心当たりの無い呼び出しは、いくつになってもドキドキする
「フッ……フッ……フッ……」
奇跡の一撃を放ってから、一ヶ月経ったとある日の放課後。寮にほど近い広場にて体に湯気が立つほどの火照りを蓄え、ミゲルが一心に剣を振るっている。
「フッ……フッ……フッ……」
俺はミゲルに、一日一〇〇回しか素振りを許していない。だからこそミゲルは一振り一振りに全身全霊を込め、時間をかけてゆっくりと振るっていく。
勿論、意地悪しているわけではない。基礎も何も無い子供が闇雲に剣を振るったって何も身につきはしないし、何より一二歳という歳を考えれば、無理をして体を壊してしまえばそれこそ取り返しが付かない。
だが侮るなかれ。骨の位置まで意識した立ち方や、体幹を崩すこと無くまっすぐに剣を振るう腕の動きなどを意識した一〇〇回の素振りは、何もわからずがむしゃらに振るう一万回の素振りに勝る。ましてやそれが勇者の称号を持ち、類い希なる剣の才能を有する人物であれば尚更だ。
「フッ……フッ……ふぅぅ……よし、今日の素振り、終わり!」
「お疲れ様。頑張ったな我が主よ」
呼吸を整え額の汗を拭うミゲルに、俺は笑顔で汗拭き用の布を渡す。するとミゲルは笑顔でそれを受け取り、ゴシゴシと顔やら首やらを拭い始めた。
「ありがとうエイドス。今日はどうだった?」
「うむ、良かったぞ。私の見る限り、おおよそ三割ほどは正しく振れていた」
「そっかぁ。まだまだだね」
「ふふふ、当然だ。だが確実に前に進んでいるぞ」
普通の子供ならば、一月も毎日頑張って三割程度しかできていないと言われれば、ふてくされてやる気を失うこともあるだろう。が、ミゲルは違う。かつて神童と持て囃され、だがその後一切精霊魔法の才能が伸びなかった時期があるだけに、努力すればするだけ力と技術が身についていくのが楽しくて仕方ないといった感じだ。
「ナッシュの方は、どうかな?」
「うーん……どうなんだろうな?」
そんなミゲルが、少し離れたところで精霊魔法を練習しているナッシュの方に目を向ける。ナッシュもまたミゲルに刺激され、ここで日々ティアと練習を積み重ねているのだ。
「こ、こうか?」
「ちがーう! もっと魔力の動きを意識するの! 単純に精霊に魔力を渡すだけでもその属性に変えてくれるけど、術者側が意識すれば変換効率がグッとあがるわ。上を目指したいならそういう細かいところにまで気を配るのよ」
「うぐっ……わ、わかった……」
あの日以来、ティアはすっかり普通に話すようになった。というか、元々無口キャラを演じていたのは俺と合流するまでに自分の存在が世界の流れを変えないようにするためだったので、俺と出会った後は「今更急に口調を変えるのも……」という消極的な理由でしか無い。
が、あの日自分のせいでナッシュに謝らせてしまったことを気にしたティアは、俺の助言もあってきちんとナッシュを成長させることを選んだ。そのためには余計なことを言わないというキャラ付けが甚だ不都合だったので、「才能があるのにそれをいかせないナッシュを見て、我慢できずに素に戻った」という言い訳の元普通に話すようになった……ということにしてある。
「今度はどうだ?」
「お、いいわよ。じゃ、そのまま魔法を発動してみて」
「わかった……炎よ集え! そして我が敵を討ち果たせ! 『ファイアアロー』!」
ナッシュの手の先に集まった火球が、炎の矢と変じて撃ち出される。それは狙い違わず正面の岩に命中し、その表面をほんのりと赤くすることに成功した。
「どうだ! ふふふ、やっぱり俺は凄いぞ!」
「そうね、今のはなかなかだったわ」
「ふっふーん! おい見たかミゲル? どっかの三割しかまともに剣の振れない奴とは違って、俺は完璧に精霊魔法を使いこなしてるぜぇ?」
「こら! そういうこと言わないの!」
「イテッ!?」
ドヤ顔で言うナッシュの頭を、ティアがペチンと叩く。そしてそんなナッシュに対し、ミゲルは若干不満そうに口を尖らせる。
「何だよナッシュの奴……僕だって負けないからな!」
「ははは、そうだな。人は人……と言うのは簡単だが、気持ちはそう簡単に割り切れるものではない。しっかり頑張って見返してやれ」
「うん!」
俺の頭を燃やしたときに謝ろうとしていたことからもわかっていたが、ナッシュは嫌な奴ではあっても悪い奴では無いらしい。実際こうして毎回喧嘩のようなやりとりをしていても、顔の見える位置で同じ時間に訓練をしているのが証拠だ。本当に嫌っているなら、とっくにどっちかが場所か時間を変えていることだろう。
「おーい、ミゲルー!」
と、そこで寮の方からミゲルを呼ぶ声が聞こえる。振り返って見れば、そこには燃えるウオトカゲという微妙に矛盾した存在を引き連れたトーマスの姿がある。
「やっぱりここにいたか。まあ毎日やってるんだからわかってたけどよー」
「トーマス? どうしたの?」
「アマル先生がミゲルとエイドスを呼んでたぜ。あ、あとナッシュとティアも」
アマル先生というのは、ミゲル達を担当している女性教員だ。俺が喚び出された時にもいた人なので、普通に顔見知りだ。
「ナッシュ達も? おーい! ナッシュ!」
トーマスの言葉に、ミゲルがナッシュを大声で呼ぶ。するとすぐにナッシュとティアもこちらにやってきた。
「チッ、何だよいいところだったのに……」
「あら、トーマスにサランじゃない。こんにちは」
「クァァ……」
側に来たティアが、その場にしゃがみ込んでサランを撫でる。その体表はボウボウと燃える火に包まれているわけだが、当然ティアが火傷をするようなことはない。
「ちぇっ、何でティアに撫でられるとそんな大人しいんだよ……やっぱり精霊同士だからなのか?」
「クァァ……」
「ふふっ、トーマスの撫で方は乱暴なんですって。もっと優しく撫でてあげないと駄目よ? サランは女の子なんだから」
「えっ!? 嘘だろ!? サランお前、女だったのか!?」
「クァァ!」
「あっつ!? 待て、待てって! わかった、悪かったから!」
サランがそののっぺりした体をトーマスにくっつけると、トーマスが熱そうに足をバタバタさせる。どうやら淑女はご立腹のようだ。
「で、何だよ?」
「僕とエイドスもそうだけど、ナッシュとティアもアマル先生が呼んでるんだって」
「そうだぜ! 夕食前に顔を出してくれって……ほら、これでいいかサラン?」
「クァァ……」
「先生が? 超優秀な俺はともかく、ミゲルとエイドスまで呼ぶなんて、何の用だろうな?」
「さあ? まあ呼ばれてるなら行ってみればいいんじゃない? エイドス、今から学舎まで戻っても平気?」
「うむ、私には何の問題もないぞ、我が主よ」
「私も平気よ」
「ならみんなで行こうか」
「フンッ! ミゲルと一緒なのは気に入らねーけど、行ってやろうじゃねーか!」
「じゃ、確かに伝えたからなー!」
サランと共に寮の方へと戻っていくトーマスを見送り、俺達はそのまま学舎の方へと移動していく。大分空が赤くなってきていたが、通い慣れた道を歩くのにこの程度で支障などあるはずも無い。そのまま教員の待機室まで行って事情を話すと、やってきたアマルに連れられて別の個室に案内された。
「来てくれてありがとう、ミゲル君、ナッシュ君」
「いえ。それで何の用ですか先生?」
「それなんだけど……今回用があるのはミゲル君達じゃなく、貴方達の契約している精霊になの。人の精霊エイドスと、美の精霊ティア……いえ、今はあえてエイドスさんとティアさんと呼ばせてもらうわね」
「む? 我等に用とは?」
未だにティアが美の精霊と呼ばれるとちょっとだけ笑いそうになる……そしてティアの耳が恥ずかしさにほんのり赤くなる……のだが、それを堪えて俺は教員の女性に問う。するとその女性は、俺達の予想だにしなかった提案を持ちかけてきた。
「あのね……貴方達、私の代わりに授業をやってみる気はないかしら?」




