただ、じゃあ何をすればいいかっていうのはその精霊によって違うの。だから精霊と沢山話して、何をして欲しいのか、何を喜ぶのかを考えてあげるといいと思うわ」
「なるほど、つまり人間のお友達と同じようにすればいいわけですね」
「基本的にはそうね。ただ精霊が好きなものやして欲しいことは人間とは違うから、その辺は気をつけないと駄目よ。自分がされたら喜ぶことでも精霊は嫌がったりするから、『何でこれを喜ばないの!』と怒ったりしたら、仲良くなるのは難しくなっちゃうの」
「わかりました。ありがとうございます先生」
「どういたしまして」
ぺこりと一礼した女生徒に、ティアが笑顔で返す。うむうむ、向こうも上手くいっているようだ。ちょっと気になる事があるとすれば……
「あり得ん。契約した精霊以外の魔法を使うなど、契約を無視した非道な行いではないか」
「然り。自然の調和を乱すような知恵など、麻薬と同じ。このようなものが広まってしまえば精霊使いとしての誇りが穢されるどころか、次代の精霊使いの育成にどれほどの悪影響を及ぼすか……」
「そもそも、アレは本当に美の精霊とやらなのか? 確かに耳の形はちょっと違うが、それ以外はどう見ても我等と同じ人間……年端もいかぬ小娘ではないか」
俺ともティアとも、そして生徒達とも離れた場所に固まる、三人ほどの男。本人達は小声で呟いているつもりだろうが、俺の追放スキル「壁越しの理解者」によって丸聞こえだ。
まあ話の流れからするとティアに直接ちょっかいをかけてくるだろうから、そう心配することはないと思うが……ふむ、軽く手を打っておくか。
「そちらの三人、少しいいかな?」
「な、何だ!?」
無造作に近づいて声をかけた俺に、三人があからさまに警戒した顔でこちらを見てくる。が、勿論そんなことで俺が怯む道理は無い。
「なに、私とティアの指導を望みながら何もしていないようだったのでな。言いづらいようであれば私から頼んでやろう。おーいティア!」
「お、おい! 何を勝手に――」
「何? エイドス?」
焦る三人とは対照的に、俺に呼ばれたティアは暢気な顔でこっちにやってくる。耳のいいティアならこの三人の不穏な会話を聞いていたはずだが、特に警戒する様子はない……つまりはその程度の相手としか認識していないということだ。
「いや、この三人が遠慮して授業に参加できていないようだったのでな。ならばせめて彼等の精霊の言葉をティアが改めて届けてやってはくれんか?」
「へぇ? いいわよ」
「いやいや、そんなもの必要無い! 私とスプークスは完全な意思疎通が――」
「えっとね、ひいお爺さんに頼まれたから貴方に付き合っているけれど、精霊使いとして大成を願うというならもう少し魔力制御を鍛えてこちらに力を回せ、ですって」
「曽祖父からだと!? そんな、いや確かに……?」
「それで貴方は……自分の都合だけではなく相手のことをしっかりと考えろ。そんなことだから我との繋がりを強化できず、意中の女にも振られるのだ、って言ってます」
「はぁ!? 馬鹿な、精霊がそこまで人の営みを理解し、言葉を解すだと!? そんなわけが……くっ」
「最後に貴方は……あー、これ言っていいのかしら?」
「な、何だ!? 我が盟友たるテルムレシアが、私に何を要求しているというのだ!?」
「その……濃い化粧の臭いが嫌いだから、女中の部屋に通うのは辞めて欲しいと……」
「ぬあぁぁぁ!? ふ、ふざ、そんな……き、気分が悪い! 失礼する!」
「ああ、待ってください! わ、私も失礼致します」
「お二人だけでは心配ですし、私も!」
顔を赤くしたり青くしたりした三人組が、そそくさとその場を去って行く。俺にはティアを疑う気など最初からないが、それ以外の奴からしても、あの反応は図星を指されたとしか思えないだろう。
「ねえ、エド。私、悪い事しちゃったかしら?」
「あー、まあ仕方ねーだろ。なるようになるさ」
どうも逆効果だった気がするが、それでもこれならティアの力を疑う気持ちはなくなったはず。それでもなお手を出してくるっていうなら……フフフ、その時は存分に相手をしてやることにしよう。




